見た目にはわかるまい
なんとか誰にも見つからずに学校まで来れた。
校門を通過して医療班の所へと向かうが、みんなの意識が一対一戦に集中しているとは言え、流石に隠れるところが何も無い道を通ればバレる。
理想世界収納にアリスを入れられたら良いんだけど、残念ながら生き物は入れられない。
アリスはぐっすりと寝ていたので、学校に入る前に理想世界で大きめのフード付きコートを創造して上から羽織った。二人羽織の様に後ろが膨らんでしまっているけど、僕のこの姿を見て女の子を背負っていると考える人は少ないだろう。怪しくはあるかも知れないけど。
まずは医療班の所に行こう。
だが、この状況を説明する事が出来ない。
一井先生に話を通しておいた方が賢明かな。
多分、屋上にいるでしょ。
「面妖な格好で御座るな想也殿。ともあれ、漸く戻って来ましたな。チームの皆は無事に勝ち残っておりますぞ」
「あ、護人。ごめんね、ちょっとのっぴきならない事情が出来て一井先生の所に行かないといけないんだけど」
「んん、先程の疑惑絡みで?」
「そうなんだよ。ここじゃ話せないんだけど」
「きっと、後ろに担いでいる何かが重要なんでござろうな。合点承知。次の試合まで時間がありますし、拙者もお供致そう」
護人に見つかった。
仕方ない。取り敢えず先生にアドバイスを貰って、それからどうするか決めよう。
護人と二人で屋上へと向かう。
護人にドアを開けてもらって、ひゅうひゅうと風の吹く屋上に足を踏み入れる。
「来たか、理崎。なんだ、秋川も居るのか」
一井先生が待ち受けていた。
ボサボサの髪が風に煽られていつもよりだらしなく見える。
「見てたぞ、理崎。中々やるじゃねーか。秋川にはもう話したのか?」
「いえ、まだです」
「話しておけ。経験上、遅かれ早かれ巻き込む事になる」
見てたぞって、あの戦いをか。
まあそれは後で考えよう。
「何があったんで御座るか」
僕と先生の真面目な雰囲気を感じとって、護人が尋ねてきた。
コートを取って、未だに寝ているアリスを背から降ろす。コートを下にして寝かせた。
その身に受けた傷の多さに護人が息を呑んだ。
「これは……!」
「学校の外で四人組に襲われてたんだ。さっき助けて、保健の先生に診てもらおうと思って連れてきた。名前はアリスって言うらしい」
「手酷くやられていますな……」
「……実は、護人に謝らなくちゃいけないんだ。もしかしたら、また同じ様に襲撃されるかもしれない。その時に巻き込むかも知れない。君を危険な事件に近付けるつもりは無かったんだけど――」
僕の言い訳を護人は一刀両断した。
「何を言い出すやら。想也殿は正義を行ったので御座る。拙者はその行為を褒めこそすれ、貶すなど絶対にしないで御座る。難事に助け合わずして何が友であろうか。婦女子に対してこの様な卑劣な蛮行、全くもって許し難い。想也殿が断っても拙者は首を突っ込むで御座るよ」
「そうか。ならウチの保健医を此処へ呼んで来てくれ。俺の名前を出せば付いてくるはずだ」
「承知したで御座る!」
護人がダッシュで屋上を飛び出し階段を駆け下りていった。それを見届けてから、先生は切り出した。
「良い仲間じゃねーか。大事にしろよ」
「勿論です。あと、見たって言ってましたけど何処まで見ました?」
「全部だな。理崎は能力がバレるのを忌避してるみたいだが、嘘なんてのはいつかは暴かれるもんだぞ。あぁ、ちなみに能力の事なら俺は何ヶ月か前から気付いてた」
まじか。
先生に見せたことなんて無いはずなんだけど――って、もしかして朱島との小競り合いの時か。確かに最初の一戦だけは概念武装を使ったけど、まさかあれだけで看破されるとは。
「昔、似た様な能力を使ってる人を見た事がある。だから大体の予想はついてるって感じだ」
僕の他に類似した能力を使える人が居たんだな。
もしくは、僕がその人に類似しているのか。
「怖がったりしないんですね」
ちょっと勇気を出して聞いてみた。
中学の時は能力のせいで変な噂が立ったりして、みんな僕を恐がって近付かなくなっていた。ひとりぼっちは辛い。
が、先生は突然吹き出した。
「――ブッハッハッハッハ! 怖がる? 俺が理崎をか? 笑わせるなよちんちくりん!」
「ええー……」
「いいか理崎。この世にゃお前より強い奴なんてゴロゴロいるんだ。そりゃ怖がられるなんて保持者やってんなら仕方ねえことさ。有象無象にかまけんな。護りたいモンが護れるチカラがあるんだ、良かったじゃねえか」
「そんなもんですかね……?」
「そんなもんさ。大体な、俺なんてもっと怖れられっかんな?」
「それもそうですね」
「言うじゃねーか」
そう言う考え方もあるのか。
そうか。
誰にも怖れられず嫌われないなんて無理だと開き直れって事か。ちょっと気が楽になった。
それなら実咲さんに認められている僕は、幸せ者だな。
「嘘は吐くもんじゃねえ。吐き続けるもんだ。吐き通すもんだ。墓の中まで持っていく覚悟が無いのなら、打ち明ける覚悟をしろ。それで誰かが離れていくなら、何時言ったって同じ事だぜ」
「肝に銘じておきます。ちなみに、僕と似た能力の人って言うのはどんな人なんですか? 出来たら会いたいんですけど」
似た能力なら戦い方とか使い所とかのノウハウがあるだろうし、他の人がどうやって使っているのか訊いてみたい。
「どんな人か――簡単に言えば命の恩人だな。もう死んじまってるけど」
「それは……不躾な事をお聞きしました」
「かっかっか。生きてりゃいつかは死ぬ時がくるさ」
そう言う先生は何処となく寂しそうで、懐かしそうだった。
「話を戻しますけど、今後どう動くべきですかね」
「ふむ。こういう場合はそこのアリスって女がどれだけ重要な人間なのかでしつこさが変わってくる。例えば、良くない人間の密会現場を見ちまったとか、知っちゃいけないもんを知ったとか」
「アリスを捕まえてクライアントのところへ連れ帰るとか言ってました。結局殺すらしいですけど」
「じゃあ情報を握ってるか、何かを持ち出したとかだな」
「今朝言ってたサーバー攻撃と何か関連ありますかね?」
「現時点ではなんとも言えないな。だが、タイミングがタイミングだから全くの無関係ってのも考え難い。遅かれ早かれ警察に連絡するべきだが……あいつら使えねーからな。下手したら俺らで保護してた方が安全って事もある」
目下の課題はアリスについてだ。
突発的な人攫いであれば連続的な事件にはならないだろうが、アリスでなくてはならない理由があるのならこの後も同じ様な事が起こるだろう。
襲撃者の台詞からして、確実に後者だ。
「……俺の知り合いに警察関係者がいるからそいつに一旦連絡してみるか。信用出来るしな」
先生はそう言って携帯を手に何処かへと電話を掛けた。長い呼び出しの後、回線が接続されて会話が始まった。
それと同時くらいに護人が保健医を連れて帰ってきた。
「ただいま戻ったでござる!」
「患者はー?」
保健医――『暫定九位』、五反野響。第一印象は近所の優しそうなお姉さんって感じ。和栗のモンブランのような濃い栗色のウェーブがかった髪を顎まで伸ばし、新人OLの服装の上から白衣を羽織った格好をしている。円やかな声色と間延びした口調、母性を感じさせる雰囲気により保健室に通う男子学生の心を掴んで離さないと噂の人だ。
五反野先生はアリスを見るや否や大慌てで側へと駆け寄り触診を始めた。
今の今まで夢の中にいたアリスも肌に触れられて痣に沁みたのか目を覚ました。状況が飲み込めてないみたいだ。
「あ、あれ? これはどんな感じ? 私寝てた感じですか? あいたたた!」
「もう少し我慢してねー。頑張ったねー。私が今治してあげるからねー」
「は、はあ……。ここは?」
「学校の屋上だよ」
「あ、想也さんではありませんか。そちらの方々は? 私はアリスと言います」
「秋川護人と申しまする。想也殿の友人ですな。彼方にいるのが教師の一井先生ですな。この方は保健医の五反野先生ですぞ」
「準備完了ー。アリスちゃん深呼吸してー」
「あ、はい」
「それじゃー――生命の胎動よ、巡り満たせ。汝の身を癒し在るべき姿を宿せ、『生命回帰』」
五反野先生の保持能力が発動し、アリスの傷が見る見るうちに消えていく。
内出血による痣が、その柔肌の内側に血が吸い込まれていく様に無くなり、切り傷は傷口同士がくっ付いて綺麗さっぱりその痕跡すら残っていない。
多少の痛みに呻くが、直ぐに呼吸も安定した。
「すげー」
アリスの身体に刻まれた痛々しさが消えて、五反野先生が保持能力を解除した。完治したって事かな。
アリスの美貌が遺憾無く発揮され始めたが、その身を纏うワンピースだけが不釣り合いにズタズタだ。
「どーお? 何処か体に痛みや違和感を感じる所は残ってないー?」
「問題無い感じです。私、完全復活です」
アリスは寝転がった体勢から飛び起き、その場でピョンピョンと飛び跳ねて身体の具合を確かめる。
ちょ、危ない。主に布面積的な意味で。
「コートを着た方が良いでござるよ。治ったとは言え、体力の回復に努めるにはお身体を冷やさぬ事が大事ですからな」
「一理ある感じですね」
ナイス護人。
青少年の育成に良くない影響を及ぼしそうな絵面だったが、肌面積が減って健全になった。
「連絡はしといた。調べておいて貰う事になったから、情報が集まり次第順次伝える」
先生と携帯の番号を交換した。これでいつでも情報のやり取りができる。共有でも良いんだけど、一度解除したら使えないから携帯は持たざるを得ないな。
実咲さんにも携帯は買ってあげたんだけど、殆ど使われていない。実咲さんの事だから、たくさんの連絡が来るかと思いきやそんな事にはならなかった、共通をしているので携帯を使う事がないのだ。いつでもどこでも通話し放題。通話じゃなくて念話だけどね。
「ねえー、響也ー。この娘どうしたのー? 傷付いてるから治したけどさー」
「悪いが響に出来ることは何もねえな。治療してくれて助かったぜ」
「もー、また事情は話してくれないんだねー」
「話しても仕方がねえからな」
「いつもの事だから別に良いけどねー。じゃあ、私は持ち場に戻るからー」
五反野先生は特に拘泥するでもなく、すたこらと屋上を去っていった。
「随分と親しげでしたね」
「そうでもねえさ。まあそれはそれとして、だ。理崎」
「はい」
「アリスの面倒はお前が見ろ。助けたならそれなりの責任を果たせ」
「わかりました」
「拙者も微力ながら助太刀致す」
助けるのなら最後まで。中途半端に首を突っ込むな、と言いたいのだろう。もちろん、そのつもりだ。
「もし本当に手に負えない事態になったら、その時は連絡しろ」
保持者たる者、自己責任が原則だ。
手を貸してくれるだけ、先生は優しい。
「おいアリス」
「は、はいっ」
「そこの男二人は信用出来ると思うか」
「出来る感じです!」
「なら、お前の知ってる事を話せ。話せる事だけで良い。だがお前を守る人間は、お前の情報を元に戦うって事を忘れんなよ」
先生曰く、あらゆる行動の中で最も重要なのが情報共有である、らしい。
何を目的に、何に立ち向かい、どんな手順を踏み、どんな結果を求めるか。それさえ固めておけば、各々が好き勝手に動いてもチームは纏まる。
「そうですね。ここが私の分水嶺な感じですね。終わりかけた命、貴方方に賭けましょう。全てお話しします」
彼女の華奢な身体を包むコートが、糸に引かれるように靡く。
芝居掛かった仕草で人差し指を唇に当てた。
ひゅう、とアリスの声を乗せて、風が踊る。
それはまるで人形の様に空虚な音を立てて、僕らを舞台に引き摺り込もうとする台詞の始まりだった。
「実は私――」
そして僕らの日常との、確定的な決別がなされた。
「――人間じゃない感じなんですよ」
読んでいただき有難うございます




