第8話 第一皇女の願い
戦闘機は安定して大空を飛ぶ。セレストリアはゆっくりと口を開いた。
「先代の勇者は、一人の青年だった。武芸に優れ、誰よりも心優しかったと聞く。遣わされた化身はアウリナ。輝く髪と青い瞳を持つ、美しい化身だった」
「美しい? かわいいじゃなくて?」
「アウリナは大人の女性の姿をしていたからな」
千里のツッコミに、彼女は補足する。
「続けるぞ。勇者は化身と共に魔王軍と戦った。壊滅寸前の街を救った、という話を聞く。長い戦いの末、勇者はとうとう魔王を討ち取った」
「戦いの末……」
「激しい戦いだったそうだ。今でも地形が大きく抉れたままだ。公園になってはいるが」
「抉れた?」
「公園?」
「ああ。穴の一つはありじごくとして整備されているぞ」
「ありじごく……」
「行ったことあるんだ……」
千里、恵はぽかんと口を開く。
「家族で行った」
「フィーネも?」
「……生まれる前だった。続きだ。災厄を討ち取った暁には、女神は勇者の願いを一つ叶えてくれる」
「そうなの?」
「……ミューズから何も聞いていないのか?」
セレストリアは目を丸くする。魔法少女たちは首を傾げた。
「……聞いたっけ……」
「聞いたような、聞いていないような……」
「……言ったような気がするみゅう」
「私は聞いてなかったな」
魔法少女たちの言葉にセレストリアは「職務怠慢じゃないか?」と呟く。
「話を戻すぞ。先代勇者が望んだのは、アウリナだった」
「アウリナ?」
「ああ。二人は相思相愛だったんだ。だが、役目が終われば、化身は女神のもとへ帰る。それは嫌だ、ずっと一緒にいたい、と。願いは聞き入れられた。アウリナは神性を捨て、人間になった」
「……人間に……」
「そうだ。そうして二人は結婚し、二人の子供にも恵まれ、幸せに暮らしましたとさ。……この勇者が、私とフィーネのお父様だ」
「え?」
「……うそ……」
魔法少女たちは息を呑む。
「……セレストリアさんのお父さんって皇帝、よね?」
「ああ」
「フィーネから、すごく怖い人って聞いたよ?」
「今はな。かつては愛情深い人だった。ペンだこだらけの手で、よく頭を撫でてもらった」
「……信じられない」
「……私もだ」
「……何が、あったの?」
恵が聞く。セレストリアは一度深呼吸をした。
「……豹変したんだ。急に。……きっかけは、母の病死、と思われる」
「……そう言えば、フィーネはお母さんの顔を覚えてないって……」
恵の言葉に彼女は「……無理もないか」と返す。
「母が亡くなったのは十年前だ。……しばらくは、普通だった。寂しいと夜泣きするフィーネを抱きしめて、『大丈夫だ。お父様がついてる』って笑って。……なのに」
気流の乱れか、戦闘機が少し揺れた。セレストリアはそれを立て直しつつ口を開く。
「……突然、私たちを見なくなった。キラキラジュエルに妄執するようになった。民も顧みなくなった。……かつての賢帝の姿は、どこにもなかった」
誰も、何も言わない。
「……最初は忠臣たちが諌めようとした。だが、だめだった。……彼らは粛清された。……残っているのは、お父様の側近だけだ。……私はお父様の暴走を止めるため奔走した」
沈黙が走る。破ったのは千里だった。
「十年前から?」
「そうなるな」
「……あなた、私たちの六つ上よね? ……当時、十歳?」
「そうだな。……私は第一皇女だ。いつまでも子供でいられない」
セレストリアは静かに目を伏せる。
「……数年前のことだ。文献をあさっていたら、たまたま悪魔という存在についての記述を見つけた。……優しかった人、高潔な人が突如豹変する、と」
「……豹変」
「ああ。お父様が変わったのは、悪魔によるせいなのではないかと。そう考えて、調査を続けている」
彼女は小さく自嘲する。
「……現実から目を背けているだけなのかもしれない。……だが、私は。……お父様を信じたいんだ。……池が見えてきたぞ。着陸体制に入る」
それ以上語るのを避けるように、セレストリアは口を開いた。
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