久遠の社(くおんのやしろ) その2~竹丸、長烏帽子大夫に会う~
「はいっ!」
私はいい返事をして、日諸妓と若殿が渡殿を渡って拝殿の妻戸を開け、中に入っていくのを見て、すばやく草履をはいて社務所の北側を調査する。
社務所の西側をチラッと見ると、拝殿から北側にかけて、板塀でぐるりと囲ってある。
普通の神社の造りから推測するに、外から見えないように本殿を板塀で囲ってあるのだと思う。
本殿は神様の居場所なので、『外から丸見え』は都合が悪いんだろう。
社務所の北側には、枯れた雑草に混じって部分的に土が耕してある場所があって、そこには大根や小松菜?など何かの菜っぱ類、芹や蕪などの野菜が栽培されていた。
神社って神聖な場所のハズ?なのにこんなことしていいの?と生活感にちょっと違和感。
家庭菜園の北側は木々が茂る『林』が続いてる。
南側の林の入り口方向の開けた場所には、枯れた雑草が茂るほかには特に何もないし、土を掘り返した形跡もない。
西側はやっぱり林が続いてるし。
大した調査結果もないまま、拝殿から出てきた若殿と合流した。
若殿が
「おっしゃる通り、拝殿に事件の形跡はありませんでしたね。
お騒がせして申し訳ありませんでした。
では失礼します。
竹丸、行こう」
日諸妓に会釈して、私を小突き、帰り道方向へ歩くように促した。
歩きかけると、若殿が思い出したように振り返り、神主の日諸妓に
「この神社に『歩き巫女』を宿泊させることはありますか?」
日諸妓は愛想のよい笑顔を浮かべたままウンウンと頷き
「ええ。もちろんです。
傀儡など諸国をまわる旅芸人たちが宿に困ることがあればいつでも社務所に泊めています。
中でも『歩き巫女』(*作者注1)は神の依り代ですからね。
無下に扱うわけにはいきません。」
若殿も
「そうですか。いろいろとお手数かけました。ではこれで。」
と笑顔で頷き別れた。
林を出て、北へ向かう帰り道をトボトボ歩きながら神社の様子を報告し、
「結局、目撃者は嘘ついてたってことですか?
廃墟も無かったし、血痕もなかったし!?」
口をとがらせると、若殿も険しい表情で『う~~~ん』と唸った。
年季が入った黒ずんだ板塀で囲まれた屋敷に差し掛かると、急に門から一人の男が飛び出してきて、若殿にぶつかりかけた。
寸前で若殿が立ち止まり、その雑色姿の男にぶつからずにすんだ。
雑色が若殿と顔を見合わせ慌てたように
「あっ!すいませんっ!!
急いでたものでっ!
そ、その、奥様がっ!口から血を流してっ!!
医師を呼びに行かなくてはならなくてっっ!!」
門から今度は女性が一人出てきてその雑色に
「葛丸っ!先生の家は反対方向よっ!
全くっ!そそっかしいわねっ!」
と苛立ったように呼びかけると、雑色は慌てて、逆方向へ走り出した。
『口から血を流す女』??
『口の周りを血に染めた吸血男』と何か関係あるの?!
ドキドキしながらチラ見すると、若殿も気になったのか、門から出てきた女性に遠慮がちに
「失礼ですが、奥様の具合が悪いんですか?
私は弾正台の役人です。
医師が到着するまでに何かできることがあるかもしれない。
どのような症状ですか?」
全くの赤の他人に話しかけられた女性は三十代半ばぐらいのぽっちゃりした頬と吊り上がった目が特徴的な人。
警戒した横目で若殿を見つつ、
「はぁ・・・・・。
奥様はもう長い間、胸を患っておられて、ここ数年は一日の大半を床に臥しておられます。
先ほどの昼餉を召し上がった直後、激しく咳込み、赤い泡の混じった血を吐かれました。
殿はご心配になり、雑色に医師を呼びに行かせました。」
若殿は腕を組んで顎に指を添え
「そうですか。
つかぬ事を聞きますが、同じ昼餉を食べた人の中に同様の症状の人は?」
女性はあからさまに嫌そうな表情で
「あのぉ、仕事がありますので、これで失礼します」
と門の中に入ろうとしたのを
「あっ!お待ちを!
磯上どのに面会したいと伝えてください。
私は藤原時平と言うものです!」
慌てて言付けると、女性は驚いたように若殿を二度見し、怪訝な表情で頷き門の中に入った。
アレ?と気になったので
「磯上どの?って、ここは知り合いの家だったんですか?」
若殿がウンと頷き
「そうだ。
ここは『長烏帽子大夫』という名で有名な五位官人の屋敷だ。」
は?
キョトンとしてると、若殿が肩をすくめ
「彼は背丈に合わない長い立烏帽子をかぶってるので、『烏帽子が歩いてるように見える』と冷やかされ、そんなあだ名をつけられたんだ。
人当たりがよく、口が達者で上司に取り入るのが上手く、昨年、六位から五位の官人に出世したのを嫉んだ下流貴族達がつけたようだ。」
なるほどっ!
でも烏帽子が長すぎると、髷に結んであるとはいえ、何かの下をくぐるときに引っかかって烏帽子が脱げそうになって大変なのでは?
人前で烏帽子が脱げると、下半身露出と同じくらい恥ずかしい・・・・・らしい。
っておかしくないっ??!!
私はまだ童だから束ね髪で頭部むき出しだけどっ??!!
下半身むき出してるようなものっっ??!!
いや、さすがにそれはないでしょっ?!
心中穏やかならず、『常識』にツッコミをいれてると、顔の五倍?六倍?ぐらいはありそうな長さの立烏帽子をかぶった狩衣姿の背の低い男性が小走りでやってきて
「いや~~~!頭中将さまっ!!
これはこれはっ!侍女が失礼しましたっ!
さ~~~ぁどうぞっ!お入り下さい!
狭苦しいお見苦しいところですがっ!
さぁっどうぞどうぞっ!」
と長烏帽子大夫こと磯上が屋敷内に案内してくれた。
(その3へつづく)
(*作者注1:特定の神社に属さず、村々を渡り歩きながら祈祷、託宣(神のお告げ)、口寄せ(降霊)などを行う女性たち)




