欠如の道理(けつじょのどうり) その5~竹丸、理解の難しさを知る~
えぇっっ???!!!
その貝殻って宇多帝の姫が『宝物』をコソッと若殿の袖に入れて『兄さまは私のものよっ!』って印づけしてるやつでしょっ??!!
ずっと枕元に死神が出てたのっ??
怖っっ!!!
早く捨てればよかったのにっ!!
久万が貝殻を手に取りチラ見して若殿に返し
「そうですか。川には悪霊が住みついてるからね。
まぁいいでしょ。
食事会が終わるまで待っててくれれば話を聞きましょう。」
はぁ??!!『食事会が終わるまで』ってことは、まだ帰る気はないのねっ!!
ひえっっ!
近くにいてもし呪物に祟られたらどーーするのっっ!!
怖くて震えだしそうなのを必死で我慢して、輪状に座る呪物収集家たちから少し外れた後ろに座りこむ若殿の隣に控える。
呪物収集家たちの目の前に酒瓶つきの膳が運ばれた。
気にしてチラチラと見るので若殿が
「どうぞ、私のことは無視していつものようにお食事してください。
最後にご意見を頂ければありがたいので、それまではここで静かにお待ちします。」
呪物収集家たちは最初こそ若殿に気を使いながら小声で会話してたが、酒が回るにつれドンドン大声であけすけな内容の話を始めた。
久万が満面の笑みにご機嫌な声で
「いや~~~~!今日の会も大成功でしたね!皆さんお上手でした!」
僧侶の茶網が大きな口を開けてガハハ!と笑い
「そうですな!近頃は熱狂的な呪物愛好家がますます増えましたな!
呪いをすっかり信じ切ってしまって失神までするとはねぇ!
そういえば失神した人々はどうですか?
回復しましたか?」
膳や酒を運んでいた雑色に話しかけると、雑色が
「はい。塗籠でしばらく休んでおられましたが、目覚めた方からお帰りになりました。」
茶網は坊主頭をグルリと撫でまわし
「彼らはいつも客としてくる人たちですね?顔に見覚えがあります。」
青年・峨楽がウンと同意し
「やっぱりそうですか!
僕も見たことがある気がしてました。
毎回入場料を払って見に来てくれるなんてありがたいですね。」
『翡翠数珠の漏刻助手の話!』の中年男性の斗恩がニヤッ!とタレ目の端をもっと下げて含み笑いして
「ええ、毎回来るのは当然です。
入場料はこちらが払ってるんですから。
彼らはここに来て、幻を見聞きし、失神するだけでタダでこの会を見物できるんです。
呪物・怪談の熱狂的崇拝者なら喜んで協力する。
そうでしょ?ねぇ、久万さん?」
久万がギクッ!としたように一瞬身じろぎしたが、すぐにくつろいだ笑顔になり
「はははっ!バレてましたか!?
斗恩さんにはお見通しですね。
同じ穴の狢といったところですかな?」
はぁっ??!!
霊を見たとか失神ってウソなのっ?!演技なのっっ!!??
全員サクラっ??!!
若殿の袖をクイクイ引っ張り、久万たちに聞こえないぐらい小声で
「失神や幽霊騒ぎがヤラセなら呪物やそれにまつわる怪談も嘘でしょうか?
信じてビビッて損しましたっ!!」
と鼻息を荒くする。
若殿がフン!と鼻で笑って立ち上がり、久万たちの輪の真ん中にドシドシと踏み込んだ。
輪の真ん中に立った若殿が呪物収集家の四人を均等に見回し
「突然お邪魔して申し訳ありませんが、失礼を承知でお話させていただきます。」
久万が迷惑そうに眉根を寄せ
「何ですか?呪物の相談は後で聞いてあげると言ってるのに!」
舌打ちせんばかりに吐き捨てた。
若殿が呆れたように肩をすくめ
「偽の呪物と嘘の怪談で人々を集め銭を巻き上げるのは構わない。
客が楽しめるなら出し物は人形芝居でも嘘の物語でも何でもいいからな。
だが誤った情報を世に流布することは許さん!
特に朝廷に関わる情報はなっ!」
斗恩と真正面から向き合い睨み付けた。
斗恩がビクッと全身を震わせたが、怒りで顔を真っ赤にして若殿を睨み返し
「何様のつもりだ!この若造がっ!!オレがいつ偽の情報を流したっていうんだっ!」
若殿は斗恩を睨み付けたまま
「陰陽寮の『漏刻助手』が事故で死んだ話は全部作り話だな?
しかも聞きなれない専門用語や説明で煙に巻き、逐一詳細に語ることで嘘を事実だと信じさせるという質の悪い方法で、『知識や教養・合理的知性を欠く客』を騙そうとしたなっ!!」
斗恩の目がウロウロオドオドと泳ぐ。
「な、何のことだっ!『漏刻』での事故の何が嘘だというんだ!」
若殿がふぅっとため息をつき、背筋を伸ばし、全員を見渡すと
「陰陽寮に『漏刻』という時を計る装置があるのは事実だ。
だが、
『水槽の中の水は水位(水面から穴までの高さ)が一定なら、穴から一定の速さで落ちる』
のを利用して『漏刻』が時間を計ることを知っていれば、装置を見たことが無くても形の想像はつく。
そもそも『漏刻』の水槽は人の全身が入るほど大きくはない。
せいぜい顔が浸かる程度だ。
四段の階段状に並べた密閉されていない水槽のうち、最下段が洪水で溢れたとしてもそれ以上逆流するはずはない。
斗恩によると『排水効率を上げるために設計された隠し管』があるというが、最下段の水槽の排水効率を上げる必要がどこにある?
管に塵が詰まったとしても『本来開けてはいけない高低差の大きい水槽同士をつなぐ狭い迂回管』とやらに何の意味がある?
水槽が四段になっている理由は、『浮きを浮かべた最下段の水槽(*作者注1)』に注ぐ水槽の水位を一定にするために、その上の水槽から一段ずつ水をゆっくりと注ぐためだ。
高低差の大きい水槽同士をつないでしまえば無意味。
水槽をつなぐ管の太さも腕が入るほど太くはないし、最上段の水槽には空になる前に人が水を桶で入れなければならないので、配管に数十石(数トン)の水による力がかかるはずがない。
そして水が落ちる速さを利用するだけなので、『漏刻』の水槽を大きくする必要はない。
確かに水槽を大きくし水量が増えれば水位が安定し精度は上がるが、それをする労力に見合わない。
つまり、
『痛ましい事故が起こった』
と魅力的な作り話をでっちあげ、
『精緻な体制・機構を維持するためには、時に人間がその歯車に殺されても致し方ない』
と諦観めいた言葉を吐きたいがために、『漏刻』を無意味に大規模な装置と想定し、不合理な配管の存在を想定し、不合理な水の力を想定して詳細な説明により現実味を持たせ、『知識や教養・合理的知性を欠く人々』を意図的に騙そうとした。
もし
『漏刻でこのような痛ましい事故が起きたのに朝廷はそれを人々から隠した!』
と洛中の人々が信じればどうなる?
朝廷に不信・不満をもち、反抗的な人々が増え社会が混乱するだろう。
事実ならまだしも、『知識や教養・合理的知性を欠く』というだけで本人に悪気はなく嘘を信じ込んでしまう人々がもしも朝廷に逆らい犯罪者になってしまったら、お前の罪は重いぞ!」
睨み付けると、斗恩はオドオドと目を逸らした。
若殿の怒りは十分伝わったが、内容は・・・・七割ぐらいは理解できたかな?
つまり『漏刻で人が死ぬ事故』は起こりえないってことね?
『スゴイッ!!』って感心して損したっ!!
・・・・でも今もどこかで何のためかすら理解できない巨大装置が動いてて、それの不具合のせいで人々が酷い目に合う!ってありそうだけど?
分かってる人がこまめに説明してくれないと!いつか大惨事になった時に困るかもっ!!
え?自分で勉強しろって?!
だってぇ~~~!めんどくさいし、独学にも限界があるでしょっ!!
まぁ、できるだけ頑張る!ことにする。
呪物収集家たちは『人々を騙して銭を巻き上げた』といっても、『怪談』と『呪物』という見世物の対価としての銭なので、若殿は弾正台に通報しなかった。
帰り道、超常現象や怪奇伝説、鬼や幽霊、妖怪や式神、呪いやお清め、といった根拠も再現性もないけど常々『ホントにあればいいな~~!』と夢想する不思議な出来事に熱狂する人たちに、親近感がわいた私が
「『呪物の会』にもっと参加しようかと思うんですけど・・・・。
気の合う人たちとワイワイするのって楽しいですよね~~!
どう思います?」
話しかけると、若殿は空を見上げ、黒い雲の広がる隙間から差し込む、橙色の夕日に目を細め
「同じ思想・趣味嗜好の人々の中でぬくぬくと肯定という泡に包まれ、同意の反響だけを聞き続けることは快適だしときには快感かもしれない。
だが、すぐに別の景色が見たくなりそこから抜け出し、たとえ孤独でも先へ進みたくなる。
私はそういう性分だ。」
と呟いた。
(*作者注1:最下段の水槽の水位の上昇で時を計る)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『巨大装置・漏刻で事故死』のお話はグーグルAIに「平安時代のトリック考えて!」と注文した結果です。
できるだけリアルにして!と言ったのに、とんでもない設定を出してきて、あまりにもヒドイのでネタにさせていただきました。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。




