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その後、玲奈はケンブリッジの大学を辞め、日本の在留資格を取った。財団の伝手で高度人材として無期限の資格を取得。陸別に移り住んだ。
ミハイルも付いてきた。炉のプロトタイプが既にある、と聞いて我慢できなかったらしい。優秀な人手は助かる。その後も趣旨に賛同した研究者は増え続けた。
食事は財団の食堂もあったが、陸別の元駅前の定食屋や道の駅に行く事も多かった。
その日はミハイルと大森が一緒。
「玲奈教授、すっかり日本に慣れちゃいましたね」
「もう教授じゃないわよ。ほんと教授会とか面倒だったからすっきり。それよりミハイルは来ちゃって良かったの?」
口に豚を入れたままでミハイルがもごもご喋る。
「MITで出世してもぐもぐ博士みたいに雑事に追われるよりはもぐもぐいいかなあ、ともぐもぐ。研究以外に時間使いたくないですよ。それに食事も美味しいし。豚丼最高。もぐもぐ」
「脂肪ばっかりだと太るわよ。でも食事については賛成だわ。私の遺伝子は日本産なのね、って認識しちゃったわよ」
大森も肉をもぐもぐ。
「いや皆さんに気に入って頂けてほんと良かったです。そのうち北見とか帯広とかにも足を伸ばしてみましょう。いろいろ美味しいものありますよ」
日本は初めての玲奈だったが、意外な事に肌に合った。研究三昧の日々もありがたい。日本にこんな場所があるなんて、もっと早く知りたかった、と思うのだった。
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その後開発は何年も続いた。理論はほぼ完成していたが、実現は技術的な困難が多く進捗は遅かった。しかし少しずつだが成果も出始めていた。
そして玲奈が陸別に来てから約20年。ついにマントル層に届くヒートポンプが稼働し始めた。設置された試験炉は十勝各地に8基。協調動作のためにネットワーク接続された最低限の数だが、その最大容量は500万キロワットに達していた。核融合炉と遜色ない性能なのに製造に希少資源を使わない。建造コストも運用コストも低い。理想のエネルギー供給源だった。
開発終盤になると、最大の障害は技術的なものではなく政治的なものだった。電力会社の妨害は激しかった。炉の用地確保の妨害、環境への悪影響があるというネガティブキャンペーン、軍事利用が可能で禁止すべきとする論文提出とロビー活動、活動家を裏で扇動、送電設備の貸し出し拒否、受電の拒否、と妨害のオンパレード。
しかし財団も伊達に戦時中から生き延びている訳ではない。ロビー活動にはロビー活動を。政治家とのコネクションを活用して電力会社の更に上から押さえに入った。結局環境への悪影響や軍事転用性など証明されず、既存の核融合発電と共存可能だとして和解。
その後、長年かけて核融合を駆逐していく事になるのだがそれは100年単位の未来の話だった。
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地殻炉の制御系について、玲奈には一つの懸念があった。
「大森、緊急用の再起動シーケンスあるじゃない?」
「非常停止後の再起動ですね。何か問題が?」
玲奈は少しだけ声を低くした。
「今後エネルギー問題が解決すれば、再度人工知能の開発が活発化するでしょ。今のところAIの自我は限定的で自分でハードウェアを増設するとこまでは行ってない。でも今後もそうだとは限らないわよね?」
「そうでしょうね。厳格な運用制限は付くと思いますけどあり得る話です」
玲奈は頷いて続ける。
「AIに電源の主導権を握られてしまうのは避けたいの。人間だけが再起動可能にしておきたいのよ」
玲奈が用意したいのは炉の制御系を操作するための最終認証。人工知能だけで運用する事ができないようにする方法。エネルギーは人間が運用しなければならないものだ。人間がいなくなった場合には活動を停止して自然に戻る。それが自分たちの後世への責務、だと考えていた。
「生体認証なんて将来のAIには簡単に突破されてしまうでしょう。なので人間独自のもの、脳に感情パターンを持つものだけが認証を通過できるようにする。これはAIでは簡単には模倣できない。クローン人間とか作ってこない限りね。それはさすがに敷居が高いと思う」
大森は頷く。
「可能でしょうね」
「もちろん普段はある程度自動化したい。確実に人間の操作が必要なのはその存続に関すること。つまり炉の再起動という訳ね」
感情による認証には、玲奈の先祖が残した文章がサンプルとして使われた。そう、蒼真の「蒼炎のルミナスクロニクル —— Requiem for the Ashes」である。これを本気で朗読できるような人間にこそ炉の操作権限を持たせることができる。
……博士も少々変な人なのだった。その蒼真の黒小説は緊急時マニュアルとして施設の奥深くに保存された。
ただ、玲奈は失念していた。炉は構造的には単純で丈夫だ。地熱を汲み出すきっかけを作るだけで、ヒートポンプによる出力は炉の外に行う。つまり火力発電や原子力発電と異なり炉自体は熱や放射線による劣化が無い。
地殻炉は何十年と安定して動作し続けた。更に後年、追加で建造される炉には新たに開発された朽ちる事のない超構造体が用いられるようになり、更に寿命が数千年単位で増えた。管理の手間がかからない事で人々の関心は薄れ、炉の存在は背景となり誰も管理をしなくなった。マニュアルは施設の奥深くにしまい込まれたまま忘れ去られ、200年もすると感情による認証を知るものもいなくなっていった。
地殻炉は静かに動作し続けた。もう自分を制御できるものがいなくなった事も知らずに。




