1 食事という名の儀式
虚無の中、ただ一点の光だけが前方にあった。私はそれが何なのか分からない。ただ、それが自分の追い求めているものだということだけは知っていた。
だが、それは次第に私から遠ざかっていく。
「やめて……」
掴みたいという想いは前へ伸ばした手となったが、残光にすら触れることはできなかった。
悔しさのまま必死に手を伸ばしたその時、予想外の何かが私の手を掴んだ。
「よかった!目を覚ました!」
軽やかな声が私を呼び覚ます。
瞼を開くと、世界とともに飛び込んできたのはピンク色の短髪の少女で、嬉しそうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「やっと起きたのね。もう一回チェックするわ。」
声とともに現れたのは、やや大人びた黒い長髪の女性だった。彼女は乱暴にピンク髪の少女を押しのけ、私の隣に座った。
「大丈夫?体はちゃんと感じる?痛くない?」
彼女は私の体をあちこち揉みながら確かめる。この状況をまだ完全に理解できない私は、ただ横になったままでいた。
「ちょ、ちょっと!蓮、焦りすぎだよ。まだ起きたばかりなんだから。」
さきほど押しのけられたピンク髪の女性が蓮と呼ばれた存在を止め、再び元の位置を取る。
「それにしても珍しいよね、蓮がこんなに他人を気にするなんて。昏睡中もずっとそばにいたし。」
「それって、花も私に心配してほしいってこと?」
蓮の声が少し低くなり、向かいの“花”と呼ばれた少女はわずかに体を縮こませた。
「それは……遠慮しとく。ねえ、起きられる?」
「うん。」
そう答えた私は、まだ慣れない体を動かし、どうにか上体を起こして座る。
「名前は?」
私は首を横に振った。
名前?私はその概念について何の記憶も持っていない。あの場所が、私の意識の始まりだった。
「記憶喪失か……これは厄介ね。」
花は小さく呟いた。
私は周囲を見回し、あの姿を探す。
「いない……」
「ん?詩玖のこと?まだ任務中だよ。もうすぐ戻るはず。」
彼女は私の意図を察したように、そう説明した。
「とりあえずご飯にしよ。何日も昏睡してたんだから、お腹空いてるでしょ?ちょうど食事の時間だし。」
そう言って、彼女は私の手を引いて立たせる。
「気をつけて。支えるね。」
目覚めたばかりの私は足に力が入らず、バランスも取れない。ただ彼女に支えられながら外へ向かう。蓮はすでに出ていた。
「蓮、ご飯できてる?」
「できてる。詩玖たちが戻ったら始めましょう。」
「うん。でもこの子には先に出してあげよ。」
二人の会話の後、私は花に連れられてある場所へ向かい、蓮が何かを運んできて私の前に置いた。
「食べて。」
食べる?私は目の前の物体を見つめ、その意味を理解しようとする。
「え?お腹空いてない?」
「お腹……空く?」
それはどういうことなのだろう。
「……思ったより重症だね。」
花は頭を抱えた。
「お腹、ここ。違和感ない?」
蓮は私の腹を指差しながら言う。
言われて意識を向けると、不快な感覚がある。
「うん。」
「それが空腹。だから食べるの。」
そう言って彼女は銀色の道具を取り、その物体をすくって私の口へ運んだ。香りが口の中に広がる。
「……っ!」
私はこの感覚が好きだ。しかし、それが何なのか言葉にできない。
「おいしいでしょ?噛んでから飲み込んで。」
指示通りに噛み、飲み込むと、腹の不快感はすぐに軽くなった。
「これが……食べる?もっと。」
「うんうん、焦らないの。」
蓮は私に食べさせ続け、目の前のそれは少しずつ減っていく。
「おーい!戻ったぞ!早く飯出せ!腹減った!」
外から大きな声が響く。
「何回言えば分かるの、自分で盛れって!私は悠の世話係じゃない!」
ピンク髪の女性が大声で言い返す。
そのやり取りで蓮の手が止まったが、私の腹はまだ満たされないと訴えている。
口に入れられるそれはわずかしか残っていなかった。私は白い器ごとそれを手に取り、口に入れて噛み始める。
これはあまり良くない感触だ。硬すぎて歯に痛みが走り、口の中には嫌な匂いが広がる。唾液と別の液体が口角から流れ落ち、手で拭うと赤い、それは血のようだった。
味は良くないが、腹が満たされるならそれでいい。そう思いながら飲み込もうとした瞬間——
「きゃあ!」
悲鳴が響いた。
耳が痛み、私は思わず耳を塞ぐ。そうすれば少しは楽になる気がした。
口の動きを止め、声の主を見る。ピンク髪の女性だった。
彼女は真っ直ぐに私を見ている。理由は分からないが、自分が何か悪いことをしたのだとなんとなく感じる。もしかすると勝手にそれを食べたからだろうか。
「……あ。」
蓮もその悲鳴でこちらを見て、小さな声を漏らした。
「ごめん。ただ、お腹が空いていて。」
叱られる前に先に謝る。腹にあるこの感覚は、彼女たちの言葉によれば“空腹”らしい。だから私は正直にそう言った。
「花!どうした!」
先ほどの大声の主が外から慌てて問いかける。
「花、大丈夫?」
その後ろからさらに二人分の足音が聞こえた。
私はどう反応すればいいのか分からず、ただぼんやりと座っている。
「大丈夫。ご飯はできてるから、みんな先に準備して。ここはちょっと説明が必要だから、あとで話す。」
蓮は立ち上がり、他の者たちを追い払った。ピンク髪の女性も我に返り、ゆっくりと私に近づく。
「それは食べ物じゃないよ。早く吐き出して。」
彼女は優しい口調でそう言い、私はその通りにした。
「口の中、治してあげるから。動かないで。」
彼女が両手を私の頬に当てると、冷たい感覚が伝わり、口の中の痛みは次第に消えていった。
「もう痛くないでしょ。」
「うん。」
まだ少しだけ痛みは残っているが、ずっと楽になった。
「じゃあ、みんなのところに行こ。」
そう言って彼女は再び私の手を引き、外へ向かう。
やがて少し広い場所へ出ると、四人が輪になって座り、それぞれの前には私が先ほど食べたものと同じものが置かれていた。




