2:デコボコ
って、ここまでが前書きなわけ。
あたしの人生にとってはね。
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凸の出っ張り、凹がへこんでいる理由。それぞれの欠片を、ふたりは外してしまったから。
残った欠片で構成されたあたしは、つまり、いらない部分?
ふたりは幸せに暮らしてる。あたしのことも大事にしてくれた。
必要ない欠片、じゃなくて、ふたりの本当に大事なものだよ、なんて言われたし。
たぶん、本気で。そう思ってくれてたんだろうけど。
あたしは旅に出た。
どうして?
だって、こんなに細い体で、地上で生きて行くのは難しい。
ふたりにとっては大事な部分だったのかもしれないけど、あたしにとっては、こんな細い体を与えられて。
みじめで。
悔しい。
欠けてるどころか、足りなすぎる。
あなたにもすてきな片割れが見つかる、と、ふたりは夢みたいなことを言う。
だったら、あたしの片割れがどこかで、困っているのなら。
会いに行かなくちゃ、ダメだと思う気持ちもあった。
だけど、だけどね。そんなに簡単に、片割れには会えず。
地上にいるのは、立派な直方体ばかり。
細くて足りないあたしを必要とする人など、いなかった。
なんて。
あたしの文句を、さっきから。
ずっと、聞いてる人がいる。
あたしの隣にはいない。誰もいない。
ここは広い広いなんにもない場所で、ふつうの直方体が暮らす街からはずいぶんと離れているところ。
あたしはいろいろ探してさまよって。そしてここに来た。
そして、この人に出会った。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてる」
尋ねると、すぐに返事。
あたしは細い体を横たえる。
「あんた、おっきすぎて、逆に存在感なくなるよね」
「君は細くて小さくてめちゃくちゃかわいいけどな」
「うるさい」
細いとか小さいとか。あたしの悪口を平気で言うくせに。
それにかわいいとか足されたら、どんな顔していいのかわからなくなる。
あたしの旅の、今現在。
あたしはこの人に出会った。
あたしは、自分みたいな、足りない誰かには会えずじまいだったけど。
この人に会った。
今はあたしに押し倒されているけれど。
この人は、立ち上がるとものすごく大きい。ほんとに、こんな立派な直方体、この世に存在してたんだってびっくりするぐらい。
でっかくて、完璧で、立派で、すてきで、硬くて、太くて、でっかい。……とにかくでっかくて、立派。
でかけりゃいいものじゃないともよく聞くけど、おっきいことはいいことだと思わされる。
なんていうか、スパダリ……、って、この人のこと言うんじゃないのかなって。
あたしはしみじみ、思うのだ。
あたしを構成する部品が三なら、ふつうのみんなは六。
だけどこの人は、いったいいくつ?
見上げて数えてみたけれど、途中で首が痛くなって諦めた。
だって、見えてる部分だけで、これだけある。
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いくつの欠片からできてるの? ってあたしが聞いても、知らない、なんて他人事みたいに言うから。
自分のことなのにわからないのっておかしくないかな、って。気になって。
今は横になってもらって、いくつか数えさせてもらってる。
まあ、途中であれこれ話すうちにわからなくなって、また、数え直してるんだけど。
そんなあたしに付き合って、体をまかせてくれるこの人は。
おおらかで、とてもやさしい。
しばらく一緒にいて、確信。
この人は、見た目だけじゃなくて中身もとてもすてきに、できている。
「あんたみたいな立派な直方体なら、よりどりみどり。どんな直方体だって、あんたを好きになるんだろうね」
「どうかな?」
「だって絶対モテるよね?」
「まあ、なあ」
「否定しないんだ?」
あたしが舌打ちしたら、笑い声が漏れ聞こえてきた。
「じゃあ、君も。俺のこと好きになってくれる?」
問われて、あたしは言葉に詰まる。
だってあたしはこんな、なのに。
ふつうじゃないのに。
こんなすてきな相手を好きだとか、そんなこと言うこと自体がずうずうしくて、怖い。
返事をせずにいたら、また、笑い声。
だけど今度の声は、どことなく、力ない。
「俺はそんな、立派でも、完璧でもないよ。ただ大きいから、目立たないだけ」
あたしはその言葉に目を剥いて反論する。
「目立たない? 十分目立ってるよね?」
「ああ、目立たないのは、見て、ここ」
「どこ?」
あたしは誘われるままに、その体の上を移動する。
のぞかせてくれたのは、これ、どこになるんだろう。
周囲をぐるりと見渡して、なるほど、胸のあたりかと。
そして、そこにあったのは。
ううん、あるけど、なかったのは。
なぞなぞみたいな、その答え。
誰よりも大きくて立派な直方体の一部分。
示された部分が、欠けていた。
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■■
「この傷を見せたのは、君がはじめて。なぜかな、俺の欠けてる部分でも、全部、見てほしいと思って」
この大きな体には、小さな傷にすぎなくても。
そこをのぞくあたしには、とても大きな傷に見えた。
「あんたには、もう見えてるよね。あたしの全部が」
「ああ、全部見えてる。全部かわいい、どこもかしこも」
「あたしの傷どころか、足りないところも、全部見えてる」
「足りないとこ? 欲張りだな、君はそんなに十分素晴らしいのに」
あたしはこの人の、大きな体の上で、うう、と小さく呻く。
どうしてこの人はこんなにも、あたしを幸せな気持ちにさせるのか。
この人の体の上を這いずり回り、ひとつずつ、その欠片をなでていると。
とんでもなく幸せな気持ちで、あたしの体の中がいっぱいになる。
まあ、あたしは小さいから。
すぐに容量が埋まっちゃうだけなんだろうけど。
この人みたいに大きいと。幸せな気持ちもいっぱい集めないと満たされないのなら。
それはそれで大変だなあ、なんて、思った。
そして。
この人を幸せにするのは、あたしなんかじゃとても、難しいことなのだろうけど。
でも、この、欠けている部分。
あたしにだけ見せてくれた、秘密の傷は。
あたしでも、癒せるのではと思いつく。
ううん、むしろ、あたしだからこそできる。
他のふつうの直方体じゃ、できないこと。
「あのね。あたしは凸と凹がくっついて直方体になって、残った部分からできてるって、話したよね?」
「ああ。聞いた。いい話だった」
しみじみと感想を言われて、あたしは顔をしかめる。あんな話に感動できるとか、わけわかんなくない? けど、歪めた口の端が持ち上がってしまうのは、やっぱり、自分の存在をこの人に認められた気持ちがするから。
「ありがと」
あたしは小さな声でお礼を言って、すっくと、その場で立ち上がる。
「だからあたしは、もともとは。バラバラの三つの欠片から、できてんの」
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細くて、足りない、ふつうじゃない、弱い。
だけどあたしの体は特別。みんなと違って、簡単に、形を変えられる。
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ぽきり、と。体をくの字に曲げたあたしの下から、驚きの声が上がる。
「大丈夫なのか、それは?」
「あんまり見ないで。恥ずかしい」
「いや、見るだろ」
「大丈夫なんだってば!」
それからあたしはずるずると、体を移動させる。この人の傷に。
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「それで、あの、もしよかったら。あたしを、あんたに入れてくれない?」
この人の欠けた、その部分に。あたしはとても、入りたい。
「いいの? 俺で」
「あんたがいい」
あたしは今、確信している。あたしがこの世に生まれた理由。
それはあんたに会うためだ。
あんたの欠片になるためだ。
「俺も、君が、いい」
ふたりの意見は一致した。
あたしは目の前の隙間に、そっと、体を添える。
「んっ……」
ああ、思わず声が出る。
あたしの体が、ぴたりと、この人の欠けた部分に埋もれる。
とても心地よい。
そしてそれは、この人も。
あたしの体を抱きしめて、震える声が聞こえる。
「すごい、すごい、なあ、こんな気持ち、はじめてだ」
「んっ、すごい……ねえ、ずっと気持ちいい」
あたしは目を閉じる。
このままお互いに溶け合って、そのうち体がなじんだら。
あたしはあんたに、あんたはあたしに?
ひとつになれるのかな。
*
「ま、でも。やっぱ、あたしはあたしでいたいし」
「そうだな。俺も、君をずっと縛りつけておくのは、嫌だ」
あたしはすっくと立ちあがり、曲げた体をまっすぐ伸ばす。
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細くて、足りない、ふつうじゃない、弱い。
だけどあたしは、そんな自分が、嫌いじゃない。
変なままでいい。
「あたしがあんたになっちゃったらさ、おもしろくないよね。それに、あたし、あんたのこの傷。欠けてる部分。めちゃくちゃ、セクシーだと思う」
あたしの言葉に、この人が笑う。
「セクシーって」
ほら、こうやって笑い合うことだって。ひとつになりすぎたら、きっとできない。
それは、もったいない。
「そう。こういうの、好きだから。あたしが癒しちゃ、だめなやつ」
あたしが、この大きな存在に、惹かれているのは確実で、そして、これからずっとそばにいたいと思っているのも間違いないけど。
それから、この人のこの部分に、すっぽり入り込むのは、最高に気持ちいいからときどきは、いやまあ、けっこう、ううん、お互いにしたいときはそこそこ頻繁にしちゃっても、とにかく、するし、続けるし、したいし。まあ、するし。しますけど。
それ以外にだって、したいことも、楽しいことも、あるから。
「あたしまだ、あんたがいくつの部品からできてるか数えてないし。あんたがこの傷以外の秘密を隠してるのも、暴いてないし。まだあんたに吸収されるわけには、いかない」
「秘密なんかないけどな」
「ないわけないよ」
この大きな直方体には、いったいなにが詰まっているんだろう。考えるだけで、わくわくする。
「ないものはない」
呆れたように呟かれても、逆にそれが、秘密があることを示唆してるみたいだし。
やっぱり、気になる。知りたい。とても知りたい。
「ないものを探すのって大変だねえ」
「ぜんぜん大変そうな顔、してないな」
「ばれてる?」
「全部丸見えだからな」
「あんま見ないで」
「見ないのはむり。こんなにかわいいのに。むり」
あたしとこの人は、でこぼこな、直方体、ふたつ。
支え合うとか、あたしには、とてもおこがましい言葉だけど。
「俺、もう君なしじゃ、だめだな」
大きな大きなこの人が、どうやら本気でそう言ってくれるので、あたしは本当に。
今のあたしでよかったと思う。
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*
*
あたしは眠る。あんたの胸の、隙間で眠る。
いつか目を覚まさない日がきたら、そのときは。
仕方ないからそのままにして。
そのままあんたの欠片にならせて。
(2:デコボコ/終)




