目覚め
暗い。
長い間微睡んでいたような気がした。意識が少しずつ浮かび上がる。
頭がはっきりしない。ぼーっとしていると、急に光が差し込み視界がクリアになった。
『……見覚えのない壁。見知らぬ天井だ』
と、ド定番のセリフを吐こうとしたが口が動かなかった。ああ、貴重な機会を逃した。残念無念。
そして気づいた。くだらない事考えている場合じゃなかった。周りを見回そうとして、体が動かない事に。指先すら動かせない。声も出せない。体の感覚はあるものの何か勝手が違う。下ろしたてでまだ糊が効いている着慣れない服を着ているような。いや拘束服ってこんな感じ? いや着たことないけども。
『どうなってんだ、これは』
声に出さずに言葉を並べる。するとビクっと視界が動いた。
『どこだここ。見慣れない部屋の様式だな。拉致された? まさかー異世界とかじゃないよな?』
そもそもここに来る前の記憶がぼやけている。俺何してたっけ?
視界がグルっと周りを見回す。石で出来た部屋みたいだ。壁や天井を何度も見る。何かを探すように。
『なんで体が動かないんだ、てかこれは誰かの中なのか? 夢?』
いや、しかし夢にしては明晰すぎる。意識も明瞭になってきた。見知らぬ部屋、壁の見たことのないテクスチャ。知らないものをこんな解像度で再現する夢なんてあるか?
視点が高くなった。立ち上がった? 移動を始める。これは体が歩き出したのか。
この体は狭い部屋にいたようだ。すだれのような仕切りをくぐってそこを出ると広い部屋。教会? 神殿? 天窓から光が差し込み、そこに壁のステンドグラスから漏れる光が豊富な色を添えている。正面には身長3メートルくらいの大きな石像があった。ただその人物像には見覚えがなかった。キリストとかお釈迦様とか七福神とかではなさそうだ。
石像の横に立ち机があり、そこには装飾の多い礼服のようなものを着た老婆がいた。顔は西洋人のようにも東洋人のようにも見える。銀色の髪、優しげなまなざし。その老人が話しかけてきた。
「リーネ、祈祷中だったのではないかい?」
まなざしと同じ、優しい声色。一応日本語っぽい響きだが、理解できない。何語だこれ。聞いたことない発音だ。だが意味だけが伝わってくる。どうなってんの。
「はい、ニナ長老。報告があります」
自分の口が言葉を紡いでいる。綺麗な女性の声。え。今の俺って女の体なの?
「祈祷の途中から、頭の中に声が聞こえるようになりました。私のものではない、男性の声のようです」
「声? それは確かか? 何と言っている?」
「……知らない単語が多いのですが、『ここはどこだ』とか『何故体が動かないのか』とか『これは夢なのか?』のような内容です」
俺の声はこの子? に届いているのか。
『おい! 俺の声が聞こえてるのか? 聞こえてるなら答えてくれ!』
「声が私との会話を求めているようです。話してみても宜しいでしょうか」
ニナ長老、と呼ばれた老婆はしばし考える。
「話してみるといい」
「はい。……私はリーネと申します。私の中のお方、あなたはどなたですか?」
『ああ、良かった、聞こえてるんだな。俺は桐生。桐生蒼真。大学生だ。いや、そんなことよりここはどこなんだ。君は誰で、何で俺は君の中にいるっぽいんだ』
「キリューソーマ様、とおっしゃるのですね。私はリーネ。地殻炉を守護する聖都アマナ神殿の巫女でございます」
……地殻炉?なんじゃそりゃ。なんか聞いた事あるような……あ。そう言えば。
【汝、遠き地より来たる者よ。灰に覆われし世界にありし地殻の炉に再び炎を灯す者よ。恐れるな。おまえの声は、この地の底まで届く】
だったっけか。……と言ってしまってから遅れて来た羞恥に打ちのめされる。顔があったら真っ赤っかになっていただろう。あれは封印したものだ。何で一字一句覚えてるかなあ俺。
リーネの動きが止まる。
「それは『蒼炎の書』第一の章。寸分も違わぬ祝詞……まさかあなた様は予言の偉人様?」
『蒼炎の書! なんでその名前を知ってるの!』
ニナが詰め寄る。
「どういう事だ、声が何を言っている?」
「はい、キリューソーマ様は聖典の一部を一字一句違わずに諳んじられました。『蒼炎の書』をご存じのようです。聖典にあった偉人様かもしれません」
ニナはしかし、さほど驚くでもなく返す。
「なんと。偉人様が降臨したとでも言うのか。よし他の長老方を呼んでくる。リーネよ、しばしここで待つのだ」
「はい、ニナ様」
頷いたリーネは、そのままそこに立ち続けた。ベンチあるのに座らないんだ。聖職者ってそういうもんか?
しかし、どういう事? なんで封印した俺の黒歴史が表沙汰になってるのん? 俺死んで閻魔様に罰受けてるの?




