101.迷宮暴走
時は少しさかのぼる──。
ここは、サンナミの街から少し離れた場所にある一つ星ダンジョン【翠玉と紅玉】。
その最奥にある場所に、三人……いや三体の姿があった。
彼……いや彼女らの目の前には、人の背の高さほどの白く輝く光の球が、ゆっくりと回転している。
「これが──迷宮核。綺麗……まるで陽の光みたい」
「お気に召されましたかな、姫様」
「やめてください、ファラロン。あたしは姫なんて柄じゃないわ。それにあなた──すごく力を持った特別な存在なんでしょう? たしかヴァンパイア・ラーメンでしたかしら……」
「ロードですよ、姫。ですがたいしたものではありません。いまはただの姫の忠実なしもべですので」
「ギャース」
「ギュスターヴもそうだと申しております」
会話を交わしているのは『姫』と呼ばれるフード付きマントを目深に被った女性──おそらくは少女と思われる──と、彼女に付き従う黒ずくめの服を着たファラロンと呼ばれる壮年の男性。そしてまるでトカゲのような顔をした長身のギュスターヴ。
「ギュスターヴだって、本当の姿は巨大な龍ですものね。そんなすごい人たちがどうしてあたしのことを?」
「それは──もちろん姫様の綺麗な心に惹かれてのことですよ」
「えっ!? 本当!? うふふ、照れます……」
顔を赤く染める〝姫″に、ニヤリとほくそ笑むファラロンとギュスターヴ。
「さぁ、姫様。それではこのコアに姫様の力を注いでください」
「そうすれば……人々は幸せになるのね」
「ええ。なにせあなたは──《祝福姫》なのですから」
祝福姫──どうやらそれが〝姫″と呼ばれている人物の正式な呼び名であるらしい。
「あなたの力をもってすれば、きっとコアは力を増し、これまで以上に芳醇な恵みをダンジョンにもたらすことでしょう」
「わかったわ。それじゃあ……やってみるわね! ──発動せよ、《祝福の右手》」
姫と呼ばれる少女が右手をかざすと、なにやら黒い光がダンジョンコアへと注ぎ込まれます。
「おおぉぉ、力が増しています! さすがは姫様!」
「え、えへ。そうかな?」
ところが……。
ギャウゥゥゥゥゥゥゥンンンンッ!!
「えっ!?」
突如ダンジョンコアが狂ったかのように回り始める。
「これは……いけません、ダンジョンコアが暴走を始めたようです」
「ぎゃーす!」
「ええぇぇ!? なんでぇぇぇえ!?」
驚いている間にもダンジョンコアはどんどん黒く染まっていき、回転数を増していく。
「うーん、ダメですなぁ。どうやら失敗したようですね」
「そ、そんなぁ……」
「残念ですがこれ以上ここに残るのは危険です。今すぐ退散しましょう」
「で、でもこれ……危険なものなのでは? このまま放置していいんですかね?」
「いいーんです!」
「ギャース」
二人に説得され、しぶしぶ受け入れる〝姫″。
「わ、わかりました……でも大丈夫でしょうか? 近くに大きな街もあったと思うんですが……」
「どうせ暴走したコアなど長持ちしません。それよりも姫様、失敗は成功の糧です。今回の結果は素直に受け入れて、前へと進みましょう」
「は、はぁ……」
そしてファラロンが手を挙げると、三人の前に黒い穴──次元門が出現する。
次の瞬間、三人の姿はゲートの中に吸い込まれていたのだった。
◇◆
【迷宮暴走】。
師匠はそう口にしました。初めて聞く名前です。
「ウルティマ、スタンピードとは何なのでしょうか?」
「スタンピードとは、ダンジョンの暴走のことじゃ。ダンジョンに余計なちょっかいをかけると発生することがある。何を隠そう以前おぬしに話した魔法王国の滅亡も、実はスタンピードの一種がきっかけであったわ」
「ダンジョンの暴走……そんなことがあるんでしょうか?」
一つ星ダンジョンの凶悪化。
ドロップカードの貴重度アップによる、三つ星への昇格。
さらには凶悪化したモンスターたちが、ダンジョンから飛び出す始末。
良いことと悪いことがまぜこぜに発生し、意味不明な状況が多発しています。
私の知る限り、これまでも確かに不安定なゲートやダンジョンは存在していました。ですが、暴走するというのは聞いたことがありません。
いったいなにがどうなって【迷宮暴走】と言う現象が発生してしまったのでしょうか。
「サンナミの領主が、公務員を総動員して事態の鎮静に当たっている。ついでにギルドには特級依頼を出した。ランクE以上の冒険者に、ダンジョン突入の許可を出したみたいだぞ!」
「なんだって!?」「そいつは本当か!?」
私とウルティマが話している間にも、続々と情報が食堂に持ち込まれてきます。
どうやらこの宿と食堂は冒険者たちの御用達らしく、情報が多く入ってくるようです。ウルフェたちも彼らの話に耳を傾けているようです。
「そいつはまた大盤振る舞いだな! 特級ってこたぁ、出てきたもんは全部くれるってことだろ?」
「ああ、しかも【翠玉と紅玉】は今回の出来事で《三つ星》にランクアップしたそうだ」
「三つ星ダンジョンをアタックし放題……そいつはすごいな、冒険者どもは殺到してるだろう?」
「だがモンスターが溢れ出るほど出現して、危険度もエクストラ級に変質したダンジョンだぞ? 命がけだぜ?」
「今はSランク冒険者チーム【光の翼】が止めてくれている。だが長くは持たないかもしれない」
それは──けが人が大量に発生しますね。
これは私の出番かもしれません。
私の心は既に決まっていました。
もちろん──ダンジョンに向かうことです。
私が視線を向けると、ウルフェが頷き、ネビュラちゃんが残念そうに舌打ちし、アミティが諦めたようにため息を吐きます。
ですがすぐに準備を整えるために、宿の部屋へと戻っていきました。
残ったのは──私とウルティマの二人のみ。
「……ユリィシア、行くのか?」
「ええ。──獲物が、私を待っていますので」
「そうか、まぁ良い検証になったぞ」
ウルティマはそう言いながら、ぽいっと何かを投げてきます。
指輪──【万魔殿】への鍵です。これで5つあるうちの3つの鍵が私の手元に戻ったことになります。
「あと衣装とマイクもおぬしに記念にくれてやる。それらも一端の魔法装備じゃ。おぬしの身を守るじゃろう」
「はぁ……ありがとうございます」
「あと、約束通りお主には魔力を大幅に増強する究極の方法を教えよう。都合が良いことに、迷宮暴走も発生しておることじゃしな」
都合がいい、とはどういう意味でしょうか?
「いいか、究極の魔力増強方法はな──」
ウルティマが、師匠の頃に戻ったかのような荘厳な声で、私の耳元に囁きます。
「──〝ダンジョン=コアを喰え″」
ダンジョンコア。
ダンジョンの最奥にあるという、ダンジョンを形成している核のことですね。
「さすれば──おぬしはとてつもない魔力を得ることが出来るであろう」
それを喰う、とはどういう意味でしょうか。
ですがもうウルティマはそれ以上教えてくれそうもありません。用は済んだとばかりに立ち上がろうとするウルティマに、私は慌てて声をかけます。
「師匠、最後に教えてください。なぜ私には死霊術と正反対の治癒魔法が宿っているのでしょうか……」
「正反対?」
ギラリ、とウルティマの目が光ります。
「それは違うぞユリィシア。死霊術の対極にあるのは治癒術ではない」
「え?」
「死霊術の対極に存在するのは──悪魔じゃ」
それは──どういう意味でしょうか。
「わからんか? じゃがおぬしは自力でスキルを獲得した。手がかりは掴んだはずじゃ。あとは己を知れ、本質を知れ」
手がかり……。
本質……。
「あと、わしの大切なアンデッドを何体か【万魔殿】とおぬしの次元指輪の中に送っておいたぞ」
驚いて確認すると、次元指輪の中に見慣れた二体の黒い霊が──これは【闇化粧】ですね。
「しっかり頑張れよ。わしは別の場所でアイドル活動に本腰を入れるとするわい。では、また縁があれば会おうぞ──我が弟子よ」
そう言うとウルティマは、テーブルの上にあった大量の食事を一気に平らげ、そのまま宿屋から出ていったのでした。
◆◆
一つ星ダンジョンの【迷宮暴走】。
この異常事態によって、サンナミの街は恐怖と歓喜と狂気が入り混じった大混乱に陥っていた。
そんな人混みの中を、まるで人にぶつかることなく、ウルティマはすいすいと通り抜けてゆく。
「……まったく、手間のかかる奴じゃわい」
彼女の意識は目の前にはなかった。
思い浮かべるのは──ひとりの愛弟子のこと。
「これで気づいてくれると良いんじゃがのう。あれだけヒントを渡したんじゃ、これで気づかなければフランケルがただの阿呆というだけじゃな」
くくくっ。ウルティマは思わずといった様子で忍び笑いを漏らす。
「渡した魔法道具も基本的に伝説級ものじゃし、ちゃんと使えばそれなりの装備にはなるじゃろうて」
ユリィシアには一切伝えていなかったが、実はアイドル装備はすべて伝説級──国家戦術級の魔法道具であった。もし買うとすると、普通の人が一生かかっても払えないほどの相当な大金を費やす必要があるであろう。
「あっちにはあやつらがついておるんじゃ。このくらいの手助け、許されるじゃろうて」
ウルティマの脳裏に浮かぶのは──いったい誰であろうか。
そのことを知るものは、本人以外にいない。
「……とはいえ、【観察者】のわしにできることはこの程度かな。どうやら迎えもきたようじゃし」
ウルティマの瞳に、前方から息せき切って走ってくる人物の姿が映し出される。
「お嬢様! こんなところにいらっしゃったのですか!」
「セバスティアンか」
セバスティアンと呼ばれた人物は、白いひげを生やした初老の人物だ。見るからに貴族の家の執事といった衣服に身を包んでいる。
「かれこれ30日ほど探しましたぞ! ようやく見つけましたわい……」
「ご苦労なことじゃな。追いかけなくても戻るというのに。置き手紙も残しておったじゃろう?」
「そうもいきません。お嬢様をお迎えすることがトゥーレ家の執事たるこのセバスティアンの役割でございますので」
「……仕方ないのぅ。ではわしもトゥーレに戻るとするかのぅ」
「お嬢様、またそんな変な口調を……旦那様に怒られますよ?」
「ふん、どうでも良いわ」
セバスティアンに導かれ、用意された豪華な馬車へと向かっていくウルティマ。
馬車に足をかけたところで、さらっと髪をかき上げながらひとり呟く。
「【祝福を受けし癒しの乙女】……か。せいぜいがんばるが良い、我が愛弟子ユリィシアよ」
エピソード13──完!
次からはエピソード14【ダンジョン攻略編】となります!




