Ⅳ 花嫁だけが行ける場所
自らを城の主であると名乗った女は、気味が悪いくらい親切に世話を焼いてきた。動きやすい服に、温かい食事。あたしのための部屋まで用意されていた。
これも作戦の内なのだ。親切にして、あたしが気を緩めた隙をつく算段なのだろう。
テーブルを挟んで向かいに座る女の挙動を見逃すまいと神経をとがらせた。
「……本当に、貴女は難しい人ね」
ため息まじりに女が零した。
困った表情さえ本物のように見せるその姿は、一流の役者だった。
「そんな話はいいから、早く姉さまに会わせて」
何度目になるかわからない要求を繰り返す。あたしがライザ姉さまの話を切り出すたび、女は眉間のしわを深くして黙り込んだ。
「ライザはもう……」
「『もう』? ここにはいないの?」
「……ええ」
――姉さまはここにいない? ならば、どこにいるのだろう。
「いないなら探しに行くだけね。知っているんでしょう? 姉さまがどこにいるか」
ちょうど、旅装にぴったりの服をもらったばかりだ。ライザ姉さまに会えるなら、たとえ火の中水の中。どこまでだって行ける。
胸の高鳴りを悟られないよう気を配りながら、女の返答を待った。
「行けない所、よ」
消え入りそうな声が空間を震わせる。どういった意図から発せられた言葉か掴みあぐねていると、女は再び口を開いた。
「私たち、生きている者は辿り着くことのできない地」
「そんな……」
姉さまが死んだような言い方に、あたしは猜疑心を抱かずにはいられなかった。
それを見透かしたように長い瞬きをすると、女は席を立った。
「貴女にはやってもらわなければいけないことがたくさんあるの。今日はもう遅いから、続きは明日にしましょう」
女が出て行った扉を見つめ、その言葉が意味するところを考える。
――姉さまがいる所。死んだ者だけが行ける場所。
そういえば、あたしも死んだんだっけ。つい数時間前のことなのに、遠い過去の出来事のように思える。
もし、あの女が言う場所が花嫁のみを受け入れる土地だとしたら。
花嫁は一度炎に焼かれて死ぬ。そして、ここで一休みしてから本当の神が待つ土地へ移るのだとしたら。
あの女が神ではないことも、ライザ姉さまが女のような人物が辿り着けない所にいることも、全て繋がる。
儀式の前に神官さまの元へ隔離された時のように、この城も次の段階へ上がるための支度をする場所なのだ。
……となると。あのヴェンリアという女性はあたしの世話役に当たる女官なのだろう。
冷静になればなるほど、彼女に対する罪悪感が増した。




