1−22 続く吉報
吉報が続く。
「大変です!大量の馬車が到着して……」
「……んあ?」
会議途中だった。
昨晩の王宮からの知らせで、計画は一気に早まった。
その修正に取り掛かり、けっこうてんやわんやではあったが、さらによく分からない現実離れした報告が舞い込んできた。
思わず知らせを持ってきた騎士に聞き返す。
「は?馬車十数台?所属は」
「その、商会だと名乗り……ハイディカッド商会、と」
「なんだって!?」
ルベルドはぎょっとして椅子を蹴った。
慌てて会議室を飛び出し、どうやらエントランスで待機しているというその商会の人間へと会いに行く。
(……まさか!)
果たして、見覚えのある人物だった。
「おお、ルベルド。立派になって」
壮年の、ひげを豊かに蓄え、つばのない帽子をかぶった朗らかな男。
「ジースティヤさん!どうして……まさか、」
「おいおい、お前から手紙を送ってきたって会長から言われてやってきたのだが?」
「……本当に?」
信じられない。
送った、覚えている。
だが本当に――ただの希望的観測だった。
「せ、せんぱいー」
後ろからハルーシルの声がかかった。急いで追ってきたらしい。
「速いっすよ、どうしたんです?」
「あ、ああ、そうだな、」
「なんだね、どういうことか知っているのか」
ゲディネやテリーたちもやってきた。
それを見て、商団の男、ジースティヤは優雅に腕を振り、広げてから胸に手を当てた。
「ご挨拶申し上げる。私、ヒーニテア王国に店を構えるハイディカッド商会、そのイリアン王国支部長のジースティヤと申します」
ジースティヤは腰の物入れから巻物を取り出した。
「今回こちらに参りましたのは、執政官様との縁故により、我が商会長からの提案をお持ちしたのでございます。これをご覧ください」
「はい……」
何が書いてあるやら、どきどきしながら巻物を広げると……
「……ふ、は、はは、くっははは!」
「先輩?」
「ははは、見てみろ、俺は借金執政官だ!」
「ええ?」
隣で覗き込んでいたハルーシルに巻物を渡すと、彼は読んでしょっぱい顔をした。
「わー……お知り合いだかしりませんけど、先輩の薄給を知ってて馬車10台以上の全部借金で送りつけって」
「バカ、よく見ろ、小さく書いてあるだろ」
その部分を指差し、
「ただし、元金は利子なし、返済期限無期限」
「あっ、意地悪いですよこの書き方!」
「あと俺は今は薄給じゃない」
「つまり……支援物資だと?」
「本当に、馬車十数台分?」
「そのようです。こちら目録です」
ゲディネに巻物を渡し、ジースティヤを振り返ると、笑顔で頷かれた。
「……私はクンシストファーの文官になる前はこちらの商会で下働きをしていました。その縁に、万が一を賭けて、まだ王宮にいたときにメンディズークへの異動と、厳しい環境だということを会長にわずかに知らせました」
この時点で規律違反だが、多少は大目に見てほしい。
「これは英雄殿への恩返しでもあるのですよ」
ジースティヤは笑顔のままつけ足した。
「我が商会長は以前このあたりで商売をし、戦争中に英雄殿に命を助けられました。今が恩を返せるときと、張り切られたそうで」
「なるほど……」
ゲディネがじっくりと巻物を見て、思ったより長いことに気がついて首を振りつつ苦笑した。
「……執政官の『個人的な』借金についてはどうも言えませんな」
次に巻物を手渡されたテリーが、ぎょっとした。
「医者と薬師!?材木と……」
王宮の最初の支援よりこちらのほうが状況に見合った品なのは笑うしかない。
「ずいぶんと調べられたので?」
「さあ?私は責任者として運べと言われただけで。会長のことですから、ご自分の体験から、ここの戦争と戦争後のことを以前から気にかけられていたのかもしれんし」
ひげを撫でながらジースティヤはしれっと答えた。
「ともかく、役に立ちそうなら良かった」
「とても……商会長(ログデグタ様)にお礼を言って差し上げないと。ああ、ベリーズさん、お願いが」
ちょうど物資担当の内務事官が目録を見ていた。
「この荷物の検分を私がやります」
「執政官のお荷物ですしね。どうぞご自由に?」
どこかからかう口調のベリーズ内務事官に、ゲディネが渋い顔をした。
そしてルベルドに釘を差す。
「ただし、業務は滞ることがなきようお願いします、執政官」
「あ、ハイ」
また徹夜決定だ。
エミリオが静かにドアを開閉して帰ってきた。
「……分かりました。どうやら、以前ルベルド、様がお話されていた、前に勤められていた商会から、大量の物資が送られてきたようです」
ドランダントは、窓辺にいて、カーテンの隙間からもう一度外の様子を見た。
文官が数名、領事館の外に出てきて見覚えのない人物たち――服装がこの国のものではなく東のものだ――と会話している。
ちょうどルベルドが出てきて親しげに彼らと談笑し始めて、ドランダントはカーテンを閉めた。
「そうか……」
「それで、マテオさんにもいつかご挨拶したい……と。ご本人は来ていないみたいですけど、あちらの商会長はマテオさんのこと、知っていらっしゃるんですよね」
「……らしいな」
覚えていないが、助けたらしいので。
たぶん、ルベルドが連絡して、この領地のための支援を願ったのだろう。
「めずらしいですね、その、外のことを気にされるなんて、あああすみません!」
マテオがベッドに戻ったのを、エミリオがあわてた。
気にするなと言うのも気が引けるが、実のところそこまで気分は沈んでいない。外が騒がしく、少し落ち着かなくなっただけだ、理由が分かれば大したことはなかった。
(ルベルドは……あいつとは違う)
かつて、自分を支えてくれる人間がいた。
その男は、剣を振り回すだけの能しかないマテオを、英雄にした――仕立て上げた。
だが、それはマテオのためではなく……
(情けない)
何もできない自分を自覚し、ただただ落ち込み、けれど余計なことばかりしか、できない。
「ルベルドさんは、いつも通りでしたよ」
エミリオが、慰めのつもりかおずおずと話しかけてきた。
「あの人って肝が据わっているというか……僕、城の役人さんって軟弱でクズか卑怯者ばっかりだと思ってたんですけど、ルベルドさんや、ここの人たちは違うみたいですね」
「……」
そうだ、彼は、何かが違う。
「すごい……やつだと思う」
ぽつりと、口に素直な感想を呟いていた。
「……ですよね!あ、僕、水差し替えてきますので!」
エミリオは、どこか弾んだ声で言って、部屋をまた出ていった。
――今少し、このどうしようもなく持て余す後悔が、消えるまで。
その後は、できるだけ向き合おうと思う。
領地のことと、補佐だという彼について。




