アリス
助けると決めたからには即行動だ。
気配を探ってみても、目の前にいる四人以外に敵はいなさそうだから、あいつらを速攻で片付ける。
「普通の道路。二面が塀で囲まれてる……。いざとなったら抱えて逃げ切れるかな」
女の子に暴力を振るっている奴から倒して行きたいのは山々だが、それなりに強そうだし強化も上手そうだ。
なるべく最初の奇襲で一人は減らしておかないと、後々キツくなる。
後衛で魔法系を使っていた男を見るに、仮に戦闘になった時に遠くから保持能力を使われるのは面倒だし、強化もそれほど強固に施してはいないだろうという事で、奇襲で狙うのはあの男に決めた。
丁度一番後ろ側にいるし。
足蹴にされて痛そうな女の子だが、ここで考え無しに止めに行っても事態は好転しない。
ごめん。もう少しだけ耐えてくれ。
あいつらがどれだけ強いかが不明な以上、全力をもって事に当たりたいが僕は殺しをするつもりはない。
後始末が面倒だし、それが原因で僕が追われる事になる。今回は正当防衛って訳じゃないしな。
まあ、とは言っても、僕はそんなに強いわけじゃない。全力を出さないにしても、出し惜しみをして負けてしまったら元も子もないのだ。安全マージンはきっちり取る。怪物と戦う時と一緒だ。
「強化、んー、いいや使っちゃえ。どうせ何やってるか分からないだろうし。『理想世界』――『理想世界収納』」
理想世界による異空間収納を使用して鉄パイプを取り出す。蟷螂の死体とかを収納していたのは、この理想世界収納だ。
理想世界の発動分の魔力は持っていかれるけど、何かを創ってそこに入れておけば戦闘前や戦闘中に一から武器創造しなくて済むし、これなら概念封入までの時間を短縮出来る。
「創っといて良かった。さて――」
さっきまで女の子と斬り合っていた男の獲物は何の変哲も無いロングソード、魔法系を使った男は黒色の杖、女はショートソードを左腰、最後の男はダガーを腰の後ろにつけていた。
どれもこれも大量生産品で特徴の無い武器ばかりだ。仕事の後にすぐ処分出来るようにだろうか。まあ、変な特殊効果が付いてる可能性が低いから僕としてはやり易い。
「概念封入――強度硬度上昇、衝撃力上昇、衝撃拡散、スタン、音消し」
見た目は鉄パイプだがチタン合金以上の強度と硬度を持ち、衝突の際のエネルギーを増加させ当てた部位から体内で拡散させる設定を施した。さらに殴った時に発生する音を消すようにしたので隠密性もアップした。高電圧を一瞬だけ発生させることもできるのでスタンガン、というよりはスタンロッドの様に使うこともできる。電流が流れる時のバチッとした音も消えるので問題は無い。
「準備完了」
どいつもこいつも結界を信用しているのか周囲を警戒しないで、暴行されている女の子を見て笑っている。
頭を抱えて蹲っているのに更に上から蹴るなんて、こいつらクズだ。
ごめんね、遅れて。
「せーの、突撃っ!」
屋根から飛び降り、鉄パイプを下敷きにして着地する。概念効果によって発生する音が消え、忍者もビックリの消音着地となった。そのまま杖持ちの男のところまで一気に距離を詰め思いっきり殴り飛ばす。
「かっ……」
同時に電流も流したので一瞬で意識を刈り取る事に成功した。鉄パイプを振り抜き、男が地面に倒れるのを確認する事無くそのまま近くに居た女の所まで最短距離を一歩で詰める。
人が立った状態から鉄パイプで思いっきり頭部を強打されて、受身も取れずに重力に引かれるまま倒れると、まあ大体六十キログラムを超える物体が落下する訳だから結構な音が出る。
今は結界の所為で不自然な程に辺りが静まり返り、聞こえるのは笑い声と蹴りの音ぐらいなものだから、意外な程大きな音になる。
「なんか変な音しなかっ……ぐぶッ!?」
あっぶな。
女がギリギリこっちを見たところで鉄パイプが顔に直撃した。
女性の顔を狙うのはどうかとも思うけど、わざと狙った訳じゃないしそんなこと言ってられる状況でも無いから僕は悪くない。
強化もほぼしてなかったらしく、一撃で昏倒させる事に成功したが――
「なっ、なんだお前!?」
「誰だテメェ!?」
――気付かれた。
流石に対応が早いな。今の二秒くらいしか経ってないのに。
僕に気付いた男は腰から二本のダガーを抜き放ち、強化と共に鋭い突きを繰り出してきた。右の突きを下に躱し、僕はそのまま男の股間を狙って打ち上げる様に鉄パイプを振るう。
しかし正中線の辺りで防御用に残しておいた左のダガーを鉄パイプの通過場所に置いて僕の一撃を防ごうとした。これで僕は攻撃を封じられ、フリーになった右のダガーが背中に突き立てられる事になるのだが、そうはいかない。
鉄パイプとダガーが当たった瞬間に高電圧を解放する。
「ぐあああああああ!」
「おりゃ!」
予想外の電撃に決して少なくないダメージを負い動きを止めた男。電流が体を隅から隅まで駆け巡り、左手は火傷を負う事になった。僕は体勢を立て直し、電撃による痺れによって強化の甘くなった頭を的確にぶん殴る。悲鳴も無く吹き飛ばされて、男は路上で動かなくなった。
それと同時に辺りを包む違和感が消え去った。
結界が解除されたみたいだ。魔導具にしろ魔法系にしろ、使っていたのは今の男だったみたいだね。
僕の鉄パイプ、はたから見たら本当に何の変哲も変わり映えもしないごく普通の鉄パイプなのだ。それが電圧発生装置も無く保持能力の発動の兆候もないままに強化した身体にさえダメージを与える程の電撃を、音も光も無く流しこめるのだから初見での対応は難しい。
誰かが見ていても、何をやられたかが推測し難いのも大きな利点だ。けど、電撃対策してたり武器に魔力を纏わせて防御されたり、電撃が来ることを見越して強化をされてしまえば効果的とは言えなくなってしまうのが辛いところだ。
「おいクソガキ!」
「最初の二人が奇襲で倒せたのは大きかったなー」
「面倒を増やしやがって……! 無事に帰れると思うなよ!」
「いやそんなこと言われても……」
「仕事の邪魔をするとどうなるかを教えてやる!」
「うわっ、怖っ」
青筋ビキビキで顔真っ赤。
よく見ると強面な男だ。そんな男が殺意と敵意剥き出しで怒鳴ってきてるんだから怖くない訳ない。
「殺す!」
ロングソードを鞘から抜いて、一気に距離を殺して来た。
速!
強化も上手いしこの中で一番強いな。
けど僕は負ける訳にはいかないんだ。
助けて欲しいと願われたのだから。
「強化!」
強化を掛け直して意識を切り替える。
結界が解除されたから早めに決めないと人が来る。音も普通に響く様になってるはずだから音の出る保持能力は使うのを躊躇うはず。つまり、こっからはガチの強化だけの接近戦だ。よっしゃ僕の得意分野!
この男が実咲さんを誘拐未遂した時の実行犯くらいなら何とかなるが、一井先生ぐらいに強かったらちょっと不味い。
だけど、見た感じそこまででもなさそうだ。
そして、だ。
実力が拮抗している場合、強化だけで戦う時に勝敗を左右するのは武器の性能だ。
僕は概念武装。見た目はアレでも、この場限りではあるけど性能としては一級品。対する男は量産品の無能力ロングソード。
最初の一合で僕の鉄パイプとロングソードがカチ合う。
カイィィーン! と普通なら中空の鉄パイプから音叉の様に鉄の音が鳴る筈――というか両断されていてもおかしくはないのだが、概念封入によって強化された鉄パイプはしかと男の攻撃を無音で受け止めた。
はいスタンロッド発動。
「ぐうッ!」
強化の度合いが違う為、先の男ほどのダメージを与えられなかったが動きは止まった。
両手で持った鉄パイプから右手を離し、腰を落として右脚から男の懐へ潜り込む。
重心を乗せた僕の右肘が男の鳩尾にめり込む。
相手が強化しているとはいったって、こっちだって強化してるんだから当たり前にダメージが通る。
保持者同士の戦いはどれだけ上手く強化が出来るかの戦いだ。
相手が強化すればこちらも強化をする。同じ度合いの強化なら、それは強化をしないで戦うのと同じ事で、強化をするという事は相対的に他の攻撃の威力と脅威が下がるだけなのだ。
「グエッ……! ウブッ!」
よろめいて後ろに下がる男の懐にピッタリと追従し、顎をカチ上げる様に鉄パイプを一振り。スタンロッド化も忘れない。電撃と衝撃力強化と衝撃拡散によって脳を直接揺さ振られた男は地に伏した。
良しこれで全員倒したな。
鉄パイプを理想世界収納に戻し、僕は女の子の元へと駆け寄る。
全身の生傷が実に痛々しい。
「ごめんね。もっと早かったら無駄に怪我をしなくても良かったのに。本当にごめん」
「ありがとう! ありが――っ痛!」
「ちょっ、手酷くやられたんだから安静にしてて!」
「はあ、死ぬかと思った。来てくれるとは思わなかったー」
「助けてって言ってたからね。おっと、動かない方が
いいよ! どこか骨が折れてるかもしれないし、出血もあるんだから!」
無理に身体を起こそうとする女の子。壁にもたれ掛かって荒い息を吐き、憎し気に倒れた男達を睨んだ。
頭からは顎先から滴り落ちる程の出血が有り、口の端は切れている上に痣が出来――肌が出ているところはどこかしら赤い染みのような痣がある事が認められた。黒いワンピースはボロボロで、汚れを取るのはクリーニングにでも出さないと無理そうだ。
生地そのものが解れているから、買い換えたほうが早いかも。
直してあげたいけど、そうすると理想世界を見せることになるしなあ。そして、治すにしても僕の理想世界は傷の治療とかは出来ないし。
どうしようか。
今は幸いにも命に別状は無さそうに見えるけど、あれだけ強く叩きつけられたり蹴られたりしてたから、内臓系に損傷があると後々大変な事になる。それに、こんなに綺麗な女の子が全身青アザだらけって言うのは可哀想だと思う。早めに治療すれば傷跡も後遺症も心配しなくて済むんだけど……ERCの回復サービスはめちゃくちゃ高いから手が届かないんだよなあ。そして確実に事情聴取される。
って、あ。
そうだ、学校に連れて帰れば良いじゃん。
保健の先生に見せれば無料なわけだし、応急処置くらいならしてくれるだろう。なんたって『暫定九位』の保健医だ。僕もこの前腕の火傷を治してもらいに行ったけど、本当にビックリするくらい簡単に傷が治った。腕は確かな事は間違い無い。
さっさと連れて行こう。
「立てるかい?」
「ちょっと……無理な感じ」
そりゃそうだ。軽傷か重傷かの二択なら間違い無く重傷だ。僕としてはあまりやりたくないんだけど、傷を負った女の子の為だ。致し方あるまい。
「今から君を治してくれる人のところへ行こうと思うんだけど、僕の背中に背負われてくれないかな」
「あは、ゲホッゲホッ! あはは、私今かなり汚いけど良いんです?」
「良いに決まってるでしょ」
「じゃあ少し失礼して――痛っぅ……!」
気丈に振る舞ってはいるがかなり辛い筈だ。全身に打撲と内出血及び外出血、骨は折れてないのが不思議な位だけどヒビ位ならありそうだ。
痛みを堪えながら僕の背中に体重を預け、女の子は腫れてよく見えないだろう右眼に優しく労わるように触れながら言った。
「この人達、殺しはしない感じ?」
「殺さないよ。あくまでも一時的に気絶してもらってるだけ。それとも、殺した方が良かった?」
「いや。いやいや。良くない。貴方に罪を背負わせるつもりは無い」
「背負う気は全くないけどね」
「あはは、それで良い感じです。背負うべきは、私ですし。今現在、背負われてるのは私ですけどね!」
足元に転がる襲撃者達もじきに目を醒ますだろう。
その頃には僕らはここから立ち去っているし、仮に追いかけてきたとしても学校の中までは侵入してくる事は無いだろう。
「ぅ……っ………ぃっ」
僕が一歩歩くたびにその振動が全身の傷に沁みるらしく、女の子は苦痛に耐え忍んでいた。
ごめん。これでもかなり忍び足なんだ。
「そ、そう言えば私の命の恩人のお名前を聞いてなかった感じです。どうか教えてくれません?」
「僕は理崎想也だよ」
「へえへえ、理崎想也さんですか。それはそれは。うん、覚えた感じですよ」
「そういう君はなんて言うんだい」
そう聞くと、彼女は黙ってしまった。
沈黙と言うよりは、あーとかうーとか言っているし逡巡している様だ。
「私の、名前ですか――そうですね。アリス、です。ただの、アリス。そんな感じです」
「アリス、ね。良い名前だね」
「良い名前、か。そうですかね……」
そう呟く女の子――もといアリスさんは何故だか長年使っていた筆が壊れてしまった時の様な、哀しそうな溜息を吐いた。
「想也さんも良い名前です。良い感じ」
「そう? 僕の名前を褒めてくれたのはアリスさんで二人目だよ」
「アリスさんだなんて、そんな他人行儀な感じは良くないですねー。ここはフレンドリーにアリスと、そう呼んでくださいな」
「ええー。ちょっと僕には難しいかな」
「アリスって呼んでくれないと泣きますよ。それはもうワンワンと」
「えええー」
「たったの三文字ですよ。ア、リ、ス。ほら、一度言えば楽になる感じですよ」
「…………アリス」
「良い感じですねー。因みに私の名前を良いと言ったのは想也さんが初めてな感じです」
押しに弱いのが僕の弱点であると、そう言えば実咲さんに言われたっけ。だから気を付けろとも忠告されていたけれど、詐欺にでも遭うのを心配してるのだろうか。
来る時は強化して屋根の上、直線距離をダッシュして来たけど、気を使いながらゆっくり下の道を歩くと以外と時間が掛かるな。
未だに誰とも会ってないのは幸運ではあるけど、流石にこんなズタボロの美少女を背負ってたら通報されかねないので、その時は悪いけど気配を消して屋根の上を移動させてもらう。
なので僕は気配察知の為に強化を掛けたままだ。
「それでアリス……はどうして追われてたの?」
これが一番重要。
名前も大事だけど、何も理由が無いのに保持者四人に追っかけ回されて暴行されるって有り得ないよね。絶対理由があるでしょ。奴らの口ぶりからして、何処か別に雇い主が居るみたいだし。
こう言うのは勿体ぶって後回しにしたところでどうせいつかは聞かなきゃならないのだ。それなら早めに聞いておいた方が今後の方針も立てやすくなるし、場合によっては警察に通報したりすれば良い。
んー、実咲さんの一件があった所為か、どうも状況を把握してからでないと動き辛い。五里霧中のまま進むと往々にして足を掬われる。自分が崖に進んでいる事に気付かないのは恐ろしい。情報は大切だね。
アリス――女の子の名前を呼び捨てってとても違和感――からの返答は無い。
「……くぅ」
……寝てるし。
よく寝れるな。いや、寝てしまうほど体力を消耗していたと考えるべきかな。
起こすなんて出来ないよね。
警察に通報したいんだけど、何だかなあ。
僕と実咲さんの事件の時には、ERCの人間に化けられた上に国家権力を短時間とは言え抑えつけてやって来た犯人グループがいた訳だし、なんの情報も掴めていないまま他人に丸投げするのは気が引ける。
と言うか、僕は完全に襲撃犯達と敵対してしまった訳で、そう言う意味では当事者になってしまっているのだ。
まずはアリスさ……の回復を待って、それからだな。
実咲さんを巻き込む事になるし、どう説明しようか。
ん? 実咲さんどころかチームのみんなも巻き添えにならないかな? 黙っておけば何とかなるかな。いいや、バレたらバレたでその時はその時だ。
読んでいただき有難うございます
……書き溜め?
ああ、奴なら死んだよ




