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崩れゆく世界で渇望している  作者: Altsaber
第一章 なおも朦朧としている世界
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17 やせきはどうするつもり?

 黄色い影が地面に転がる権核を飛び越え、俺に勢いよく抱きついてきた。ぎゅっと強く抱きしめられ、両手がせわしなく俺の体を探る。怪我がないか確かめているらしい。


「いや、舞が無事ならそれでいい」


 どうして舞が謝るのか分からない。夙は死んだし、俺も何度も危険に陥った。だがそれは俺が弱かったからで、舞のせいじゃない。それでも舞が無事だったことは、俺にとって間違いなく救いだった。


「雛原部長、saliveの収容区画は鎮圧完了しました。現在、衛隊が施設内から逃走したsaliveを掃討中です」


 舞の後ろから、衛隊の制服を着た人物が状況を報告する。


「うん。できるだけ早く生存者を救助して。その後、住民と一緒に撤退」


 舞は指示を出すと、俺に向き直った。


「やせき、ここは彼らに任せよ。私たちは先に出よ」


「うん」


 俺は舞の言葉に従い、時枚の腕から夙を受け取り、舞の後を追った。


「……やせき?」


 舞は俺の腕の中で息絶えた夙に気づき、少し不思議そうに俺を見る。


「さっきsaliveに襲われた。俺を庇ってくれたんだ」


 正直に答える。


 それを聞いた舞はゆっくりと俺の前に立ち、夙の頬にそっと触れた。


「夙、ごめんね……」


 食事を運ぶときに何度か会っただけなのに、舞はちゃんと夙の名前を覚えていた。だが、その瞳に浮かんだ悲しみはほんの一瞬で消える。


「やせきは、どうしたい?」


 舞は歩きながら、静かな声で問いかける。夙の遺体をどうするのか、という意味だと分かっている。


「俺は……夙を埋葬したい」


 正直、この問題を深く考えてはいなかった。きちんと葬りたい気持ちはある。だがそれが、俺の中で一番切実な願いかと言われると違う。


 目覚めてからまだ二十日も経っていない。俺はまだ「死」の意味を理解できていない。俺にとって夙は、ただ長い眠りに落ちているだけのように思える。


 俺が夙に好意を抱いていたのは間違いない。今していることも、ただ夙を少しでも長く自分のそばに置いておきたい、それだけだ。


「はぁ……」


 舞は俺の迷いを見抜いたように小さくため息をつく。


「今はsaliveが攻城中。ここで埋葬するのは無理。安全な場所まで運ぶしかない。でも輸送能力には限りがある。彼女を連れていけば、その分誰かが取り残される。やせきはどうする?」


 舞は、さらに重い問いを投げかけた。


 蓮は他人の命を尊重しろと言っていた。だが実際のところ、顔も知らない人間が死のうが生きようが、俺の心は動かない。


 蓮や夙のように、身近な存在が危険にさらされたときだけ、俺はようやく何かを感じ、決断する。そんな俺に、他人の生死を決める資格があるとは思えなかった。


[やせきはどうしたい]


 今の俺には答えられない。だが、今の俺じゃなかったら?


「……前の俺なら、どうしてた?」


 俺は舞に問い返す。


「え? あはは!」


 舞は少し意外そうにしてから、声を上げて笑った。


「そうだなあ。前のやせきなら、迷わず夙を選んでたと思うよ。誰かが反対したら、その人も蹴り落としてたかもね」


 それはただの悪人じゃないか、と心の中で思う。


「やせき、それで正しいと思う?」


 俺は首を横に振った。蓮に教えられたことも、これまで出会ってきた優しい人たちの姿も、それが間違いだと示している。


「でしょ。やせきは、そんな人間になる必要ない」


「でも、舞が好きなのは、そういう俺なんじゃないのか?」


 ホールの入口で、舞は足を止め、振り返る。


「違うよ。私が好きなのは、一緒に過ごした時間、やせきが私にくれた変化、ぬくもり、思い出。それが全部、私の宝物。だからね、それがある限り、やせきがどんなふうに変わっても、私はやせきが好き。……まあ、すごく悪い人になったら悲しいけど」


 舞はまた告白するように言い、花のような笑顔を浮かべた。


 そんな舞を見て、俺は夙を抱く腕に力を込める。


 氷宮詩玖の赤尾小隊も、舞も、夙も。出会ってきた人たちは皆、俺に善意や愛情を向けてくれた。だが俺は、それに応えられない。それが苦しかった。


[やせきはどうしたい]


 呪いのように頭の中で繰り返される。答えが出ない。


「雛原部長、内部を徘徊していたsaliveは排除完了。生命反応ありは三名のみ。救援車に搬送し、撤退待機中です」


 先ほどの護衛が追いつき、報告する。


「了解。やせきを連れて、十分後に撤退して」


「了解! こちらへ」


 護衛は俺と時枚に進む方向を示す。だが、舞が動こうとしないことに気づいた。


「舞は一緒に来ないのか?」


「salv4が来るまでまだ三時間以上ある。でも、暴走したsaliveの群れはもう街と住民を襲い始めてる。私は残って、衛隊と一緒に時間を稼ぐ」


「俺も残る。舞と一緒に」


 舞が現れてから、誰かが突然現れて「どうすべきか」を教えてくれることを、俺はもう期待していない。皆の気持ちに応えるためにも、逃げるわけにはいかない。迷っていても、自分で決めなければならない。


「……うん」


 舞は危険だと止めると思っていた。だが意外にも、あっさり頷いた。


「やせきがそう言うって、最初から分かってた。何があっても、その部分だけは変わらないから」


「どの部分だ?」


「それは……」


 舞はゆっくりと俺に近づき――


「教えない!」


 舌を出していたずらっぽく笑うと、そのまま軽い足取りでホールを駆け出していった。


「……ごめんな、夙」


 俺は夙の遺体をホールの休憩用の椅子にそっと横たえる。


 夙がもう死んでいることを、受け入れなければならない。今、彼女にしてやれることはすべて、俺自身のための行為だ。そしてそれを、誰かの命と引き換えにするわけにはいかない。だから、連れていくことはできない。


 剣を抜き、ホールを出て舞の後を追う。


 夙の犠牲は、他人の命から目を逸らすことを俺に許さなかった。合理的な動機が見つからなくてもいい。かつて氷宮詩玖たちが俺を救ったように、この街の人々のために戦う。すべてが手遅れになる前に。

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