久遠の社(くおんのやしろ) その1~竹丸、吸血鬼の出没地点へ出かける~
【あらすじ:『神社の廃墟に吸血鬼が現れた!』と弾正台に通報があったのを、聞きつけた時平さまが調査に出かけるというのでお伴した。
いにしえからそこに生きる古木たちに守られた聖域!の神社は『空気感が違う』とか言うけれどそれも納得。
その付近にあるちょっとした有名五位官人のお屋敷では口から血を吐く怪現象が相次いでるから大騒ぎ。
私は今日も不思議な世界に迷い込む、ことに憧れる!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりで、好奇心と食への執着がちょっとだけ強い男子だ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本随一の『権勢』と『色好み』を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従・・・じゃなくて従者である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、理性のタガが外れて焦り散らかし、せっかくの雰囲気美男子が台無し!
従者としては、からかい甲斐があるから、真面目一徹の主よりはマシ?
今回は、確かに『血』って栄養豊富ですよね!というお話・・・・でもない気がします。
火鉢のそばを少しでも離れようものなら、不機嫌になりそうなほど寒いある午後のこと。
昼餉を食べ終えた若殿が、侍所で火鉢にくっついてた私に声をかけた。
「これから吸血鬼が出たというxx神社を調査しに行くが、一緒に行くか?」
吸血鬼??!!
角をはやした真っ赤な鬼が、牙をむき出しにして私に襲い掛かり、頸に咬みつく姿を想像し
ブルッ!!
背筋が寒くなった。
怖っっ!!!
だけど見てみたいっ!!
『好奇心』対『恐怖心』の戦いは、わずかに『好奇心』に軍配があがり
「行きますっ!!でも、もし襲われたら守ってくださいよっ!!私を宇多帝の姫だと思ってっ!!」
若殿は口の端をピクピク引きつらせ、苦笑いして頷き、二人でxx神社へ出かけることになった。
右京の五条よりさらに南にある、貴族の邸宅もなく、庶民の長屋すらまばらな、寂れた地域にxx神社はあるという。
ススキや葦などの丈の高い枯れ草が一面を覆う野原が続くなか、トボトボと路を歩いてると、こんもりと木が茂る小さな林が現れた。
小さな林の、背の高さも種類もまちまちの古木の列の切れ目に、枯れ葉を踏み分けたような細い道ができていて、その先に古びた鳥居と、さらにその奥に石段と神社の拝殿が見えた。
「ここがxx神社だな。」
そう言って若殿はカサカサと落ち葉を踏んで、神社に続く林に入る。
落葉して枝だけの木もあるけれど、葉っぱが黒くて鬱蒼と茂る林の中は何となく薄暗い。
ほんのり怖くなり
「ここで吸血鬼を見た人がいるんですか?」
サクサク歩く若殿に遅れないよう小走りでついていった。
「霧が出た夜、通りかかった目撃者が、フラフラとこの林の中から現れ出た立烏帽子・狩衣姿の男を見たそうだ。
酒に酔ったように歩き方がおぼつかないので、不審に思い顔をよく見ると、口の周りに血がベッタリとついていたそうだ。」
「ひぇっっ!!だから吸血鬼っ??!!誰かの血を吸ったあとだったんですねっ!?」
若殿がウンと頷き
「気になってこの林の中に入り、神社の拝殿にたどり着いたそうだが、屋根が崩れ落ち柱もボロボロに朽ちた廃墟だったそうだ。
廃墟となった拝殿の床板に、手のひらぐらいの大きさの血痕が残っていたのを見たと。
自分が見た狩衣姿の男が吸血鬼で、誰かを襲ったのかもしれないと怖くなり、翌朝、弾正台に通報したそうだ。」
「う~~~ん、夜は真っ暗なのによく血痕が見えましたよね?
いつのことなんですか?霧が出た月夜なんですかね?」
「巌谷の言うには通報があったのは三日前だそうだ。
その前夜は確かに月が明るい夜だったな。
霧が出ていたかどうかは不明だが。」
少し歩くと、本来鮮やかな朱色だったのがくすんで、ところどころ朱色の塗料が剥げ落ち、白っぽい木がむき出しになった状態の鳥居にたどり着いた。
私の目線の下あたりに、朱色の塗料がちょうど手形のように剥げ落ちた部分もあった。
鳥居をくぐってまた道を少し歩き、途中、苔むした石段をのぼりその奥にある拝殿にたどり着いた。
拝殿は鳥居ほど古びてなくて、格子や庇や柱や梁の色は柿渋の茶褐色が鮮やかだし、屋根の茅も朽ちてる部分は見えないのでまだ新しそう。
周囲は木々に囲まれて、方向感覚を失いそうになるくらい、異世界感が強い。
拝殿から少し離れた場所に、高床の渡殿でつながった社務所?と思われる建物があった。
拝殿と同様に社務所は東西に長い母屋と庇がある高床の建物で、拝殿と同じく格子が降りて締め切ってて、壁代(*作者注1)もかけてあるので中が見えない。
若殿が社務所の南側の沓脱から階段を上がり、廊下に立って閉じた格子の中へ向かって
「ごめんください。弾正台の者ですが。」
と話しかけた。
格子の向こうで誰かが反応する気配があった。
人が出てくるのを待つ間に、若殿に
「拝殿もここも全然廃墟じゃないですね!
目撃者は別の神社と間違えたのでは?」
若殿が腕を組み、顎に指を添えフム!と唸り
「あり得るな。
だがxx神社は他にはないが。」
バタン!
と東側の妻戸が開き、白の単に紫の指貫・短い立烏帽子を身に着けた白髪の男性が現れた。
私たちに気づき顔を皺だらけにして微笑み
「はい、何の御用でしょう?私は神主の日諸妓です。」
見るからにいい人そう。
若殿が柔らかい表情で
「四日前の夜、この神社から怪しい男が出てきて、拝殿を調べると血痕があったと弾正台に訴えた人がいるんです。
事実かどうか調べに来ました。」
と説明すると、日諸妓は眉をひそめ眉間に皺をたくさん作り
「おかしいですね?四日前の夜に拝殿に立ち入った人はいないと思います。
私は社務所で寝泊まりしているので、血痕を残すほどの騒ぎがあれば気づくはずですし、毎日拝殿に入っておりますが血痕を見ていません。」
若殿が険しい表情で頷き
「そうですか。
ですが一応、拝殿の床を確認させてもらえませんか?
上司に報告しなければならないので。」
そう言うと、日諸妓が頷き
「わかりました。
では、参りましょうか。
燭台をもって参りますので、渡殿でお待ちください。」
そう言って立ち上がり、社務所の母屋の中に入っていった。
若殿が私に
「拝殿は私が調べる。
その間、お前はこの神社に怪しいところが無いか調べてくれ」
(その2へつづく)
(*作者注1:壁の代わりに視線や寒さを遮るために用いられた布)




