過去は、言うことをきく
土日の相場は閉まっている。
角田にとって、それは開発の時間だった。
彼が半年前から書いているプログラムは、最後まで走ったことが一度もない。データを読むところで止まり、日付の変換で止まり、注文の判定で止まっていた。角田はそのたびに直し、翌週になると別のところで止まった。
土曜の午前中、彼はそれをついに最後まで走らせることができた。
角田はドル円の一時間足を五年分手に入れ、過去の値動きの上で、自分の条件を機械に実行させた。当時これをやっていたらどうなっていたかを出す。過去検証という。実際の金は動かないので、何度でもやり直せる。
まず、今の自分の設定をそのまま入れた。
ストキャスティクスの十四、五、五。クロス中にピンバーや包み足といった指定のPAが出れば次の一時間足の始値でエントリー。損切り二十銭、利確四十銭。三万通貨。
処理は四十秒ほどで終わった。
取引回数、四百八十三回。勝率、三十四パーセント。五年間の損益、プラス一万八千円。
角田は画面を見て考えた。
五年で一万八千円というのは、ほとんど何もしていないのと同じである。
だが、それでも動いたことは動いた。
勝率は三十四パー。角田の実際の半年は四十四パーだった。
四十銭まで引っ張れば勝率は落ちるはずだ、と角田は昨日の夜、毛利に自分で言った。そのとおりの数字が出ていた。
下落ぶんが、利の大きさでちょうど埋め合わされて、五年でほぼゼロになっていた。一対二で三分の一なら収支ゼロ。角田が半年前に本で読んで、そのまま採用した式である。
角田が測りたかったのは、まさにそこだった。角田の条件を過去五年守れば一万八千円になったということだ。だが、金額が小さすぎる。
角田は座り直して、パラメータをいじり始めた。
角田が最初に手を伸ばしたのは、ストキャスの期間だった。変更がたやすい。期間を十四から九にした。
処理に四十秒かかる。角田はその四十秒を、画面の前に座って待った。
四十一パーセント。上がった。
次にシグナル線の期間を五から三にした。四十三パーセント。
また上がった。角田は画面に身を乗り出した。
勝率が上がる、という感覚に、角田は急速に捕まった。
数字が一つ上がるたびに、次を試したくなる。次を試すと、また上がる。
次の四十秒が待ち遠しかった。期間だけでなく、買われすぎ・売られすぎの判定ラインも敏感にしていった。数字はどんどん良くなり、角田はデフォルト設定を更新し続けた。
——過去は、何とでも言うことを聞くぞ。
毛利の言葉は、意識からかき消えていた。
利確を四十銭から下げてみた。
三十五銭。四十九パーセント。三十銭。五十七パーセント。
損切りを広げる。
二十五銭。六十三パーセント。三十五銭。七十一パーセント。
七十一という数字が出たとき、角田はさすがに一度、手を止めた。
損切りを広げて、利確を狭める。それは、負けを大きく、勝ちを小さくするということである。回数のうえでは勝ちが増えるが、一回あたりの取り分は減る。角田は、そのことをはっきり理解していた。
だが、勝率の隣で、損益の欄も一緒に増えている。
増えているなら、いいのではないだろうか。
角田は次のパラメータに移った。
土曜の日が傾いていた。角田は昼も食べずに聖杯を探していた。
夕方になってやっと、角田は冷蔵庫から何か出して立ったまま食べ、また座った。その夜は一度布団に入って、十分ほどで起き上がった。
日曜は、朝から座っていた。
売りサインの水準を、八十から七十五に下げた。かなり浅いところでも入ることになる。七十二パーセント。
エントリーを曜日で分けてみた。水曜と木曜の成績が悪かったので、その二日を除外した。七十四パーセント。
このあたりで、角田は取引回数の列に目をやった。五日のうち二日を捨てたぶん、数は減っている。それでも六百回を超えていた。
そのとき、角田はそれを、良い兆候として受け取った。
標本は多いほうがいい。大数の法則。それは角田が数学の授業で教えていることでもある。四百八十三回というのは、五年ぶんの結論を出すには心細い数だった。
だから角田は、そこから先を、意識して回数が増える方向に振った。
まず、ピンバーと包み足の条件をゆるくした。ローソク足の実体に対するヒゲの長さを三倍から二・五倍にゆるめた。包み足の、判定条件もゆるめた。
千二百回。七十四パーセント。
勝率が落ちないまま、標本が倍になった。角田はそれを、条件が本物である証拠だと考えた。
それから、時間足を落とした。一時間足を十五分足にする。
十五分足で四十銭を待つのは待ちすぎだ。損切り十銭、利確八銭に縮めた。
処理に四分かかった。ノートパソコンのファンの回転が激しくなり、複雑な計算プロセスが実行中であることを告げた。角田は四分間、天井を見ていた。やがてファンの音が静かになり、ディスプレイに結果が表示された。
八千百二十回。
六十二パーセント。
勝率は、落ちた。二日がかりで七十四まで上げた数字が、十二も下がっている。
だが、損益の欄のほうは、けた違いに大きくなっていた。
角田は、勝率のほうを諦めた。資産の曲線を出してみた。五年ぶんの推移である。線は、ほとんど乱れずに右上へ伸びていた。途中に、へこみがほとんどない。
角田は、その滑らかさを美しいと思った。
それから、取引回数は五年で八千百二十回。
営業日で割ると、一日に六回か七回である。
角田は、朝と夜に一回ずつしか画面を見ない。だが、それは問題にならない。自分ですべてを監視する必要がなくなるからこそ、半年前からプログラムを書いているのだ。機械なら、二十四時間、値段を見張っていられる。角田が授業をしている間も、会議に出ている間も、眠っている間も。
最終的な設定はこうなった。ストキャス期間九、三、三。判定ライン七十五と二十五、PAの条件はゆるめたもの、十五分足、損切り十銭、利確八銭、三万通貨、水曜と木曜を除く。
取引回数八千百二十回。勝率六十二パーセント。五年間の損益、プラス二百八十二万円。
百万の口座が、五年で三百八十万を超える計算だった。年に三割ほどである。
毛利の四割には届かない。が、桁は同じだった。
角田は一度だけ、うますぎないかと考えた。だが、どこがおかしいのかが分からなかった。プログラムは自分で書いたもので、データは実際の値動きである。条件は全部、自分で指定している。嘘の入り込む隙がない。
日曜の深夜二時。角田は設定を保存した。
ファイルの名前をfinal_v7とつけた。final_v5もfinal_v6も同じフォルダに入っていた。
角田は、なぜ水曜と木曜が悪いのかを考えた。
水曜は米国の指標が多い。木曜は欧州の中銀の日に当たりやすい。どちらも値が飛ぶ。飛ぶ相場では、レンジを前提にしたこの手法は機能しないのだろう——よくできた理屈だった。あとから作った理屈は、たいてい、よくできているものである。
布団を敷いてから、角田はしばらく、別の計算をした。
百万が五年で三百八十万になる。
それをそのまま、もう五年回せば千四百万を超える。
十年で十四倍である。その間には給料からも増資するから、実際はもっと早いだろう。
角田は、福美荘を出ていく自分を想像した。
風呂は、種火をつけなくていいやつがいい。洗濯機は最新のドラム式を部屋の中に置く。共用ではない自分のもので、全自動で乾燥まで終わるやつだ。四十分放っておいても誰にも文句を言われないもの。部屋も広くできる。
教師を辞めるところまでは、想像しなかった。辞めてどうするのかが思いつかなかったからである。月曜の一時限目に授業の進行を、角田はきっちり準備している。
角田が想像しようとしたのは、もっと先だ。
三千万。一億。
だがそのあたりから、絵が薄くなった。よく考えてみると、角田には大してほしいものなどない。そんなに金ばかりあっても、何を買えばいいのかが分からなかった。車に興味はない。旅行も、行きたい場所を三つ挙げたら尽きた。うまいものを食べるといっても、駅前のラーメン屋より上のものを、角田はあまり知らない。
結局、角田が最後まではっきり思い浮かべられたのは、口座の残高が出ている画面だけだった。同じ画面の、同じ位置に、桁が二つ多い数字が並んでいる。
角田はそれを見て、うれしいだろうな、と思った。
それから角田は、新しい部屋で女性と一緒に暮らすことを考えた。
そのとき、なぜか思い浮かんだのは、司書教諭の宮下 遥だった。
二十八で、静かに微笑む人だ。あの人が微笑むと、図書室という場所の静けさに、正当な理由がつくような気がする。何を訊ねても答えが返ってくるし、頼む前に本が出してある。背が高くないので、こちらを少し見上げるようにして話す。
角田は、自分の頭から出てきたものに驚いた。驚いてから、理屈をつけた。最近、図書室によく行っているからだろう。用があって行っているのだから、顔を見る回数が多い。回数が多ければ、思い出しやすい。それだけのことである。
——女の子とうまく行きそうになると、次のステップに早く進もうとして自滅するタイプじゃない?
角田は、毛利の言葉を思い出し、今の自分と重ねて笑った。
布団に入って、目を閉じた。
落ち着かない気分で、二回、起き上がって画面を確認したが、表示されている数字が変わることはなかった。




