1 見知らぬ天井
「三年あまりの沈黙を経て、高階Saliveが再び能動的な攻撃行動を示しました。そして最初に被害を受けた都市は、第12区に位置するリプルです。これは単なる偶然なのか、それとも全面侵攻の前触れなのでしょうか……」
人通りの多い交差点の脇で、巨大なスクリーンがニュースを流していた。
「ねえねえ、錦礼、聞いた? 第12区の街が高階Saliveに襲われたらしいよ。」
「えっ! 本当? それって、また隠れて暮らす日々に戻るってこと?」
「でも今のところはあの一件だけで、他の地域では出てないみたいだよ。それに、Zeroもいるし。」
「Zeroって、ずっと出てきてないじゃん。」
「人類が本当に危機になったら、きっと助けに来てくれるよ。」
「はあ? あんたほんとミーハーだね……」
道端のベンチで、学生服姿の二人の少女が不安げに話していた。
「リプルが襲撃を受けた際、身元不明の人物が立ち上がり、Salv4の進攻を止めました。Sprobeの情報によると、この人物は適応者ではないものの、確かにSalv4を討伐したとのことです。現在、重傷を負った彼はフキョウで治療を受けています。彼はZeroのように、人類の新たな希望となるのでしょうか。」
人で溢れる軽軌道駅の入り口。頭上の大画面には、そんな情報が映し出されていた。
「リプルの住民の一部が、こっちに移ってくるらしいよ。」
「あそこは一級都市だし、前線基地でもともと人口も少ない。ここにはそこまで影響ないだろ。それより、あの身元不明のやつのほうが気になる。」
「第二のZeroか? 本当かどうかはともかく、今はSalive襲撃への恐怖をそらす効果はあるな。」
「この街にいるって噂もあるし、もしかしたらそのうち会えるかもな。そしたら本物かどうか分かるだろ。」
車がひっきりなしに行き交う道路脇で、氷宮たちと似たデザインの戦闘服を着た二人の少年が話していた。
そのとき、一羽の鳥が彼らのそばに舞い降り、枯れ枝をくわえると、そのまま遠くへ飛び去った。
果てしない闇の中で、時間は凍りついたように止まり、意識もまた静止していた。
だが、ひとつの光点が現れ、その均衡を破った。
それは、以前出会ったあの光だった。どうしようもなく温かい。違うのは、私が近づこうとする前に、向こうから近づいてきたこと。
私は手を伸ばした。しかし光はあっさりと手のひらをすり抜け、顔の前で止まる。
私はその光を見つめ続けた。時間を忘れ、無限の停滞の中で、まるで永遠を越えたかのように。
やがて光は動き出し、ゆっくりと近づき、ついには私の顔へと溶け込んだ。その感触は、温かな手のひらに撫でられるようで——初めて、幸福というものを感じた。
「チチッ、チチッ。」
窓の外の鳥の声が、私を眠りから引き上げる。目覚めたばかりの意識には、さっきの出来事の記憶は残っていなかった。
見知らぬ天井……。
目を覚ました私は、知らない部屋の中にいた。
「ピッ、ピッ、ピッ。」
隣の見覚えのない機械が、規則正しい電子音を鳴らしている。
「……あ。」
ゆっくりと体の感覚を取り戻しながら起き上がろうとすると、体中にいろいろな管が繋がっているのに気づいた。
「今は動かないほうがいいよ。」
それらを引き抜こうとした瞬間、耳元で声がした。振り向くと、黒いショートヘアの少女が椅子にもたれ、じっと私を見つめている。
「体は特に問題ないみたいだけど、勝手に抜いたら私がやったって思われるでしょ。そしたら怒られるの、私なんだから。」
見知らぬ少女は首を傾げながら言う。声には感情がほとんどなく、叱られることも別に気にしていない様子だった。
「いやあ、ちょうどいいタイミングだね。」
ドアのところに、白衣を着た若い男性が現れ、明るい声で話しかけてきた。
「体に異常はないかい?」
そう言いながら、こちらへ近づいてくる。
「ないです。」
私は正直に答えた。
「まあ、あれだけの規模の権能を瞬間的に解放したんだ。たとえミサイルに直撃されても、即座に修復できる体だろうけどね。」
彼はそう言いながら手をひらりと振る。すると、私の体に繋がっていた管が一瞬で外れた。
「ちょっと、さっきは動くなって言ったばかりなのに。」
隣の少女が不満そうに言う。
「まあまあ、好奇心は抑えるものだよ。」
若い男性は適当に受け流し、それから私のほうを向いた。
「さっき黒髪ロングの美女が来てね。君が目を覚ましたら、2階の207号室に来るようにって。」
そう言って、颯爽と去っていった。
……と思ったら。
「君は今のタイミングで一緒に来るんだよ。」
突然戻ってきて、まだ私を見つめていた少女の腕を引っ張って出ていく。
「なんで? 言ってないじゃん。」
「これがチームワークってやつさ。」
「ちっ、めんどくさい。」
「……ああ、そうだ。さっき君を見舞いに来た人がいたよ。」
意味深な言葉を残して、彼の姿は消えた。
二人が去ったあと、私はきしむ肩を回しながら立ち上がり、指示どおり下の階へ向かった。
彼の言っていた207号室の人物は、おそらく蓮だろう。見舞いに来たという人物は誰なのか分からない。赤尾小隊の、他に大きな怪我のなかった誰かかもしれない。
さっきの二人に気を取られて、他の皆の状況を確認する余裕がなかった。けれどそれ以上に、自分がまだ生きているという事実に、どこか現実味がなかった。
今、私が一番知りたいのは——
他のみんなが、生きているかどうかだった。




