エピローグ
悪魔討伐から数週間後のことだった。
「……ひと段落、と言ったところか……」
セレストリアは自身の執務室でゴキゴキと肩を鳴らす。デスクの上には書類が何枚も重ねられていた。
「……大丈夫か?」
傍で座っていた皇帝が声をかける。
「ご心配なく。この程度なら問題ありません。お父様も手伝ってくださっていますから」
「即位直後は忙しいからな。……罪滅ぼしだから、気にしなくていい。少し休憩にしよう。私も外の空気を吸ってくる」
「……いえ、まだ……」
「……過労でアウリナの元に行くなど、彼女が浮かばれないだろう」
彼は少し笑う。セレストリアも「そうですね……」と呟いて、椅子に背を預けた。
皇帝が席を外したタイミングで電話が鳴る。発信者はフィーネだ。
「もしもし、お姉ちゃん。今、大丈夫?」
「休憩中だ」
「そっか。よかった」
「要件は?」
「特に用事はないんだけど……話したくなって。ビデオ通話にしていい?」
「……そうか。構わないぞ」
スマホを持ち直せば、画面にフィーネの顔が映る。セレストリアの肩から力が抜けた。
「……留学は順調か?」
「うん。みんなも元気だよ。ほら」
フィーネは千里と恵、ミューズにカメラを向ける。
「ちょっと、誰と話してるの?」
「お姉ちゃんお姉ちゃん」
「セレストリアさんか。久しぶり」
「みゅう!」
どうやら彼らはアジトで寛いでいたようだった。
「……結局、願いはミューズと一緒にいる、にしたんだな」
「うん。三人で一つの願い、って言われちゃったし。女神様って意外とケチ?」
「伝承通りだな」
誰からともなく笑う。
「たまには日本に遊びにきたら?」
「行けない」
「……それ、今はいけない、って奴?」
「……そうだな。また言葉が足りなかったか」
セレストリアは少し頭をかいた。その時、執務室の扉がノックされる。扉の向こうから「陛下、お時間よろしいでしょうか」という声が聞こえてきた。
「……すまない。重臣が入ってきた。何か用があるらしい。だから切るぞ」
「今度は言葉多すぎ」
「じゃあ、またね」
「ああ。また」
電話を切って仕事に戻る。窓から柔らかい光が差し込んでいた。
◇
夕方頃、ようやく書類が片付いた。セレストリアは大きく息を吐き、別のファイルから資料を取り出す。それは釣書だった。目を通し始めたところで、扉が静かに開く。
「姫……ではなく、陛下。コーヒーをお持ちしました」
入ってきたのはナイトだった。
「姫様でいいぞ。私は気にしない」
「では、姫様。そちらは釣書ですか?」
「ああ。もう二十だからな。そろそろ考え出さなければ」
セレストリアは書類を捲る。書いてあるのは簡単なプロフィールだけだ。
ナイトに調べてきてもらうか。そう思った彼女は顔を上げた。その時だった。
「……姫様、一つお願いがございます」
「珍しいな。なんだ?」
ナイトの目は鋭い。セレストリアは思わず背筋を伸ばした。
「……縁談ですが、四年ほど待っていただくことは可能でしょうか」
「……待てなくはないが……理由は?」
「姫様に相応しい男になります。それまで、どうかお待ちください」
セレストリアは動きを止める。
「誰が?」
「俺です」
「……どういうことだ?」
「姫様を、お慕いしております」
セレストリアの手から釣書が落ちる。ややあってナイトは続けた。
「……初恋ですので」
彼の頬は赤い。セレストリアもじわじわと赤くなっていく。
「……検討しておく。だから、その……今は下がってくれ」
「かしこまりました」
ナイトはそれだけ言って、影へと潜る。空では一番星が瞬いていた。
これで完結です。読んでくださりありがとうございました。評価、いいね、ブックマークをしてくださると励みになります。
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