第19話「私 too 私5」
「ただいま」
「おかえり。ご飯、今温めるわね」
「うん」
家は安心する。温かくて、いい匂いがして、何からも責められていない環境。
お母さんたちは、どんな恋をしてきたんだろ……
ヒントが得られるかもしれないと、電子レンジにお皿を入れるお母さんのそばに駆け寄った。
「お母さん」
「なぁに?」
「お母さんたちって、どんな恋してたの」
「なにー、もー……そんなこと知って何になるの?」
「いいから」
お母さんは初めて見せる恥ずかしそうな表情を浮かべては手を止めて私に振り返った。
いつもにこにこしていて、まるで目をずっと閉じているくらい口角を上げ続けているお母さんの恥ずかしそうな顔は新鮮で、変な気分になる。
「そうねー……どこから話しましょうか」
「短めでよろしくしたいかも」
「そう? お父さんの面白いエピソード沢山あるんだけど、聞かなくていいの?」
「いい」
「あら、随分とあっさりと言い張るのね」
お母さんたちの恋を聞けば、私もりつとどうしようか決められるかもしれない。
だから、確かにお父さんの面白エピソードを聞いてみたい欲はあっても、今じゃない。
今はとにかく、明日にそなえて心を整理する時間を作らないといけない。
「お父さんとはね、高校二年生の時に出会ったのよ」
そんなとこからじゃない……
私の焦りのような感情を察したのだろうか、お母さんは微笑んで私の頭を撫でた。
「もしかしてだけど香澄、」
何か核心を突かれる気がする。確信はないけど、お母さんはいつも察しがいい。
「李月くんと何かあったんじゃない?」
お母さんにはやはり何でもお見通しだ。
私が耳をふさぐよりも前に早口で言い放ってきた。私の思った通りでも心の準備ができているわけじゃない。核心を突かれた私は狼狽えた。
その姿もお母さんは見逃さなかった。肯定も頷きもしていないのに、お母さんはまた笑った。
全て気づかれてしまう。
りつはお母さんと連絡先を交換しているわけではないし、交換していてもブロックしているとは思うが、りつに知らされることが嫌というより、智花に言われたようなことをお母さんにまで言われてしまったら、私の感情はまたぐちゃぐちゃになってしまう。
「いいんじゃない? お母さんは否定なんてする気ないわよ?」
「違う……」
「それは、どっち?」
うーん……
お母さんはたまにこんな言葉を言う。
絶対に知りえていないはずなのに、別の場所から私の深層にアプローチをしかけてくる。
今だって絶対にそんなことはないのだろうけど、私の言った「違う」が私と偽りの私、どっちなのかとも私は考えてしまう。
二重の意味を持つ言葉を言われて、私はつい先走ったことを言ってしまうことがある。
だから、ちょっと苦手だ。でも、私の心の整理には本当にいい働きをしてくれる。
「りつ――きくんの事であってる」
「香澄は分かりやすくて、こういう話するのお母さん好きよ」
また何か気づかれた。
まずい。どんどんお母さんのゾーンに飲み込まれていく。
「お母さん」
「なぁに?」
「今は、お母さんとお父さんの恋愛事情についてでしょ」
少し強くそういうと、お母さんは分かりやすくしょぼくれた。
「別れそうになったとかないの?」
「あー、お母さんわかっちゃった。うふふっ」
そうお母さんは含み笑う。
もういいや……
「もうなんでもいいから、早く教えてよ」
「わかった、わかったわ」
本当に意地悪だ。
「まあ、なくはないけど……香澄ほどではないわね。だから、いい話が聞けるかどうかは保証できないわよ?」
「それでもいい。知りたい」
お母さんはまるで「わかった」と言わんばかりに電子レンジの電源を入れた。
「高校を卒業する頃だったかしらね。やっぱり、同じ大学に行くってことは中々ありえなくてね。お母さんとお父さんは別々の大学に入学することになっちゃって」
んー……
「それでも、お母さんはどうしても同じ大学に行きたいって伝えたんだけれど、お父さんはそれに反対してて、あの時は顔を見合わせた瞬間から喧嘩みたいな毎日だったわねー」
思い出し笑いだろうか。お母さんは口を大きく開けて歯を見せて笑った。
本来は苦々しい思い出なはずなのに、何が面白いのだろうか。しかも、どちらかと言えばお母さんが悪いことだ。
「ほんとに、途中から怒る内容もないから〝このくせ毛が嫌い!〟とか言ってたわよお母さん」
「え……それは怒ってるの?」
「当時は何にでも怒りたかったのよ」
でも怒ることもないのに怒り続けて、そんな意味の分からない内容で怒るところまでいけるのはもはや才能だろう。
私も真似をしたら何かうまいこと話が進んでくれたりしないだろうか。
いや、絶対に真似してはいけないことだとは思う。
「お父さんは怒らなかったの?」
「まあ、あの人私の事大好きだからね~」
口角を釣り上げて、にまにまと笑いながら嬉々とした声を出す。私からしてみればどっちが好きかなんて、ちょっと差別ができそうにはない。
「怒るのは当たり前だけど、仕方のないことだから。何かで折り合いをつけようって」
折り合いか……
「確か、毎日ビデオ通話だったかしらね。確かあの時はお父さん、ズボンをはき忘れてて、お父さんの」
四十代にも差し掛かる人の赤らめた笑顔をこれ以上見るのはしんどい。しかもそれが親というのは変な気分がするものだ。
「もういい。ありがと」
「あら」
変なことを言いそうなお母さんにそれだけ伝えて、電子レンジから夕飯を取り出してそそくさと食べて今日は自室にこもった。
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