久遠の社(くおんのやしろ) その4~竹丸、五里霧中に憧れる~
吉水は首を傾げ
「どうって・・・あの日は霧のような雨がふってました。
若さまが帰ってきたのは、もう日が暮れる寸前でした。
てっきり屋敷にいるものだと思ってたのに、鼻・口と手に赤いものをつけて帰ってきたときにはみんなびっくりしましたわ!
ですが、それほど心配になりませんでした。
だって・・・」
と考え込む。
若殿が口の端だけで微笑み
「色は血の色でしたか?
もしかして、朱色だったのでは?」
吉水はギョッ!と驚いたように目を丸くし
「そうっ!そうですわ!ですから、血だとは思いませんでした。
その朱色のものを若さまの手と顔から洗い落としたあと、殿にお伝えしたときに、殿が血だ!とおっしゃって騒ぎ立てるものですからそれから心配になりましたけど。」
若殿は微笑みながら続けて
「今日の昼餉はあなたが準備した、と磯上どのから聞きましたが?」
吉水はハッ!とし、警戒した表情で若殿を見たが、ゆっくりと頷き
「そう・・・ですが、それが何か?」
若殿が目を細め
「磯上どのは『後悔している。妻に謝りたい』と、泣いて詫びていました。
あなたはどうですか?」
はぁ?!
え?!
そんなこと言ってた?
それともいつものハッタリ?
吉水はビクッ!と肩を震わせ、キッ!と若殿を睨み付け
「私が詫びる必要なんてありますか?
毒草を調達して昼餉に出せと命令したのは殿ですのにっ!!
私はxx神社から毒芹をとってきて昼餉の奥様の膳に入れただけですわ!
命令したのはあの男ですっ!
以前から寝たきりの奥様を『厄介払いしたい』って言ってたものっ!
もちろん二人きりの寝物語にね。
それにあの神主も悪人よっ!!
林の中で毒草を探してる私に『これが毒芹だ』って渡してきたんだからっ!」
はぁっ??!!
毒芹??!!
って芹にそっくりなやつっっ??!!
ふつうの芹だと思ったのに、xx神社の神主って家庭菜園に毒芹を植えてたのっっ??!!
いつでも毒殺できるようにっ??!!
怖っっ!!
いい人そうに見えたのにっ!!
優しい仮面の下の素顔にビックリしてドキドキしてると、若殿は平然と
「だが毒芹の効果はすぐに出なかったのでは?」
吉水がまたギョッと目を丸くして
「な、なぜそれを・・・・?」
若殿がフッとため息をついて呆れた声で
「だから、三日前、あなたは夕餉の直後に碗一杯の血を吐いたんですね?
毒芹を何度食べさせても奥様がなかなか死なないので、心理的に追い詰めようとしたんですね?
水で溶かした紅を口に含み、吐血したように見せかけて碗に吐いたんですね?
だがそれが結果的に、奥様よりも磯上どのを追い詰めてしまった。
彼は長年の看病に疲れ妻を毒殺しようとしたことを、今更ながら後悔した。
毒芹を何度食わせても妻は死なず、逆に息子や愛人が血を吐く結果になったのは、天が彼を罰したせいだと考えた。
彼自身も、今日の今日までそのことを悩みぬき自責と心痛から胃を壊してしまった。
彼の吐血は胃潰瘍が原因でしょう。」
言葉を切り、皮肉気に口を歪め
「フン!
悪だくみまで長烏帽子のように見掛け倒しだったな。」
冷たく吐き捨てた。
まぁね~~~~~。
誰かさんのように無共感人間でもない凡人にとっては『最後まで悪事をやり切る!』のは案外難しいよね?!
吉水は口をポカンと開けて呆然としたように黙り込んだ。
ん?
と疑問が浮かび
「なぜ奥様に毒芹がなかなか効かなかったんですか?」
若殿が眉を上げ
「毒芹の症状は嘔吐、下痢、腹痛などで重症になると意識障害、痙攣、呼吸困難を呈するが、吐血はしないから誰も食べてはいないはず。
そもそも吉水が毒草を探してると気づいた神主は毒芹と偽って普通の芹を吉水に渡し、毒殺を防ごうとしたんだろう。」
なるほど~~~~!
じゃ神主はやっぱりいい人で、奥様は持病の胸の病で喀血したのね?
そうか~~~~。
アレ??
でもまだ疑問が残るっ!!
「じゃ、若君が血を吐いたのはなぜ?
あっ血じゃないんですか?朱色ってなんですか?
そして、xx神社の廃墟に吸血男がいたのはなぜですかっ??!!」
若殿は難しい表情で顎を摘まんで腕組みして考え込んだ。
「う~~~~ん。
どう考えても、その二つの出来事は、辻褄があう説明ができない。
若君は手と口に赤色というより朱色の何かをつけていた、ということは、塗料である『丹』を塗りたての鳥居に手で触れ、その『丹』がついた手で鼻と口を触ったと考えられる。
怯えていたのは、そのことで神主に叱られたからだろう。」
はぁ~~~~??!!
そんなことっ??!!
確かにxx神社の鳥居に塗料が手形に剥げてた部分があったけどっっ!!
アレ??でも、それって・・・・
「それは絶対おかしいですっ!
若君が手に塗料を付けたのは一週間前でしょっ!!
あの鳥居は『丹』塗りたてから少なくとも一年以上はたってます!
色もくすんで、ところどころ剥げてましたしっ!」
若殿はさらに眉を寄せて唸り
「そうだ。
さらに吸血男が現れたとき、あの神社は廃墟だったという。
『歩き巫女』は売春もする。
『口の周りを血に染めた男』が、もし『神社の廃墟でコトに及ぶ』ほど背徳的なヤツなら、不浄や穢れを気に留めず男女の交合を行ったため、口の周りに血が付いたと考えられる。
この二つの出来事には共通点があり、そして二つの出来事を説明できる唯一の仮説がある。
何かわかるか?」
私を見つめる。
はぁ?
何っっ??!!
チンプンカンプンに決まってるでしょっ!!
勿体つけないで早く教えてっっ!!
一瞬たりとも考えもせず、ブンブンと首を横に振る
若殿がニヤリと不敵に笑い
「共通点は『霧』だ。
二つの出来事が起きたのは『霧』がでた日だったということ。
もしかして『霧』が出でればあの場所は過去や未来につながるのではないか?
『霧』が出た日、若君は鳥居が塗りたての過去のxx神社を訪れ、目撃者はあの神社が廃墟となる未来へ行った。
吸血男は元は未来の住人で、今もまだ、彼にとっての過去であるこの京で迷子になっているのではないか?
xx神社は昔から不思議な事が起こる神聖な場所なのかもしれない。
そして人々が安易に迷い込まないようにxx神社があの場所に建てられたのかもしれないな」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
霧のでる日に過去へ行けたとして、戻ってこれても証拠が消される(例えばスマホのデータが消えたとか)なら『妄想』と切り捨てることもできますが、やっぱり不思議な現象があるって信じたいですよね~~~!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。




