久遠の社(くおんのやしろ) その3~竹丸、喀血と吐血の違いを知る~
長烏帽子大夫の屋敷は全体的に柱や床板が黒く変色してて古めかしい雰囲気だけど、腐った部分があるわけでもなく、キチンと刈り込まれた庭木とともに、こまめに手入れされてる印象のこざっぱりした屋敷。
さっそく東の対の奥の畳に通された若殿が屏風を背にして座り込むと、対面して円座に主である磯上どのが座り込んだ。
私は若殿の横の廊下近くに座り込む。
若殿がジッと磯上を見つめると、磯上はすぐに目を逸らし、廊下を見ては落ち着かない様子でソワソワしてる。
若殿が
「奥様が血をお吐きになったとか?
忙しいところをお邪魔して申し訳ありませんが、少しお尋ねしたいことがありまして。」
ハッ!と我に返った磯上が若殿に満面の愛想笑いを浮かべ
「いえいえっ!お気にならさらず。
持病ですから仕方ありません。
息子が産まれた直後からですから、病の床について、もう六年になります。」
ということは六歳の息子がいるのか。
持病で血を吐くのは慣れっこ?にしては『気もそぞろ』過ぎる!
明らかに廊下を何度もチラチラ気にして、誰かからの報告を待ってるみたい。
若殿が目を細め
「奥様の他にも誰かが血を吐くという症状がありませんでしたか?」
磯上はギクッ!としたように身を震わせ、胃のあたりの狩衣をギュッ!と握り
「あの・・・・それが、つい一週間ほど前、息子が口と手を赤くして帰ってきました。
さきほどの侍女・吉水が対応したそうなのですが、息子がいつの間にか屋敷の外へ遊びに出たらしく、口の周りと鼻まで真っ赤にして庭に現れた時には屋敷中の者がビックリしたそうでして・・・・。」
若殿がキラッ!と目を光らせ
「どこへ行ったのか若君に聞きましたか?」
磯上は頷き
「はい。それが、近所にあるxx神社で友達と遊んだというのです。
どこの子か名前は知らないらしいんですが。
血を吐いたのかと聞いても、血がどこでついたのかを聞いても『知らない』と言い張り、怯えるのです。」
xx神社っ!!??
吸血鬼に会って血をつけられたとかっ??!!
それとも一緒に血を啜った??
若殿が無言でゴソゴソと袂の中から扇を取り出し、唇に当ててジッと考え込んだ。
その間、磯上はまたソワソワしはじめ、胃のあたりをギュッと掴んでは撫でまわし、尻をモゾモゾさせ
「じ、実は、侍女の吉水も・・・・血、血を吐きましたっ!!」
若殿がジロッと見つめると、磯上は言いにくそうにモゴモゴと
「あれは確か、三日前?でしたか、夕餉のさい、膳に血を吐きまして、碗に一杯ほどはありましたか。」
そのあと、長い烏帽子からのぞくこめかみや後ろ頭を掻きむしり絶望したような声で
「あぁ~~~~っっ!!
我が家は呪われているのですっ!!
これも全て私のせいです!
何もかもっ!
私が間違っていたのですっっ!!
あぁ~~~~~っ!い、いったい、どうすればいいのでしょうっ!!?」
顔を手で覆い、肩を震わせ、泣いているように見える。
私も若殿も突然の愁嘆場に面食らい、顔を見合わせキョトンとする。
若殿が恐る恐る顔を覗き込み
「あなたが、いったい何をしたんですか?」
バッ!
と顔から手を離し、若殿を見つめた磯上が何か言おうと口を開きパクパクすると、突然、腹から何かが突き上げたように身体を痙攣させ、
「ゥゥオェッッ!!!ッゥオオェッッ!!」
と嘔吐しそうになり、急いで口を手でおおうと、
「ゥゥオ゛ェッッーーーーッッ!」
と手の中に何かを嘔吐した。
その手を開いて自分で見て驚愕の表情で
「ぅうぅぅ・・・・ついに、私まで呪われてしまった。
あぁ・・・・・・もう我が家は終わりだ・・・・。
愚かな・・・・私が愚かなことをしたせいで・・・・。
天がお怒りになったのだ・・・・・
あぁ・・・・・す、少し失礼して、横になりたいと思いますので。」
ヨロヨロと立ち上がろうとする磯上を支えようと若殿も立ち上がり近づいた。
磯上を支えながら廊下に出ると、侍女の吉水がやってきて
「まぁ!殿っ!どうなされたのですか?横におなりになる?さぁ、では、こちらへ!」
と若殿から磯上を受け取って、腕を支えながら主殿へ歩いていった。
若殿が東の対へ戻ってきて畳に座り込んだので
「磯上どのは何を吐いたんですか?
やっぱり『血』ですか?
呪われてるって言ってましたね?」
と聞くと若殿がウンとうなずくので勢い込んで
「じゃ吸血鬼の呪いですかっ??!!
奥様、若君、侍女、そして磯上どのまでっ!!
続けて血を吐くなんて・・・・!
あ、でも伝染病の可能性もありますね~~~。」
冷静になって考えてみる。
若殿が顎をさすりながら
「ふむ。伝染病か。
そうとも言い切れん。
泡の混じった赤い血を吐いたという事は、奥様の症状は胸の病からくる喀血だ。(*作者注1)
だが、磯上は胃からの出血である『吐血』だ。
血を吐いた手を見たが、黒褐色(*作者注2)だったからな。
少なくとも二人は同じ伝染病ではない。
だが、若君と侍女はどんな血を吐いたんだ?」
「う~~~ん。
若君は鼻血とか?
でも鼻血なら、怯える理由が分かりませんね。
あと侍女は『碗一杯の血を吐いた』なんて量が多いですけど、そんなに血を吐いたなら病が進行してそうですけど、元気そうに見えましたよね~~~?
無理して元気に見せかけてるんですかね?」
若殿が脇息にもたれかかり、トントンと扇で自分の顎を叩きながらジッと考え込む。
私もウトウトしながら考えてるフリしてると、廊下に吉水が姿を見せ
「あの、主もあのようなことになり、その、これ以上ここにご滞在になられても、私どもも困りますのでそろそろ・・・・」
と『ブブ漬け召し上がりますか?』的な事を言われたので、立ち上がってお暇するかと思ったのに、若殿は目の前を扇で指し示し、吉水に向かって
「そこに座ってください。聞きたいことがあります。」
吉水は渋々な表情で座り込んだ。
若殿が眉を上げ
「一週間前に若君が血をつけて帰ってきたとき、どう思いましたか?」
と曖昧な質問。
(その4へつづく)
(*作者注1:気管、気管支、肺などの呼吸器系から出血し、咳とともに血が出ることを指し、鮮紅色で、泡や痰が混ざることが特徴だそうです。)
(*作者注2:胃酸と血が混ざるので消化管出血は黒褐色になるそうです)




