16話
名前も知らない世界。
その星へ向かって、守護者の身体は流星のように落ちていく。
燃え上がる大気。
身体を包み込む灼熱。
耳を裂く轟音。
風が全身を引き裂くように吹き荒れた。
(寒い… 苦しい… 私は…)
意識は闇へと沈んでいった。
…
…
…
「ん…」
微かに瞼が震える。
ゆっくりと目を開いた瞬間、眩しい光が視界へ飛び込んできた。
「…ここは?」
見上げた空は青かった。
どこまでも澄み渡る青空。
昨日まで見上げていた、星々が無数に輝く宇宙ではない。
柔らかな風が頬を撫でる。
鳥のさえずり。
木々の揺れる音。
そして――
ブォォォォン…
聞いたこともない轟音。
守護者はゆっくり身体を起こした。
「……」
周囲を見渡す。
そこには見たこともない建物が並んでいた。
石でできた神殿ではない。
木造の集落でもない。
巨大な建物が何本も空へ向かって伸びている。
ガラスに覆われた壁。
輝く看板。
色鮮やかな文字。
(知らない… 全部… 初めて見ること…)
彼女は恐る恐る立ち上がる。
足元には黒い硬い地面。
踏みしめる感触も、今までとはまるで違っていた。
その時だった。
「危ない!」
ブレーキ音が響く。
キィィィィィッ!!
銀色の鉄の塊が目の前で止まる。
運転席から男が顔を出した。
「危ないだろう!!!!ちゃんと前見ろよ!」
守護者は言葉を理解できず、小さく首を傾げた。
男は舌打ちすると、そのまま走り去っていく。
ブォォォォン…
(今のは…何?)
視線を追う。
鉄の塊は音を立てながら道を走り続けていた。
人々は誰一人驚かない。
当たり前のように歩き、当たり前のように笑い、当たり前のようにその鉄の塊へ乗り込んでいく。
(ここは… どこ…?)
守護者は人混みの中へ歩き始めた。
どこを見ても人間ばかりだった。
肩がぶつかる。
「すみません」
誰かがそう言って通り過ぎる。
今度は反対側からぶつかる。
「ごめん」
皆忙しそうだった。
誰も彼女を見ようとはしない。
「私は…」
胸へ手を当てる。
心臓は動いている。
でも――
「私は誰…?」
何も思い出せない。
名前、記憶、家族、仲間、何一つ…
頭の中は真っ白だった。
(何も… ない… どうして…)
頭を押さえる。
思い出そうとするたび、
胸の奥だけが締め付けられる。
まるで何か大切なものを失ったような。
でも、その"何か"すら分からない。
「…」
涙だけが自然と零れ落ちた。
どうして泣いているのか。
それすら分からなかった。
どれほど歩いただろう。
高い建物は少しずつ姿を消し、
やがて静かな森へ辿り着く。
そこには小さな神社が建っていた。
赤い鳥居。
石段。
揺れる木漏れ日。
街とは違う静けさが辺りを包んでいる。
「はぁ…」
守護者は石段へ腰を下ろした。
疲れていた。
身体ではない。
心が。
「思い出せない… 私は…誰?」
その小さな呟きは風に消えていく。
その時――
ザッ……
誰かの足音が聞こえた。
守護者は反射的に立ち上がる。
慌てて辺りを見回す。
(隠れなきゃ…)
そう思っても、隠れる場所はどこにもなかった。
鳥居の向こうから、一人の少年が歩いてくる。
制服姿。
肩へ鞄を掛け、辺りを見回しながら何かを探していた。
「確か、この辺だったよな…」
少年は空を見上げながら小さく呟く。
「星がたくさん落ちたってニュースで見たし」
そして視線が守護者と重なる。
「…あ」
「!」
しばらく沈黙が流れた。
少年は少し困ったように笑う。
「えっと… 君ー この辺で星、見なかった?結構いっぱい落ちたって聞いたんだけど」
守護者は何も答えられない。
ただ、目の前の少年を見つめるだけだった。
(この人は… 誰…?)
少年もまた首を傾げる。
「大丈夫?迷子?」
その何気ない一言が、二人の運命を静かに動かし始めた。




