第29話「友達5」
「ごゆっくりどうぞー」
もう関わらないでほしいと、面と向かって言われるのだろうか。それとも、そうではなくて、既読を付けなかった理由をしっかりと答えてくれるのだろうか。
「稲吹くん。私、待ってるよ」
桜田さんの言葉が、俺の行動を止めた。
「何を」
「……もう、それ聞く?」
「ごめん。一応」
桜田さんの方を向くと、顔を赤くして一呼吸を置いた。
「私、稲吹くんの事好きだから。二番目でもいいよ……その子が、もし……もしね……」
口を震わせて、涙をこぼして、鼻を啜って、目を伏せて喋る桜田さんに俺は心が痛くなった。
だめだ……落ち着け……
「もし、稲吹くんがその子に降られたとき、私はあなたのそばにいるからね……。だから、いつでも、いつまでも、待ってるから。私は、あなたが好きだから……」
言葉を全て飲み込むことは出来なかった。
飲み込めば、俺の心はきっと壊れてしまう気がした。
それはもはや恋とは言わないとも言うことはできなかったし、俺が桜田さんに行くことなんてないとも言えなかった。
「……恋ってね。会った順序で変わるものだと思うんだ。私ならね、稲吹くんがこんなに悩むようなことしないよ。絶対に約束できるよ」
涙を止めて痛々しく微笑む彼女に、俺は涙を流していた。
感情が分からなくなったからだ。
もう耐えきれなかったからだ。
「何も、言わないで」
「やだよ……言わせて」
そう言って俺の手に、桜田さんは手を重ねてとびきりの笑顔を向けてきた。
「もう、私を好きなってよ……。辛くないんだよ。どれだけ悪女だって思ってもいいよ。それ以上に愛してみせるから」
やめろ……
「あなたの顔が好き。声が好き」
やめろ……やめろ……
「何かに打ちこんで、成果を上げてるとこが好き」
もう、
「誰も放っておけない優しさを持つあなたが好き」
「やめろ……!!」
店内だと言うのに、気づけば怒鳴っていた。
息が荒くなって、涙が止まらなくて、腹が熱くて、喉が痛くて、感情がごっちゃごちゃになって、視界がどんどん紫色に浸食されていく。
「……それでも、私はあなたが大好きだよ」
俺はもう体が動くことをしなかった。
既読をつけたままのメッセージ欄に、また一つ連絡が届く。
『無理だったら……教えて。予定は合わすし、別に……いいから』
その文を見た右手は、微かに動いていた。
でも、桜田さんがそのスマホの画面の上に手をかぶせて、俺の手に重ねていた手を、俺の頬に持ってきた。
「稲吹くん……返事を聞かせて。今は、私のばんでしょ」
「――友達」
俺の頭にぼんやりと、玉乃さんから言われたその言葉が浮かんできた。
そして、その言葉を言った瞬間に金縛りが解けたかのように、俺の体は融通が利くようになった。
はっきりと静かに、ゆっくりと、確実に息を吸える。
返信……!
俺はすぐに玉乃さんに返信を送った。
もちろん大丈夫という旨の返信だ。
頭が落ち着いてきた。
「ごめん……俺は、桜田さんをそういう風には見れない。待ってないでほしい。それで俺が向かっても、それは恋って呼べるものじゃないよ。俺は、苦しくても“香澄”が好きなんだ。どうやっても、この心を塗り替えられるものはないよ。俺の手に、あったかい線がずっと握られてるから。だからごめん。俺は桜田さんの気持ちにこたえられない。でも、友達にならなれる。その気はしないと思うし、簡単に言うなって感じだけど……逆に、俺はそっちで待ってるから」
動きを止めた桜田さんに俺は言いたかったことを全てぶちまけた。
胸がすっと軽くなって、なんでか香澄の匂いと、温かみを感じた気がした。
香澄って……言えたな
「やっぱり……稲吹くんは優しいね。うん、友達……なれるわけないよ。馬鹿……」
下唇を噛んで、桜田さんは大きく息を吸って、料理に思い切り息を吹きかけた。
「料理を食べる間だけ、今は友達になろう。もしかしたら、一年経った時に友達になる弱さを見せちゃうかもしれないけど……ごめんね。嫌な事言って……ごめんね」
「いや、それは違う。逆にありがとう。俺がどれだけ馬鹿かって思い知ったよ」
そう言われると思ってなかったのか、桜田さんは驚いた表情の後に、優しく、哀しく、痛く笑った。
「どういたしまして」
李月くんから了承を得た私は、早速着物を選びに智花とお店にやってきた。
「いやー……まさか、私が香澄の着物を見る第一人者になるとは、感慨深いよ。おーいおい」
泣いている素振りで笑う智花はだいぶ上機嫌のようで、どこにあったのか一眼レフを首にかけている。
「買わないものまで写真撮っちゃうからねー」
「なんでスマホじゃないの……」
「着物美少女を綺麗に、大事に保管するためにね」
「恥ずかしいからやめてよ……」
「ふっふっふ……断る。じゃあ選ぶよー」
智花は口角を上げて、私の手を引っ張った。
もう……
結局、私は基本的な椿が描かれた赤い着物を借りることにした。
店員からもスマホで写真を求められて困った。
そんなに私は美少女だというのだろうか。
途中から智花と店員による、私を着せ替え人形まがいなお遊びがひどかった。
でも、私もちょっと楽しかった。
しかも、それだけ自信も持てた気がする。
よしっ……がんばろう
「お母さん、明日の夜ね。ちょっと友達と神社に行こうと思ってて」
「あら」
「だから、年越しそばは今年は年越す前そばにしていい?」
「ふふふっ、変なネーミングね。いいわよ」
ん……
表面上では普通に言っているように見えたが、一瞬だけ目を逸らして口を少し広げた瞬間があった。
「友達だから!」
そう強く杭を打つと、微笑んで頷くだけだった。
もう……
恥ずかしくなって、自室で借りた着物を眺めては何となく、消せないでいる昔の付き合っていた頃の写真をスマホの画面に映した。
友達……は嫌だな
昔の自分はやっぱり、ほぼ真顔が多い。
少し微笑んではいるけど、疲れていたんだ。罪悪感と言う重荷に耐えられていない頃の私はひどく拙く見える。
らしくないと言った言葉の意味、いつ喋ろうか……
――本当は大好きだよ、りつ
自分の部屋、一人スマホの画面を見ながら口に手を添えて、生命線に告白するように、独白した。
次第に恥ずかしくなってきた私は、スマホの画面の中で笑う李月くんの顔を見られなくて電源を落としてベッドに寝転がった。
既読を付けなかった理由……
それは、あなたと会う理由を正当化することが出来なかったから。上手く理由をつけて、あなたを忘れたいと思ったから。
でもこんなことは言えない。
なんて言おうか。一層、そんなこと言わずに一緒にいることで、逃げられないだろうか。
いや、そんなことはしてはいけないことだと分かっている。
正面で向き合わないと……
奮起する心を鎮めるように、今日はもう眠りについた。
大晦日がやってきた。もうすぐで俺は香澄と会う。
いきなり香澄呼びをしてしまったら驚くだろうか。
でも、認めてくれたりしないだろうか。
もう、既読が付かなかったことなんてどうでもいい。会えるただそれだけで、俺は嬉しい。
「あ、李月くん」
神社の近くで待っていると、香澄の声が聞こえて来た。
え……
そこには、ひどく綺麗に着飾った着物姿の香澄がいた。
「お待たせ……」
香澄も香澄で落ち着かない様子で目を伏せた。
「おう……」
それだけ言う俺に、香澄はくすっと笑った。
かわいい……
そんなド直球な感想しか頭に浮かばなかった。
「……行こっか」
「うん」
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