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4 逃避という名の依存

「チュンチュン。」


 数羽の鳥が、俺と星月蓮の足元に降り立った。前に森で出会ったリスと呼ばれていた動物とは違って、鳥たちの伝えてくる意味はひどく曖昧で、どうやら「食べ物」くらいしか感じ取れない。


 そのとき、蓮はどこから取り出したのか一切れのパンを手にし、それを細かくちぎって小鳥たちのそばに撒いた。


「レイアもあげる?」


 蓮は突然パンをちぎり、俺の手に差し出してきた。俺はそれを受け取り、蓮の真似をして小鳥に餌をやる。


 俺が俯いて餌をやっていると、突然横から両腕が伸びてきて、俺を抱き寄せた。


「ねえ、レイア。こうやってあなたを抱きしめるの、どれくらいぶりかな。」


 蓮の柔らかな声が、耳元で響く。


 胸元から漂う懐かしい香りを感じながら、俺はこれまでの蓮との時間を思い返していた。


「たぶん、半月くらいかな。」


「そう? 私はもっと長く感じるけど。」


 蓮の腕の中の温もりを感じながら、心の奥にこれまで経験したことのない感覚が込み上げてくる。頭の中が空っぽになって、何も考えたくなくなる。この瞬間が、ずっと、ずっと続けばいいとさえ思った。


 花と交わしたあの会話を思い出す。


「蓮、俺は君が好きだ。」


 この感情は、きっと「好き」と呼ばれるものなんだろう。


「うん、私もレイアが好きだよ。」


 蓮はまったく驚くこともなく、淡々とそう返した。そして続ける。


「でもね、“好き”にもいろんな種類があるの。本当にこの二文字の意味を理解できたら、そのとき改めて告白して。」


 その声はあまりにも優しくて、眠気なんてなかったはずなのに、このまま彼女の腕の中で深く眠ってしまいたくなった。


「レイアさんでお間違いありませんか?」


 屋上の入り口から聞こえてきた声が、そのすべてを断ち切った。振り返ると、白衣を着た中年の男性が立っており、その後ろには数人の助手らしき人影がある。


「はい。」


「ええ、少々お時間をいただきたいことがありまして。ご協力いただけると助かります。」


 俺は蓮を見る。彼女はわずかに頷いた。


「……わかりました。」


 俺はそう答え、蓮の手を引いて彼らの方へ向かう。しかし、蓮は俺の歩みに合わせてこなかった。


「呼ばれてるのはあなただけ。それに、私はここでちょっと人を待たなきゃいけないの。」


 そう言われ、俺は仕方なく手を離す。


 その瞬間、リプルに来たばかりの頃の光景が脳裏に浮かんだ。


 また、置いていかれるのか?


 蓮と離れたくはない。でも、彼女が俺を害するはずはない。だから俺は、一人で彼らについていった。


「レイアさん、こちらへ。」


 中年の男性は人混みを避け、職員用エレベーターで下へ向かう。助手たちは俺の後ろに続いた。


 エレベーターの中は静まり返り、機械の低い唸りだけが下降を伝えている。やがて表示がマイナス三階を示した。


「こちらへどうぞ。」


 男性に導かれ、施設内を進む。ここはリプルのあの実験室とよく似た構造だが、少し小さい。


 また何かの実験だろうか。まあ、もう慣れている。


「お連れしました。」


 扉が開くと、中で一人の人物が椅子に座り、何かをじっと観察していた。俺を案内してきた男性は、それだけ告げて去っていく。


「どうぞ、お掛けください。」


 その人物は顔を上げ、目の前の椅子を指さした。


 俺は指示に従い近づく。その顔がはっきり見えた。


 地位は高そうだが、こういう実験室にいる人間は皆似たようなものだ。眼鏡をかけ、白衣を着ている。さっきの男よりは若いが、大差はない。


「ああ、これをお返しします。」


 彼が差し出したのは、目覚めたときからそばにあった黒紫の長剣だった。恐鰐との戦闘で失くしたと思っていたが、この病院が回収したらしい。


「この剣を傷つけずに材質を調べようとしましたが、現行の設備では不可能でした。どうしても気になって、勝手に持ってきてしまいました。ご容赦ください。」


 剣を返しながらも、彼の視線は名残惜しそうにそこへ向けられている。


「大丈夫です。」


 俺は気軽に答え、剣を受け取り、机の上に置かれていた、以前舞が作ってくれた剣袋に収めて背負った。


「では、本題に入りましょう。今回の戦闘でのあなたの活躍を受け、我々Sprobe機関内部で協議した結果、あなたをメディアの前で公に称賛し、将来的にはスターとして育成したいと考えています。」


 彼の口調が急に引き締まる。


「スターって、蓮が言っていた“英雄”って意味ですか?」


「蓮?」


 一瞬、彼の顔に疑問が浮かぶが、すぐに続けた。


「そう理解していただいて構いません。あなたは通常通り任務を受け、遂行するだけでいい。我々が戦績を追跡・報道します。過程ではRst組織の適応者があなたの安全を守りますし、報酬もSprobe機関からお支払いします。」


 提案を聞き、俺は反射的に蓮の意見を求めたくなった。しかし今の俺は彼女に連絡できない。そして蓮は、俺がどう選ぶのか見たいと言っていた。ならば、今回は自分で決めるべきだ。


「その……舞はどうなりましたか?」


 やはり俺はできない。今の知識では、この選択が何をもたらすか判断できない。


 なぜ急に舞のことを尋ねたのか、自分でもわからない。もしかすると蓮と同じように、無意識に彼女へ依存しているのかもしれない。


「舞? 雛原会長のことですか。貴重な道具で命は繋ぎましたが、かなりの重傷です。詳細は把握していませんが、ご安心ください。本部には優秀な医師が多数います。即死でなければ救命可能です。」


 唐突な質問に戸惑いながらも、彼は真面目に答えた。


「ただし、今回の対外報道には雛原会長は含まれません。あのクラスの人物には通常護衛がついています。彼女が参戦していたとなれば、主力に疑念が生じる可能性があります。したがって、報道上の作戦参加者はあなたと赤尾小隊のみです。」


「わかりました。」


 俺は頷く。後半はどうでもいい。舞が生きている、それだけで最後の不安は消えた。


 ……そもそも、俺はいつからこんなにも生死を気にするようになった?


 他人の強い生への執念に影響されたのか。


 蓮といるときの温もりが、好きな人を失いたくないと思わせたのか。


 それとも……夙……。


 ……いや、いい。


 たとえ生死の意味を理解できなくても、今の俺はそれを選択肢の一部として組み込める。


「それで、お答えは?」


 彼は返答を求める。


「わかりません。」


 だからこそ、予測できない未来に対して、軽々しく選ぶことはできない。


 蓮の言う英雄であれ、彼の言うスターであれ、俺の行動は多くの人に影響を与える。目覚めた直後のように、誰にも気にされない存在ではない。


 目覚めてから出会った人たちは、ほとんどが俺に善意を向けてくれた。だから俺も彼らに善意を抱いている。顔も知らない人々に対してさえ。


 だからこそ、彼らに不利益を与えるかもしれない選択はできない。


 これは選択から逃げているわけじゃない。


 ただ、今の経験では、その選択の先にある結果を答えられない。


 だから俺は、他人に依存せざるを得ないんだ。


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