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2:デコボコ

 って、ここまでが前書きなわけ。

 あたしの人生にとってはね。


 ■

 □

 ■


 凸の出っ張り、凹がへこんでいる理由。それぞれの欠片を、ふたりは外してしまったから。

 残った欠片で構成されたあたしは、つまり、いらない部分?


 ふたりは幸せに暮らしてる。あたしのことも大事にしてくれた。

 必要ない欠片、じゃなくて、ふたりの本当に大事なものだよ、なんて言われたし。

 たぶん、本気で。そう思ってくれてたんだろうけど。


 あたしは旅に出た。

 どうして?


 だって、こんなに細い体で、地上で生きて行くのは難しい。

 ふたりにとっては大事な部分だったのかもしれないけど、あたしにとっては、こんな細い体を与えられて。

 みじめで。

 悔しい。

 欠けてるどころか、足りなすぎる。


 あなたにもすてきな片割れが見つかる、と、ふたりは夢みたいなことを言う。

 だったら、あたしの片割れがどこかで、困っているのなら。

 会いに行かなくちゃ、ダメだと思う気持ちもあった。


 だけど、だけどね。そんなに簡単に、片割れには会えず。

 地上にいるのは、立派な直方体ばかり。

 細くて足りないあたしを必要とする人など、いなかった。


 なんて。


 あたしの文句を、さっきから。

 ずっと、聞いてる人がいる。

 あたしの隣にはいない。誰もいない。

 ここは広い広いなんにもない場所で、ふつうの直方体が暮らす街からはずいぶんと離れているところ。


 あたしはいろいろ探してさまよって。そしてここに来た。

 そして、この人に出会った。


「ねえ、聞いてる?」


「聞いてる」


 尋ねると、すぐに返事。

 あたしは細い体を横たえる。


「あんた、おっきすぎて、逆に存在感なくなるよね」


「君は細くて小さくてめちゃくちゃかわいいけどな」


「うるさい」


 細いとか小さいとか。あたしの悪口を平気で言うくせに。

 それにかわいいとか足されたら、どんな顔していいのかわからなくなる。


 あたしの旅の、今現在。

 あたしはこの人に出会った。


 あたしは、自分みたいな、足りない誰かには会えずじまいだったけど。

 この人に会った。

 今はあたしに押し倒されているけれど。

 この人は、立ち上がるとものすごく大きい。ほんとに、こんな立派な直方体、この世に存在してたんだってびっくりするぐらい。

 でっかくて、完璧で、立派で、すてきで、硬くて、太くて、でっかい。……とにかくでっかくて、立派。

 でかけりゃいいものじゃないともよく聞くけど、おっきいことはいいことだと思わされる。

 なんていうか、スパダリ……、って、この人のこと言うんじゃないのかなって。

 あたしはしみじみ、思うのだ。


 あたしを構成する部品が三なら、ふつうのみんなは六。

 だけどこの人は、いったいいくつ?

 見上げて数えてみたけれど、途中で首が痛くなって諦めた。


 だって、見えてる部分だけで、これだけある。


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 いくつの欠片からできてるの? ってあたしが聞いても、知らない、なんて他人事みたいに言うから。

 自分のことなのにわからないのっておかしくないかな、って。気になって。

 今は横になってもらって、いくつか数えさせてもらってる。


 まあ、途中であれこれ話すうちにわからなくなって、また、数え直してるんだけど。


 そんなあたしに付き合って、体をまかせてくれるこの人は。

 おおらかで、とてもやさしい。

 しばらく一緒にいて、確信。

 この人は、見た目だけじゃなくて中身もとてもすてきに、できている。


「あんたみたいな立派な直方体なら、よりどりみどり。どんな直方体だって、あんたを好きになるんだろうね」


「どうかな?」


「だって絶対モテるよね?」


「まあ、なあ」


「否定しないんだ?」


 あたしが舌打ちしたら、笑い声が漏れ聞こえてきた。


「じゃあ、君も。俺のこと好きになってくれる?」


 問われて、あたしは言葉に詰まる。

 だってあたしはこんな、なのに。

 ふつうじゃないのに。

 こんなすてきな相手を好きだとか、そんなこと言うこと自体がずうずうしくて、怖い。


 返事をせずにいたら、また、笑い声。

 だけど今度の声は、どことなく、力ない。


「俺はそんな、立派でも、完璧でもないよ。ただ大きいから、目立たないだけ」


 あたしはその言葉に目を剥いて反論する。


「目立たない? 十分目立ってるよね?」


「ああ、目立たないのは、見て、ここ」


「どこ?」


 あたしは誘われるままに、その体の上を移動する。

 のぞかせてくれたのは、これ、どこになるんだろう。

 周囲をぐるりと見渡して、なるほど、胸のあたりかと。


 そして、そこにあったのは。

 ううん、あるけど、なかったのは。

 なぞなぞみたいな、その答え。


 誰よりも大きくて立派な直方体の一部分。

 示された部分が、欠けていた。


 ■

 ■■


「この傷を見せたのは、君がはじめて。なぜかな、俺の欠けてる部分でも、全部、見てほしいと思って」


 この大きな体には、小さな傷にすぎなくても。

 そこをのぞくあたしには、とても大きな傷に見えた。


「あんたには、もう見えてるよね。あたしの全部が」


「ああ、全部見えてる。全部かわいい、どこもかしこも」


「あたしの傷どころか、足りないところも、全部見えてる」


「足りないとこ? 欲張りだな、君はそんなに十分素晴らしいのに」


 あたしはこの人の、大きな体の上で、うう、と小さく呻く。

 どうしてこの人はこんなにも、あたしを幸せな気持ちにさせるのか。


 この人の体の上を這いずり回り、ひとつずつ、その欠片をなでていると。

 とんでもなく幸せな気持ちで、あたしの体の中がいっぱいになる。

 まあ、あたしは小さいから。

 すぐに容量が埋まっちゃうだけなんだろうけど。


 この人みたいに大きいと。幸せな気持ちもいっぱい集めないと満たされないのなら。

 それはそれで大変だなあ、なんて、思った。


 そして。

 この人を幸せにするのは、あたしなんかじゃとても、難しいことなのだろうけど。

 でも、この、欠けている部分。

 あたしにだけ見せてくれた、秘密の傷は。

 あたしでも、癒せるのではと思いつく。


 ううん、むしろ、あたしだからこそできる。

 他のふつうの直方体じゃ、できないこと。


「あのね。あたしは凸と凹がくっついて直方体になって、残った部分からできてるって、話したよね?」


「ああ。聞いた。いい話だった」


 しみじみと感想を言われて、あたしは顔をしかめる。あんな話に感動できるとか、わけわかんなくない? けど、歪めた口の端が持ち上がってしまうのは、やっぱり、自分の存在をこの人に認められた気持ちがするから。


「ありがと」


 あたしは小さな声でお礼を言って、すっくと、その場で立ち上がる。


「だからあたしは、もともとは。バラバラの三つの欠片から、できてんの」


 ■

 □

 ■


 細くて、足りない、ふつうじゃない、弱い。

 だけどあたしの体は特別。みんなと違って、簡単に、形を変えられる。


 ■

 □ ■


 ぽきり、と。体をくの字に曲げたあたしの下から、驚きの声が上がる。


「大丈夫なのか、それは?」


「あんまり見ないで。恥ずかしい」


「いや、見るだろ」


「大丈夫なんだってば!」


 それからあたしはずるずると、体を移動させる。この人の傷に。


 ■

 ■■


「それで、あの、もしよかったら。あたしを、あんたに入れてくれない?」


 この人の欠けた、その部分に。あたしはとても、入りたい。


「いいの? 俺で」


「あんたがいい」


 あたしは今、確信している。あたしがこの世に生まれた理由。

 それはあんたに会うためだ。

 あんたの欠片になるためだ。


「俺も、君が、いい」


 ふたりの意見は一致した。

 あたしは目の前の隙間に、そっと、体を添える。


「んっ……」


 ああ、思わず声が出る。

 あたしの体が、ぴたりと、この人の欠けた部分に埋もれる。

 とても心地よい。


 そしてそれは、この人も。

 あたしの体を抱きしめて、震える声が聞こえる。


「すごい、すごい、なあ、こんな気持ち、はじめてだ」


「んっ、すごい……ねえ、ずっと気持ちいい」


 あたしは目を閉じる。

 このままお互いに溶け合って、そのうち体がなじんだら。

 あたしはあんたに、あんたはあたしに?

 ひとつになれるのかな。


 *


「ま、でも。やっぱ、あたしはあたしでいたいし」


「そうだな。俺も、君をずっと縛りつけておくのは、嫌だ」


 あたしはすっくと立ちあがり、曲げた体をまっすぐ伸ばす。


 ■

 □

 ■


 細くて、足りない、ふつうじゃない、弱い。

 だけどあたしは、そんな自分が、嫌いじゃない。

 変なままでいい。


「あたしがあんたになっちゃったらさ、おもしろくないよね。それに、あたし、あんたのこの傷。欠けてる部分。めちゃくちゃ、セクシーだと思う」


 あたしの言葉に、この人が笑う。


「セクシーって」


 ほら、こうやって笑い合うことだって。ひとつになりすぎたら、きっとできない。

 それは、もったいない。


「そう。こういうの、好きだから。あたしが癒しちゃ、だめなやつ」


 あたしが、この大きな存在に、惹かれているのは確実で、そして、これからずっとそばにいたいと思っているのも間違いないけど。

 それから、この人のこの部分に、すっぽり入り込むのは、最高に気持ちいいからときどきは、いやまあ、けっこう、ううん、お互いにしたいときはそこそこ頻繁にしちゃっても、とにかく、するし、続けるし、したいし。まあ、するし。しますけど。


 それ以外にだって、したいことも、楽しいことも、あるから。


「あたしまだ、あんたがいくつの部品からできてるか数えてないし。あんたがこの傷以外の秘密を隠してるのも、暴いてないし。まだあんたに吸収されるわけには、いかない」


「秘密なんかないけどな」


「ないわけないよ」


 この大きな直方体には、いったいなにが詰まっているんだろう。考えるだけで、わくわくする。


「ないものはない」


 呆れたように呟かれても、逆にそれが、秘密があることを示唆してるみたいだし。

 やっぱり、気になる。知りたい。とても知りたい。


「ないものを探すのって大変だねえ」


「ぜんぜん大変そうな顔、してないな」


「ばれてる?」


「全部丸見えだからな」


「あんま見ないで」


「見ないのはむり。こんなにかわいいのに。むり」


 あたしとこの人は、でこぼこな、直方体、ふたつ。

 支え合うとか、あたしには、とてもおこがましい言葉だけど。


「俺、もう君なしじゃ、だめだな」


 大きな大きなこの人が、どうやら本気でそう言ってくれるので、あたしは本当に。

 今のあたしでよかったと思う。


 *


 *


 *


 あたしは眠る。あんたの胸の、隙間で眠る。

 いつか目を覚まさない日がきたら、そのときは。

 仕方ないからそのままにして。

 そのままあんたの欠片にならせて。


(2:デコボコ/終)

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