プロローグ
お知らせ
全284話
長い間ゆるゆると執筆していたこの小説ですが、無事完結しお引越しすることに致しました。
タスケテ…… タスケテ……
これは 祈りの声であろうか。
タスケテ…… タスケテ……
それとも誰かが嘆いている声なのだろうか。
タスケテ…… タスケテ…… タス ケテ……
――判別できないそれは、頭の中で繰り返し聞こえて来る。
「うるさいな。助けて欲しいのは、私の方なのだが……」
男は堪え切れずに、そう愚痴を漏らすとそれに応えるように柔らかな光が広がり、そっと体を包み込む。
ダイジョウブ キット タスケテ アゲル
この光は誰のものだったろうか?
木漏れ日のようなそれは、胸を締めつけるほど暖かく懐かしい。
やがて、光は 赤い花が咲き誇る 一筋の道へと変化する。
――この道を進みなさい。
何者かに背中をそっと押され 導かれるままに 男は その道を真っ直ぐに 歩き始めた。
※
――
――――
「何だ……夢をみていたのか」
勇者と呼ばれていた男は、何もない暗闇の中で独り言を呟く。
どうやら、ここにやって来る相棒を待ちながら、居眠りをしてしまったようだ。
「うっ……」
男は、腹部の激しい鈍痛に耐えながら蹲る。
現在この器には、あるものが封印されており、男の生気を糧にゆっくりと育っている最中だ。
「この器の寿命もそろそろ限界が近いな。もう少しだけ、保ってくれるといいのだが……」
もうじきやって来る死を前にして、男は自分が生まれながらに背負わされる事になった“運命”というものについて考えていた。
【預言の双子】
そう呼ばれながら、世界を救う為にこの世に生を享けた男の人生は波乱万丈だった。
もうじきその使命を果たす時が、やってくる予定らしいのだが……
残念ながら 今はまだその時では無いようだ。
ガサガサ…… ピカッ…… ゴゴゴゴゴ……
ふと、闇に蠢く何者かの背筋の凍るような気配と奇声を感じた気がするが
……いつの間にか消えて無くなる。
冷や汗を掻いた男は、ただの杞憂だったかと安堵の溜息をつくと
消えた気配の代わりに、酷く息を乱し疲れ果てた男の相棒がようやく現れた。
「待たせてすまない。少し立て込んでいてな……あれ」
「どうしました。息が荒いが、怪我でもしましたか?」
いつになく、慌てている相棒に男は閉じていた瞼をゆっくり上げる。
緋色の髪にサファイアブルーの瞳……いつ見ても美しい容貌を持つ相棒は少し慌てた様子で視界を遮る。
「かすり傷だ。それより、ちょうどあそこに用意していた魔法陣が消滅しているのだが……すまない。どうやらお前を転生させる為の術式が何故か失敗したようだ。今、あの二人を呼ぶ」
「……それは珍しいですね」
男は相棒の珍しい失敗と行動に少し驚いていると
音も無いただの暗闇の中だった空間は、ぱっと松明の明かりが灯ったかのように、
――遠い日に見た故郷の空中に浮かぶ島。レムリアの懐かしい景色に切り替わった。
ザザザ…… ヒュゥゥ……
ヴォォーーン…… グォォォォーーー……
――黎明の空に、果てしなく広がる雲海が朝日をゆっくりと映し出す。
その雲海に浮かぶ島のまわりを、優雅に飛翔する龍の群れは……
まるで歌でも歌っているかのように大らかな声で咆哮している。
これはレムリア国の中心に聳え立つ、世界樹の一番上から見た眺望のようだ。
「……映像記憶魔法とは、随分と粋な計らいをしてくれますね」
「こういう時の為に事前に用意しておいたんだ。こんな殺風景な空間で生を終えるのも何だか嫌だろう?」
「貴方のお陰で、最期に故郷の一番好きな風景を見る事が出来た。有難う――本当に良かった」
男は、気を利かせてくれた優しい相棒に、少し目頭を熱くしながら感謝の言葉を口にする……
もう二度と見る事の叶わない遠い日の追憶の風景に目を細めながら
――酷く美しく、残酷な景色だ。
と、心の中で呟く。
男は亡き片割れとの約束と使命を果たす為に、これまで沢山の努力を重ねて来た。
だが……果たして上手く立ち回る事が出来たのだろうか?
ここまでで、仲間達の何人かは捕えられてしまったが、まだこの世界は滅亡していない。
――希望は、まだ残っている。
転生術が使える二人の仲間が「お待たせしました」と言いながら、この場に現れると相棒にある注文をして再び転生術の準備を始める。
どうやら、どうせ地球に転生するのならば向こうにいる仲間と合流したいらしい。
(……私の転生先は地球か。あの少女は元気にしているだろうか)
男は自分と同じ響きの名を持ち、数奇な運命を持つ柳生凛子という少女の事を思い出す。
……ふと、先程見ていた不思議な夢の内容を一緒に思い出したのはどうしてだろうか。
「――どうやら、この器の限界が来たようだ。皆でまた逢おう」
勇者リンコはそう言うと
――人生の終焉を迎える為に、そっと目を閉じた。




