100.再会
レオニダス連邦の中枢都市であるサンナミ。
複数の星付きダンジョンを所有し、様々な商業や工業、そして文化が発展したこの街で、今──ひとつの新たな流行が発生していた。
「ウール! ウール!」
「ユーリ! ユーリ!」
「フランドゥム! イエス・フランドゥム!!」
「「「ヤーーーッ!!」」」
サンナミの街の中央にある大きめの広場に設置された特設ステージ。その周りを取り囲み、雄たけびを上げるのは、主に男性たちだ。その数──およそ数百人。
彼らは額に鉢巻を巻き、手には光る棒状のものを持っている。これは《公式》限定グッズで、蓄積された魔力で光る魔法道具だ。
やがて歓声に応えるかのように、ステージに登場したのは──二人の美少女。
「「「うぉおぉおぉぉおぉっぉーーー!!」」」
「ユリーーっ!! 俺と結婚してくれーー!!」
「ウルちゃーーん!! 抱っこさせてーー!!」
「うちの娘になってくれーー!!」「いやいや、俺は嫁にっ!!」「やめろー! フランドゥムは神聖無垢な乙女たちなんだぞ!」
湧き上がる大歓声。
手を振って応える二人の美少女たち。
その名も──『祝福を受けし癒しの乙女』ユリ。
もう一人は──『魔を極めし夢幻の乙女』ウル。
およそ15日ほど前に、ここサンナミの街に彗星のように誕生した新たな存在──アイドルだ。
その名も、アイドルユニット【フランドゥム】。
『みんなー、応援ありがとーーっ!』
『私たち、誠意を込めて歌わせてもらいます!』
二人の乙女は観衆たちに挨拶を送ると、続けて魔導拡声器を取り出す。
『聞いてください。曲は──【天への扉を開けて】』
「「「イエス・フランドゥム!!」」」
歌が始まると、二人の歌声に合わせて観衆たちが合いの手を入れる。
二人の息はぴったりで、キレッキレのダンスも相待って、観衆たちを熱狂させていく。踊りに合わせて、見ているものたちも不気味に動く。
ちなみに【フランドゥム】のファンたちは、街の人たちから畏敬を込めて〝偶像崇拝者″と呼ばれている。
『♪あなたのーことをーー♪』
『♪昇天ーーさせてーーあーーげーーるーー♪』
「「「昇天! 退転! 不倶戴天!」」」
『いえーーい♪』
アイドルのパフォーマンスと、一体的に躍動する観衆たち。もはやこれは一つの芸術であった。
熱気渦巻く中、歌い終えた二人のアイドルは、息を弾ませながら声援に応える。
『みんなー、わたしたち【フランドゥム】のライブに集まってくれてありがとぉーー!』
「「「イエス・フランドゥム!!」」」
『それではまた近いうちにお会いしましょう!』
全身で感謝の気持ちを表しながら、二人のアイドルはステージから退場していく。
こうして──ひとつのライブが大歓声の中、終了したのだった。
◆
魔導照明を浴びる私たちに、観衆たちが盛大な拍手を送ります。
歌い終わった瞬間、私は満足感に満たされ、観衆たちの歓声のシャワーを浴びて心地よい気分のまま額の汗をぬぐいます。
「もうさいっこーー!!」
「いえーーーい!!」
ステージの上で、ウルティマとハイタッチを交わします。
彼女も最高の笑みを浮かべていました。
何という満足感。
何という充足感。
ステージを降りながら、私は胸の奥に湧き上がる気持ちに身を委ねます。
この15日ほど、本当にいろいろなことがありました。
最初は何者かと思われているところから活動を開始し、少しずつファンを増やしていって──ついには数百人も集まるライブを成功させたのです。
ウルティマの言うことは真実でした。
あれほど下手くそだった私の歌と踊りが、この15日ほどで格段に上手くなりました。
「どうやらスキルを獲得したようじゃな。さすがは我が弟子じゃ」
「……人は頑張れば、これほど成長するものなのでしょうか」
「誰でもというわけではない、資質はある。おぬしには人を魅了するための才能があるようじゃな」
私は新たに獲得した《ダンス》と《歌唱》のスキルによって、アイドルとしての力を蓄えていきます。
パフォーマンスの質が上がれば、おのずとファンも増えていきます。魔力を伸ばしているときに似た高揚感が、私をさらに突き動かしていきます。
そしてたどり着いた一つのゴール──すなわち《ライブ》。
全員が一体となって会場を盛り上げる様子は、私になんとも言えない満足感を与えてくれました。
あぁ、何と幸せなのでしょうか。
私はこのまま、アイドルの高みを目指して──。
「「「居たーーーっ!!」」」
ふいに聞き覚えのある声がして、私は後ろを振り返ります。
すると──。
「お、お嬢様……」
「こんなところでなにやってるんですか? お嬢様」
「ユリィシアが……おかしくなったリュ……」
なんとそこに立っていたのは──白い眼をしたウルフェ、ネビュラちゃん、アミティの三人ではありませんか。
「……げっ」
「なにが『げっ』だリュ! あたちたちを置いていった理由をきっちり話すリュ! ちなみに逃げることは許さないリュ」
顔面をぴくぴくさせながら私の服の袖をしっかりと握りしめるアミティ。
……どうやら、私の幸せな時間は終わりを告げてしまったようです。
◇
場所を変えて、ここはいつもの宿屋の食堂。
私はウルフェ、ネビュラちゃん、アミティの三人に囲まれるようにして問い詰められていました。
「……それで、ユリィシアはあたちたちを放置してアイドル活動に励んでいたリュ?」
「は、はい……」
「へー、お嬢様はSランク冒険者と一緒に旅に出たと思ったら、行方不明になった挙句、変装して街で歌って踊っていた、と。ボクたちはこの事実をどう受け止めればよいのでしょうか?」
「うーん……」
私がこんなにも責められているというのに、私を沼に引きずり込んだ張本人であるウルティマは「単に巻き込まれただけで無関係でーす」みたいな感じにすっとぼけた挙句、完全にわれ関せず状態で一人ご飯をむさぼっています。ひ、ひどい……。
「あたちたち、ユリィシアのことを20日近く探したんだリュ! 最終的にはあたちの鼻でなんとか探し出したリュ!」
ちっ。犬並みに利く鼻を持っていやがりますね。
こいつさえいなければもう少し楽しんでいられましたのに……。
「冒険者ギルドで確認してみたら、《光の翼》からは捜索願が出てましたし……お嬢様のことですから、のたれ死んだりはしていないとは思っていましたが、まさか街中で踊っているとは夢にも思いませんでしたよ」
あら、私は捜索願が出されていたのですね。
次元門で飛ばされるときにちゃんと手を振ったつもりだったんですけどね。
「まぁまぁふたりとも、まずはお嬢様が無事であったことを喜ぼうじゃないか」
「脳筋は黙るリュ!」「これはボクとお嬢様の問題です!」
援護に入ったウルフェも一瞬で撃沈します。
ちっ、使えないやつめ。
「……そもそもお嬢様の目的は、ダンジョンに潜ることでございましたよね?」
冷たい目のネビュラちゃんにそう言われて思わずハッとします。
……そうでした。すっかり忘れていましたが、私の目的は死霊術師としての高みに至ること。そのためにも、己の魔力を増強することが最も優先すべきことでした。
なのに私は……なぜこんなにもアイドル活動に夢中になっていたのでしょうか。
ふと我に返ってみると、己の行動がまったく理解できないことに気づきます。まるで熱病に浮かされて悪い夢でも見ていたかのようです。
「しかもこんないたいけな少女までたぶらかせて……お嬢様はなにを考えているでございますか?」
ここぞとばかりにネビュラちゃんがグイグイと責めてきます。覚えておいでなさい、あとでお仕置きですわよ。
──ところでネビュラちゃんは、目の前にいる『いたいけな少女』の正体に気付いてないのですかね。
「いやいや、きっとお嬢様にも我々には言えない深い理由があるのですよ」
まあ師匠にそそのかされただけなんですけどね。
「で、お嬢様はこのままアイドル活動とやらを続けるんでございますか?」
「よかったらネビュラちゃんとアミティも一緒に活動しますか?」
「しませんっ!!」「お断りするリュ!!」
どうやら楽しかったアイドル活動はこれまでのようです。
ちょっとした寄り道でしたが、我に返ってみるとこれ以上の活動はもはや無意味。少し後ろ髪を引かれますが、当初の目的に立ち返って──。
──と、そのときです。
バタンっ!!
激しい音とともに宿の食堂のドアが開け放たれました。
入ってきたのは、肩で息をしている一人の中年の男性。宿屋の主人らしき人物に必死の形相で声をかけています。
「た、たいへんだっ……!」
「おいおいどうした? そんなに慌てて──」
「大変なことが起こっちまったぞ!」
大変なこと?
いったいなにが起こったのでしょうか。
「なんだなんだ? 何が起こったってんだ?」
「それがな、この街のすぐ近くにある一つ星ダンジョン【翠玉と紅玉】が──エクストラ・ダンジョン化しちまったんだ!」
ノーマルダンジョンがエクストラ化?
そんな話は初めて聞きました。
「おいおい、【翠玉と紅玉】ダンジョンと言えば、貴金属をよく輩出する重要なダンジョンじゃねーか。サンナミの大事な坑道が使えなくなるのは大変な痛手だぞ」
「いやいや、こいつはそんな簡単な話じゃねぇんだ。なんと──ダンジョンのモンスターが凶悪化して、ダンジョンから溢れ出しちまってるんだよ! このままだとこの街も危ないかもしれねぇ」
「なんだって!?」
モンスターが自然とダンジョンから溢れ出すなど、まず聞いたことがありません。
なにせモンスターは、死霊術での契約等一部の例外を除き、基本的にはダンジョンの中でのみ生息する生物です。それが外に出てくるとなると──明らかに異常な事態です。
いったい──なにが起こっているのか。
私が抱いた疑問に対する答えをもたらしてくれたのは、師匠のウルティマでした。
大量の食事を食べる手を止めると、私の耳元でボソッと囁くように呟きます。
「……どうやら発生してしまったようじゃな」
「発生した、とは?」
「うむ。間違いなくこいつは──【迷宮暴走】じゃ」




