第35話「――に、二人で告白を6」
駅から水族館までの道半ばにあるお店にやってきた。
「何ここ……」
香澄がそう驚くのも無理はない。
水族館に付属しているわけではないらしいが、近くに水族館が建ったからだろう。それにあやかって、海中をイメージして建てられた幻想的な店だ。
床と天井に壁、全面が透明な板で作られており、その中を魚たちが優雅に泳いでいる。
まるで水族館のトンネルをそのまま大きくしてお店にしましたよと言わんばかりの光景だ。
「綺麗……」
香澄は自然と顔を輝かせては俺の手を握ってきた。
「早く行こ」
よかった……
「おう」
子供の用に目を輝かせる香澄に手を引っ張られて席に座った。
気分がいいのか、香澄は自然と口角を上げてメニュー表を広げる。
この店にそぐわない赤い顔を、水を飲んで隠した。
「よく知ってたね」
「まあな」
昨日何個も調べたなんて言えないな
「香澄、これ頼むんじゃない?」
「どれ?」
そう言って無意識に俺に近づいてくる香澄に、俺は目を伏せた。
うん……早く、言いたいな
幸せとしか感じられない。
「李月くんはこれでしょ」
そう言って刺されたメニューは、目を付けていたものではなかったけど頷いてしまった。
香澄の喜ぶ姿を見たかったし、香澄に合わせる俺も、また俺なんだ。
何も全てが俺のしたいことでなければならないわけでも、全てを香澄に合わせる必要もない。
いい塩梅なんて難しいことは言えないけど、それを二人で考えるのが、付き合うってものなんじゃないかと、今は考えている。
「今日もなんか小物買うの?」
「んー……もしかしたら」
もし付き合えたなら、もし付き合えたなら記念日なんだよな……
そう考えると、鼻息が荒くなりそうなほどに緊張する。
やっぱり、らしくなくなっちゃうよな……
「李月くん……」
「ん?」
「今更なんだけどさ……」
「うん」
今更?
香澄はテーブルの上で手を重ねて、落ち着かない顔を浮かべた。
「らしくないなんて言って……ごめんね。私、逃げてばっかだったから……ちゃんと、伝えてなかったなって思って」
何の迷いもなく、一心に俺を見つめる香澄はどこかちょっと前の香澄とは違う気がした。
成長したというのが正しいのだろうか。どこか芯がはっきりと研磨されたような、そんなものを感じた。
すごいな……
「それについてなんだけどさ」
「うん」
「言った理由って、もう一回聞いたりしてもいい?」
「うん。ちゃんと言う」
香澄は強くなった。
俺は、まだ少し昔に執着してしまって、デートで告白を遠ざけているのに。
「李月くんが悪いわけじゃなくて……その、私ってさ……その、元々一人で色々やってきたから人に頼ることの楽さに気づけてなくて。受け付けてもなかったんだけど……李月くんがその壁を壊して、私を受け入れてくれて、甘えちゃったの」
俺が壊した……か
「でも、私は受けてばっかりは嫌で、でもあまり言葉にも出せなくて……それで、らしくないって勝手に決めつけて李月くんに言っちゃったの」
「そっか……」
「うん。でも、前々から私が喋ってた愚痴も、本当で……でも、李月くんが悪いって話じゃなくて」
香澄は上手く言葉をまとめられないのか、何か言いかけては目を伏せて、顔を上げたと思ったら手を重ねて、とても落ち着きのない様子で頭を下げた。
「とにかくごめん……」
そんなに……
「大丈夫だよ。ちょっと質問があってさ、合ってたら頷いて欲しい」
「分かった」
「俺ってさ、その……優しさゆえに空回りして、変なとこに踏み込んできたりしてた?」
香澄は俺の様子を伺いながら頷いた。
やっぱり、奏吾の言う通りだったんだな……
「そっか……」
「で、でも……優しいのはいいことだよ」
「元気づけなくてもいいよ。これは事実確認だから」
俺の笑いに香澄も微笑みを返してきた。
ああ……もう
「でも、香澄も優しすぎるんじゃない?」
「え?」
「俺は踏み込まれたなんて思ったことないけど、今もさ、俺の顔伺ってるでしょ」
香澄は意表を突かれたかのように固まった。
「俺、そんなに弱くないから。大丈夫。もっと香澄も香澄らしくていいんじゃないかな」
「……そうだね」
今思えば、こういう話ができていればよかったんじゃないだろうか。
逃げてばっかりで、苦しみを味わい続けるのではなく、ちゃんと向き合ってこうやって話し合うことが一番いい解決策だったんじゃないだろうか。
馬鹿だな……俺
「私たちってさ……」
「うん」
「バカなのかな」
「え?」
香澄はテーブルの上に置いている俺の手を、ふわっと両手で覆った。
え……
下を向いて、垂れる髪の合間から香澄の怖がっている顔が見える。
「バカ……なのかな」
鼓動がうるさい。
これは一体どういう意味なのだろうか。
「な、なんて……嘘だよ」
香澄は俺から手を離した。その顔はやはりどこか怖がっている顔だった。
だめだ……
ゆっくりと離れていく香澄の手を取った。
離したくなかった。香澄の言ったバカになってもいいと思ったから。
「李月……くん?」
「俺たちは、バカだよ」
そういうと香澄は涙ながらに微笑んだ。
「バカ、だよね」
「うん」
香澄は安心したように息を短く、でも深く吐いて笑った。
「もっとちゃんと話せばよかったな」
「そうだね」
涙を拭う香澄を見て、俺は安心した気持ちを抱いた。
バカだと言う前、俺と同じように一瞬だけ昔の香澄を思わせるような顔を浮かべていた。
香澄も、俺と同じなんだ。完全に変われているわけではない。今、前に歩みだしたところなんだ。そして、同じ考えをしていたというわけだ。
俺は香澄の頬に触れた。
香澄はいきなり触られて驚いたのか、顔を上げた。
頬に滴る小さな雫を拭うと、香澄は俺の手に頬ずりするように目を瞑って俺の手に頬を密着させてきた。
「好きだよ」
香澄はまた涙をこぼして、目を瞑ったまま頬に置いた俺の手を握って頷いた。
「私も、りつが大好き」
安心したのか。俺も視界がぼやけてきた。
よかった……
「もう一回、やり直そうか。もう問題に気づけたバカなんだからさ。あとは勉強するだけだよ」
「ふふっ、なにそれ」
「何だろうな」
「やっぱりバカ」
そうやって笑う香澄に、俺は心からの息を吐いて、笑った。
俺たちはまた付き合い始めた。
俺たちはまだ未完成な恋をしている。だけど、もう悩まされて突き放すことはしない。
二人で考えて、二人で歩んでいく。きっとそれが出来る人だから。
過去の自分たちを恨んでいるわけではない。逆に教えてやりたい。ふさぎ込むのではなくて、話をするだけで前に進めることがあると。
関係という線を握って、それへの思いを独りで告発しても、結局は意味がない。
それを乗り越えて、俺たちはやっと向き合えたんだと思う。
「りつ? どうしたの、真剣そうな顔して」
「なんでもないよ」
「みんな待ってるよ」
「おう」
でも独り言はやめられそうにないよな
「――君に恋してよかったよ。香澄」
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
いやー……ちゃんと話ができて、本当に良かったですね。
結構独特な文体で書いていたので、「ん?」となる場面もあったかもしれません。
それでも最後まで見届けてくださった方には本当に感謝しかありません。
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これからも色々な作品を書いていきますので、温かく見守っていただけたら嬉しいです!




