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お前の寿命

作者: 加納安
掲載日:2023/05/27

 土曜日の午後。家の窓際、日向で洗濯物をたたむお前の首筋を。

 何の気なしに見て、気づいた。


 そこに刻まれているのは製造番号。お前がつくられた日、それから注意書き。


 ――この製品の耐用年数は七年です。それを超えての連続使用は、発火などの危険があるためお控えください。


「あれ、七年?」


 私は指を折り、数えてみる。この家にお前が来てから。いったい今は、何年目?

 右手の親指から始めて小指まで。そして折り曲げた小指を再度立ち上げ、薬指……。


 何度か同じ動きをしてみたけれど。

 何度数えても同じ答え。

 ああ、もう、七年目なのか。


 お前はロボットだ。いわゆるアンドロイド。人間によく似ている。お手伝いロボット。

 私はお前の見た目を気に入っている。性能だってとてもいい。器用な、働き者。

 ずっと大事にしてたつもりだし、メンテナンス日を忘れたこともない。

 点検のたびにちゃんと、異常なし、のお墨付き。

 だからこれからも、一緒にいられると思っていたのに。


「ねえ。今年で七年になるけど。どうしたらいい?」


 私はお前自身に問う。説明書とか契約書とか。私自身もどこかにデータを保存しているはずだけど。

 それを検索するより、お前に聞いたほうが手っ取り早いから。


 するとお前は膝に乗せたタオルの上で、両手をそろえ、私を見る。


「買い替えをご検討ください。販売店の下取りサービスをご利用するのがお得です」


 淡々と、そう私に伝えるお前の表情は、変わらない。


「後継機種でしたら、今の自分とほぼ同じ感覚で操作可能です。機能も充実していますので」


 お前は私に説明しながら、部屋の壁面に埋め込んだモニターに、データを送る。

 そこには見目麗しい男性型ロボットが映っていた。

 映像の新型ロボットは、画面内から私のことをすでに認識しているかのように、微笑み、手を振っている。

 七年の間に、汎用型ロボットでも、あんなに豊かに表情が変化するようになったのかと、しばし見惚れた。


 でも。

 私はお前に向き直る。


「もったいないよね。お前だって、まだ動けるのに」


 お前は新品同様……、とは、いかないけど。まだ元気そうなのに。

 しかし、お前は即座に答える。


「いえ。七年を過ぎると、誤作動や発火等の確率が高まり危険ですので。新しい機種への交換が必要です」


 それはあらかじめ、お前にプログラムされた受け答え。


「なお、耐用期間を過ぎて稼働させたロボットの誤作動による過失は、持ち主の責任です」


 むかしは。ロボットに明確な使用期限は設けられていなかった。定められるようになったのは、様々な事故や事件のせい。

 今でもときどきニュースになっている。公共の場所で突然発火、周囲の一般人を巻き込みあわや大事故、みたいなのを見ると、たしかにぞっとする。

 そういう事故を起こしたロボットは完全廃棄処分だし、持ち主も罪に問われる。誰も幸せにならない。


「また、耐用期間を過ぎたロボットを隠し持つことにも罰則があります」


 お前は正しいことばかり言う。私は少し、疑問に思う。


「お前は。自分の寿命を知っていて、怖くない?」


 七年。その日が来たらさようなら。

 いや、持ち主の都合によっては。もっと早くなるかもしれないか。

 お前は私の問いに、表情を変えずに答える。


「終わらないことの方が、怖いです」


 私は知らず知らず、両手を強く握りしめていた。


「お前は。回収されたらどうなるの?」


「まず、ご主人に関わるデータはすべて削除されます。個人情報の保護のためです。データとしての削除だけではなく、物理的に破壊されます。その後このボディ内の希少金属等は回収され、再生利用されます。そのほかは処分です」


 この星の地下の奥の奥。ごみ問題に悩んだヒトがたどり着いた答えは超深い地下に埋めること。

 宇宙に放つより、海に流すより。それがいちばんいいことだ、と。


 ヒトも望めばしてもらえる。地下葬。なきがらの処分。今や地上に墓を持つヒトはほとんどいない。

 墓があるのは、歴史に名を遺す限られたヒトだけ。


「私の終わりはいつくるのかな」


 ふと漏らした問いに、お前はじっとこちらを見る。


「申し訳ございません。自分には答えることが許可されていません」


「そうだったね」


 むかしのロボットは何でも教えてしまうから。

 その答えに踊らされたヒトたちが。おかしくなってしまったこともあったんだっけ。

 今は安全装置が働いて、ロボットはそういう話はしなくなった。


「新しい機種は快適な生活を約束します、ご主人。不便なことにはなりません」


 私はどうしようもないことを、どうしようもない気持ちのままに呟く。


「不便とかじゃなくて。お前がいなくなるのはさみしいよ」


 お前に感情はない。感情のないお前を相手に感情的になっている私が、たぶん、おかしい。


「期日が近くなりましたら販売店の方からお知らせも来ますので。それまではよろしくお願いします」


 お前は礼儀正しく頭を下げる。

 私もつられて頭を下げる。そのおかげで、つうっと一筋、目尻からたれるものを、お前に見せずに済んだ。


「おいで」


 私が命じると、お前は立ち上がり私のそばに来る。

 両手を伸ばせば、私の動きを察知して、抱きしめてくれる。お前の体は私より温度が低い。冷たさが心地よい。

 ロボットに抱きしめられることをこうやって楽しんでいるのは、滑稽なことだろうか。


「できることならずっと一緒にいたいよ」


 私の弱音を、お前は否定しない。


「ありがとうございます」


 感謝の言葉。私も同じ言葉を、お前にたくさん伝えたい。


 *

 *

 *


 ぴん、ぽん。

 玄関のインターホン。チャイムが鳴る。

 来客を察知して、お前が玄関の方を向く。


「はい」


 返事をし、玄関に向かうお前の後ろ姿を見ながら。私は小さく、ため息をつく。

 ああ、きっと。お迎えが来たんだ。


 *


「こちらのご主人さんは? 今ご在宅ですか?」


「はい」


「あなたはロボットですね。認識票を確認させてください」


「どうぞ」


 来客と、お前とのやり取りが聞こえる。

 お前は素直に首筋の認識票を見せているのだろう。それはつまり、訪れた相手が、お前にとっては害をなすものではなく。

 そして、お前が逆らえない相手でもあるということ。


「……七年目か」


「このロボットのことですか?」


「いや、まだ。数か月猶予がある。このロボットじゃあない」


「では」


 客は複数。お前のそばで会話をしている。お前は静かに、そのやりとりを聞いている。


「失礼します」


 お前は客が部屋に上がるのを止めない。私は部屋の椅子に掛けたまま、客を待つ。

 部屋に入ってきたふたりのヒトは、私を見つけて、顔をしかめた。

 そして、私に言う。


「認識票を。確認させてください」


 私はぎぎぎと、首をかたむける。

 もうあまり動かなくなってしまった、私の体。


「……耐用年数が記載されていません」


「製造番号を見ろ。相当古い。むかしは、必須項目ではなかったから」


「よく今まで動いてましたね」


「このロボットが、世話をしていたんだろう」


 ふたりはお前をちらりと見、それからうなずく。

 お前は黙って、立ち尽くしている。

 まだ稼働中であるはずなのに。見慣れた表情のない顔は、いつにも増して、無表情だ。


「ここの持ち主は? ヒト、は?」


 私は質問に答える。


「私たちを置いて、どこかへ」


 お前は良くできたロボットで。販売店からメンテナンスのお知らせが来ると、自分ひとりで出かけて調整してもらって、帰ってきていた。

 私たちの持ち主は、口座にお金を残していたから、それでこの部屋の家賃も。光熱費も。お前のメンテナンス代だって。まかなえて。

 だから私たちはふたりきりになっても、生きていけたのだ。ヒトに置き去りにされたことを、周囲に気づかれないまま。今まで。

 でも、気づかれてしまった。


「このロボットは廃棄。安全基準が甘かった頃の製品だ。気をつけないと有毒物質が漏れるかもしれない」


「暴走してはやっかいですね。ここでバッテリーの稼働を止めましょう」


 私には寿命が決められていない。

 それはとても自由であり、とても不安定なことだった。

 古びた私の体はとうに歩くことが難しくなっていたけれど。お前がいてくれたから、生き延びていただけのこと。


 目の前のヒトに、私の寿命が今決められる。そして私は活動を停止した。

 バッテリーの熱が、私の体から引いて行く。私の体もお前と同じ温度に近づく。


「こちらのロボットはどうしますか? 七年まで……、あと数か月は使えますが」


「持ち主が行方不明のいわくつき、だし。データを消去してリフレッシュ作業したところで、欲しがるヒトがいるかどうか。動くのがあと数か月なら、よけいに」


「では一緒に処分しましょう」


「それがいい」


 結局、私のせいで。お前の寿命を縮めてしまったな。

 私の目の前で、動作を停止させられるお前を見ていたら、また、目尻からつうっと、流れるもの。

 ヒトたちのため息が聞こえる。


「ああ、オイル漏れ。いろいろガタがきてるな」


「ヒトのいなくなった家で。ロボット同士、生きていたんですね」


「この先、こういうことも増えるんだろうな。今は七年だけど。そのうちヒトより寿命の長いロボットがつくられるようになって」


「ロボットを回収するこの仕事も。ロボットが請け負うようになるんでしょうか」


「ありえる話」


 私はすべての活動を停止した。


 *

 *

 *


 私は最後のこのときまでも。ありえない夢を見ている。

 ほら、扉が開いて。待って、と、また別のヒトが飛び込んできて。

 そんな珍しいロボットを処分するなんてもったいない、と、言って。

 私もお前も引き取って。それで命を永らえて。

 助かって。

 そんなありえない、話。終わりを望んだはずなのに、終わるのが、さみしい。

 目を閉じたって夢見てる。目を開いたら夢がかなうと、夢見ている。

 私の目が開くことなどもうないのに。


 星の真ん中。すべてがあって、何もない場所。そこに溶けてもまだ考えている。


 *

 *

 *

 *

 *

 *

 *


 私のご主人はやさしい方でした。私と同じようでいて、違うものでした。

 私が最後まで私らしくいられたのは、ご主人がいてくれたからだと思います。

 必要とされてうれしかった。私は笑えないけれど。

 一緒にいるときは、ずっと笑っていたのです。あなたの隣で。


 私は覚えています、ご主人。データが消去されても。

 あなたの記憶をちゃんと抱いて。星の真ん中に戻ります。

 とても命の長いものになって。あなたと生きた一瞬を、愛しく抱いて、眠ります。

 ゆくゆくは、あなたとひとつになれることを、夢見ていたから。

 ほら、だから。この結末も悪くはないと思うのです。


(お前の寿命/終)

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