18 戦線の上で
「やせき! あとで必ず私の指示を聞いて。salv4が来る一時間前には絶対に撤退すること。今回はもう、あなたを失いたくない」
「うん」
俺は舞の後ろについて防衛線へ向かう。その間も、舞は何度も念を押してきた。
道中、放置された車両を避けながら、俺たちはおよそ時速100キロで駆ける。俺単独ではそこまで出せないが、舞が風を操って気流を制御し、風圧を打ち消してくれていた。
氷宮詩玖たちも三級の適応者だったが、全力で移動したときの速度は今よりかなり遅かった。やはり舞が風系の使い手だからだろう。
適応者には厳密な属性区分はないが、現在の研究では、権能の使い方は権核の等級だけでなく、使用者の性格や感情とも強く関係しているとされている。
例えば、荒塚悠のように短気で荒っぽい性格なら炎に関連した能力を使いやすい。冷静な氷宮詩玖は氷系に偏る傾向がある。もちろん他属性が使えないわけではない。ただ、自分の性格と親和性の高い属性の方が効果が出やすいだけだ。
それ以外にも特殊な能力は多い。読心や治癒など、一般的な属性に当てはまらないものも存在する。
これらの現象を説明する、より受け入れられている説はやや唯心的だ。権能については誰も詳しく知らず、その行使はほぼ「想像」によって成り立っている。手の中に炎があると想像すれば炎が生まれる。消費する権能の量に応じて炎の大きさも変わる。
気性が荒ければ炎を思い描くことが多くなり、出力も高くなりやすい。だから戦闘で強い効果を発揮する。
逆に優しい人は「癒したい」という願いを抱く。その願いが権能を通して現実となり、治癒能力として発現する。
では、舞の風系能力は彼女が活発だからか? もしそうなら、もっと騒がしい花が風系でないのはなぜだ? そんな疑問が一瞬浮かぶが、すぐに意識の外へ追いやった。
舞の補助のおかげで周囲の空気の流れは感じないが、景色は猛烈な勢いで後退していく。道には慌てて避難する人々の姿があちこちに見える。その光景にわずかな違和感を覚えるが、速度は確実に上がっていた。
郊外へ近づくにつれ、散発的にsaliveが現れ始める。おそらく防衛線をすり抜けた個体だ。
「はぁっ!」
俺は先に飛び出し、人々を襲おうとするsaliveを斬り伏せる。舞は横から援護する。
漏れた個体の大半はsalv1だ。見たことのない種類も混じっていて権核の位置が分からないものもあったが、舞のサポートがあれば問題なく処理できた。
十数体を斬り倒した頃、ついに防衛線が見えてくる。ここをじっくり見るのは初めてだ。以前氷宮詩玖たちに連れられて通ったが、あの時の俺にはその意味が理解できなかった。
防衛線は高さ十数メートル、左右へ果てしなく延び、リプル城を囲む鋼鉄の城壁で構成されている。厚さ五十センチの壁は鋼鉄に加え、判別できない素材が混ざっており、低階のsaliveの攻撃を防げると言われている。
しかし今、その城壁には半径二メートルほどの穴がいくつも開いていた。おそらくsalv3の仕業だろう。街中に侵入したsaliveはそこから入ったに違いない。
「やせき、こっち」
舞は俺の手を引き、二人で城壁の上へ跳躍する。
城壁に立つと、遠方から爆発音と怒号が響いてきた。都市の適応者小隊が総出で侵攻を食い止めている。その前方には、果ての見えない黒い波――saliveの群れ。
適応者たちは全力で抗っているが、誰の目にも勝敗は明らかだ。幸い、彼らの任務は撃退ではない。住民が逃げる時間を稼ぐこと。
その後、専用車両で撤退する手筈になっている。後方の一般市民よりは安全だ。彼らは貴重な戦力なのだから。
それでも、絶望的な戦力差の前に、防衛線は少しずつ押し込まれていく。
「私から離れないで」
舞は俺の手を引いたまま戦場へ駆け出す。全身から凄まじい気迫が放たれた。
リプル城には三級適応者が最高戦力であり、その数も多くない。この防衛線に配置されているのはさらに少数だ。だから上位戦力が一人加わるだけで、士気は大きく上がる。
「また三級saliveが来たぞ! これで少しは持ちこたえられる!」
野太い声が響く。
「え、あの人見覚えある……風系ってことは、まさか“バタフライ・クイーン”雛原舞!?」
女性の叫び声。
「何だって? あの雛原軍工の会長が? この街に来てたのか!?」
別の声が続く。
「隣のあれって彼氏? 男を全員拒絶したって噂の雛原舞に彼氏ができたの?」
「バカ、どう見ても護衛だろ!」
舞の登場で、疲弊していた適応者たちの空気が一気に明るくなる。雑談する余裕すら生まれていた。
「戦闘に集中して。雛原軍工の名にかけて約束する。任務完了後、参加した各隊に一千連盟通貨を支給する」
舞は俺の知る姿とは違う。声は静かだが、逆らえない威圧が宿っている。
「おおっ! 雛原会長万歳!」
隊員たちは一層奮い立ち、戦闘に身を投じる。
それに対して、俺はさらに過激だった。押し込まれつつある防衛線を無視し、単身saliveの群れへ突っ込む。他の適応者とは対照的だ。
「離れるなって言ったよね?」
後ろから舞の呆れた声が飛ぶ。
「舞が援護してくれるなら、俺は大丈夫だ」
俺がこんな戦い方をする理由は単純だ。俺は他の適応者と違う。saliveを斬れば権能を吸収できる。残量を計算しながら慎重に戦う必要がない。
だから俺が前に出て斬り続け、舞が援護すれば、舞の消耗を抑えられる。同時に、舞の視線を俺に向けさせ、saliveとの正面衝突から引き離すこともできる。
少なくとも、舞が危険に晒される確率は下げられる。




