隠匿の衣裏珠(いんとくのえりじゅ) その1~竹丸、ボロ布の価値に驚く~
【あらすじ:ある律師の衣には宝物に匹敵する価値があるらしいと聞きつけた父君・基経さまに、競売で落札するよう命じられた時平さまと、競売会場を訪れた私は、特徴的な四人の客が気になった。
そのうちの三人は『律師の衣』を競り落とそうとしつこく粘ったけど、財力に物を言わせた時平さまには敵わない。
その直後の出品物はどう見ても私的で無価値な手記なのに、ある高貴な人物と時平さまの一騎打ちになったのは、いったいなぜ?
私は今日も秘めたる自負だけは群を抜く!!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりで、好奇心と食への執着がちょっとだけ強い男子だ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本随一の『権勢』と『色好み』を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従・・・じゃなくて従者である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、理性のタガが外れて焦り散らかし、せっかくの雰囲気美男子が台無し!
従者としては、からかい甲斐があるから、真面目一徹の主よりはマシ?
今回は、お経のたとえ話って、『裕福に暮らしました』を『悟りを得ました』の意味で目標にするのは間違ってません?と思ったお話・・・・でもない気がします。
まだ五月のはじめだというのに、道端の草の葉がシナシナになるほど昼間の日差しが強いある日のこと。
大殿こと父君・藤原基経さまに呼び出され
「秘密集会で、三草という名の、ある律師の衣が競売に出品されるらしい。
何か知らんが『スゴイ物』らしいので、お前が行って落札してくるように。」
と命令された若殿が不思議そうに
「どう『スゴイ』のですか?
三草律師・・・ですか。
つい最近亡くなった僧ですね。
徳が高く人格高潔で崇拝の対象だった、というわけじゃありませんよね?
衣が聖遺物として人々に崇められることもないでしょう?
どうしてそんなものを落札するんですか?」
大殿が扇を広げパタパタと脂っこい顔を扇ぎながら困惑顔で
「う~~~む。
わしも噂で聞いたにすぎんがの、どうやら三草律師の衣は『如意宝珠』(*作者注1)と同等の価値を持つとか、『ありがたいお経』が書いてあるとか、『秘薬の処方箋』『極秘重要書簡』が手に入るとか、『持ち主を呪い殺した特級呪物』だとか、いろいろに言い伝えられとるらしい。」
若殿は眉根を寄せ、疑いを全面に押し出したモヤモヤ顔で
「胡散臭いですね。
出品者が値を吊り上げるために嘘八百を並べただけでしょう。」
ワクワク!に水を差されたことに不機嫌になった大殿は、ムッ!とへの字口で
「あ~~~~っ!何でもよいっ!
つべこべ言わず、お前は黙って三草律師の衣を競り落としてくればよいのだっ!!
サッサと行けっ!」
と怒鳴りつけられ、若殿は渋々腰を上げ、泉丸が主催する『秘密集会』の会場を訪れることになった。
その屋敷に到着したのは真っ赤な夕日がまぶしい日暮れごろだった。
競売会場である主殿は東西に長い母屋で、東西南側には御簾が下ろされていて、中が見えなくなっているけど、南廊下に面する出入り口の一か所だけは御簾が巻き上げてあった。
客は北側を向いて並んで座ってて、全部で三十人?ぐらいいて、ほぼ中年または初老男性だった。
『流行おくれだけど上品そうな狩衣姿』の者もいれば、『坊主頭に墨染姿』の者、『高級な生地の水干なのに、袴との色柄の取り合わせや烏帽子が貧相でチグハグな恰好』の者や、冷やかしなのか『ボロボロの筒袖姿』の者も混じってた。
北側に屏風を背にして客席を向いた、こぎれいな紺色の水干・白の括袴・立烏帽子姿の男が机を隔てて立っていて、何やらボロっちい衣を手に持ち
「さぁ!本日の目玉はこれです!
三草律師の小袖っっ!」
ここで机を扇でタタンッ!と叩き、調子を上げて
「巷で何かと話題のこの品を、目当てに来られたお客様が多数いらっしゃるかと存じますっ!
出品者いわく、この衣には『如意宝珠』に引けを取らない価値があるだとか、『さる重要人物の秘事が記された書簡』が隠されているだとか、はたまた『持ち主を呪い殺した呪物』だとか言われておるそうです。」
興奮でギンギンに目を血走らせた競り人が、客をじっくりを見渡し
「では、百文から始めます!
さぁ!どうですか?!
それ以上の方は?!」
『流行おくれだけど上品そうな狩衣姿』の初老男性が手を挙げ
「百五十!」
としわがれ声で叫ぶと、『坊主頭に墨染姿』の若い僧侶がすかさず
「二百!」
と甲高く叫んだ。
『高級な生地の水干なのに、袴との色柄の取り合わせや烏帽子が貧相でチグハグな恰好』のもみあげの長い、頬に切り傷のある中年男がうぅっっ!と唸ったかと思うと
「四百だっ!まどろっこしいっ!」
とガラガラ声を会場に響かせた。
「おおっっ!!」
とどよめきが起こり、競り人がニッコリ口角を上げ、タンタンッ!と扇で机をたたき、また客を見渡して
「さぁっ四百文が出ましたっ!
これ以上の方はいらっしゃいませんかっ?!」
するとまた『初老上品狩衣男』が手を挙げ
「四百二十っ!!」
また『若僧』が
「四百三十っ!」
また『頬傷もみあげ男』が
「四百五十だっ!!コノヤロっっ!!貧乏人はさっさと降りろっ!」
と悪態をつく。
その三人でどんどん値を吊り上げていくので、大殿に『競り落とせ!』と命じられた若殿のことが心配になり、チラチラ顔色を窺うと、胡坐をかき腕組みして半眼で薄目を開いて競りの様子を見守ってる。
「あのぉ~~!銭はいくら持ってるんですか?足りるんですか?もう五百まで上がってますよ!」
若殿はカッ!と目を見開きスッ!と手を挙げて
「千っ!!」
と言い放つと、
「お~~~~っっ!!」という感嘆のどよめきと、「あ~~~~~~」という落胆ため息があちこちで漏れた。
『初老上品狩衣男』と『若僧』は若殿の顔をチラッと確認して、二人で顔を見合わせ、お互いの腹の内を探っているようだったが、それ以上値を吊り上げるのを断念したように首を横に振った。
『頬傷もみあげ男』だけはギリギリッ!と歯ぎしりして悔しそうに若殿を睨みつけ
「せ、千十っ!!」
とガラガラ声で叫ぶと若殿がすかさず
「千五百っっ!!」
と一気に値を吊り上げたので、『頬傷もみあげ男』はチッ!!と大きく舌打ちし、若殿をギロッ!と睨みつけると
「あのボロ布にそこまでの価値はねぇっ!!
馬鹿な野郎だぜっ!!
金持ちのろくでなしドラ息子がよっ!!
今に痛い目見ることになるぜっ!」
ぺっ!と唾とともに負け惜しみの捨て台詞を吐き捨てた。
(その2へつづく)
(*作者注1:如意宝珠また宝玉とは、仏教において霊験を表すとされる宝の珠のこと。)




