第十四話 目覚め
「――離れなさい!」
身体の芯までつんざく声、ビシッという鞭のような……いや、札か榊かの音で、僕は目を覚ました。
「ギャッ!」
と鳴いた目の前の生き物がうずくまる。
「危なかったわ。無事でよかった」
「こななことなら境内探し回らずに、なつきくんの側に付いとりゃよかったなぁ」
「っ竜胆さん? 烏丸さん?」
声の方を向くと、榊を持った二人が袴姿で立っていた。彼女達の服装はいつもと違うのに、なんだか一気に現実に戻ってきたような感覚がする。僕はさっきまで何をしていたんだろう。というか、どうして彼女達がここに?
「彼が出てくるのを待ってたの」
「今日祭りやろ? 力がみなぎる日やから、流石に出てくる思て。……灯台下暗しも酷いもんやわ。まさかうちの神社やなんて」
そうだったのか。
この祭りはこの神社にいる鬼の為のものだ。そして、祭囃子は鬼に捧げる為の音。でもそれを聞いてきみつキが出てくるって? 確かに祭囃子を聴いているとどこかワクワクした気持ちになりはするけど。
……あれ、そういえばなんで僕は今日、家を出た時あんなに確信してたんだろう。きみつキに会えるって。いや、確信したのは神社に近付いていくその道中。祭囃子が聞こえてからもっと――
「い、たい……」
っ彼の声! 本当に出てきたんだ。
「きみつキ!」
やっと会えた。
彼女達に向いていた僕は、急いで振り返った。でも……
「なつきさん待って。顔は元に戻ったけれど、まだ危ない」
竜胆さんに止められる。
そこにいたのは白い髪に藤紫の瞳をした、一対の角を持つ、鬼。でも、体には半色の動物の毛が混じり、手足の先は狐、お尻には多数の尻尾が生えている。
誰、だ? いや、知ってはいる筈。いや、確実に知っている。あの日あったあのひと。この神社に祀られているその鬼。でも、何で彼はここにいて、あんな姿に? ……待てよ。僕、さっきここに来て最初に彼に話しかけた時、きみつきって呼んだよな。どうして? 絶対に、学校で会う僕の知ってるきみつきじゃないのに。何で僕はそう呼んだ? 何でそう思ったんだ?
もう一度、彼をよく見てみる。
両手を付き荒く息をする彼。顔には汗が滲み自分を抑えようと苦しんでいるのに、足は今にも飛び掛からんと構えている。まるで全く違うもの二つがくっ付いたみたいに。
「狐を剥がさなくては。烏丸」
「おっけー、りんちゃん」
じり、と僕の横にいた二人が戦闘態勢になる。
彼は相変わらず手を付いて苦しそうにしている。
不意に彼が顔を上げて、藤紫の瞳と目が合った。
――あ、そうか。
思い出した。
『鬼見月』だ。
そうだ、彼だ、鬼見月だ。初めて会った時にそう教えてもらったんだ。
何で彼のことを忘れてた? 何で、いつも隣にいた彼が彼だと分からなかった?
僕が初めて鬼見月に会ったのは、中学生の時じゃない。小学生の時だ。境内にいた、あの真っ白な彼が本当の鬼見月なんだ。
あの日――そうだ。僕は、そうだった。
そういえば、ずっと昔から……。
僕は一歩前に出た。
「ちょっ、何しとるんなつきくん⁉︎」
昔から、目に見えないものが見えた。あやかし、精霊、人の霊。
いつからか、薄まった世界と共に目を閉じた僕は、認識できなくなっていた。そして忘れていた。でも、僕には確かに力があって、世界は清浄だった。
一つ息をする。
「鬼見月、聞こえる? 僕だよ。夏気」
本当の名前。
あの夏、あの日神社で君に教えた、僕の名前。忘れ去って、分からなくなってしまった僕の本当は、夏だった。
彼に歩いていく。
彼の目を見る。その奥まで。
……届いて。
「話をしよう」
「駄目よナツキさん、そんなことをしても相手は聞く耳を持たないわ。危ないから離れて!」
竜胆さんの声が後ろから掛かる。でも僕は止まらず進んだ。
鬼見月の耳を塞いでるのは狐だ。僕達の夢を濁らせたみたいに。狐をどうにかしないと。
お願いだから狐さん、大人しくして。僕はもう君に従わない。力は貸さない。鬼見月を返して。
僕は鬼見月の下半身に顕れた狐に言う。
でも、やっぱり完全に言うことを聞いてはくれない。神に成り変わるのを諦めまいと、まだそこにしがみ付いている。
「ナツキくん離れぇ!」
烏丸さんの声。
でも、鬼見月はこっちを見た。僕の声が届いてる。
昔からそうだった。
鬼見月はずっと僕を見てた。
そして、君は僕を求めて、僕も君を求めた。
彼に近付く。真っ白な、光の点みたいな彼に。
「駄目だわ烏丸、ナツキさん正気じゃない。早く祓うわよ!」
「あいさっ」
僕の後ろから走り出した二人。彼女達が僕の横を通り過ぎる前に、僕達二人は黒に包まれた。




