欠如の道理(けつじょのどうり) その2~竹丸、呪物に魅入られ魂が抜けそうになる~
赤子ぐらいの大きさの木彫りの人形は下げ角髪の童の、まわしをしめた裸の、両肩の関節が動くようにしてあり、片足が長くて棒状で、そこを持って操る『傀儡』だった。
腕や腰や顔や腿の白い塗料が部分的に剥げ落ち、ところどころ煤黒く汚れてる、年季の入った木偶。
大きく見開かれた無表情な目や、一部分が欠けた鼻、色落ちした赤い唇で笑ってる顔が、一瞬、腐りかけた子供の死体のように見えて薄気味悪い。
傀儡師に操られているときは魂が入り、現実の童のように活き活きしてるのかもしれない!と想像すると、それはそれでもっと気味が悪くなった。
『自分が死んだことに気づかないままゆっくりと朽果てていく人のような形をした何か』
だと思うと、背筋が寒くなった。
ふと妙な妄想が頭に浮かんだ。
もしかして、今、元気に動いてるこの私は、実は誰かに『操られてる最中の木偶』であって、その誰かが操るのをやめれば魂が抜け出して、この傀儡のようにただの木彫りの人形になるのかもしれない。
どこにでも放り出されて、自分の体が腐りかけてるのに気づかないまま放置され朽果てるのかもしれない!と思うと、『生きる』ってどういうこと?とワケが分からなくなった。
観客からも
「わぁっ・・・・」
「怖い・・・・・」
というざわめきがあり、その傀儡を手に持つ僧侶だけが平然として客を見渡しゆっくりと話し始めた。
「この子の最初の持ち主は、各地を旅して寺社や市で人形芝居を見せる旅芸人集団・傀儡子の一員でした。」
話す僧侶自身も、細い目からのぞく光りのない無表情な黒い瞳は木偶のようで生気がなかった。
抱き上げた傀儡を膝の上に座らせるように乗せ、僧侶が続ける。
「あるときある神社での人形芝居の最中、人形舞台を覆う幕に、何かの拍子に灯明の火が燃え移った。
あっという間に周囲に火が燃え広がり神舞殿全体が焼け落ちたにもかかわらず、なぜかこの傀儡だけは身に着けていた衣の端が少し焦げただけで焼け残った。
最初の持ち主はそれを気味悪がり、別の傀儡師にこの子を譲り渡してしまった。
二番目の持ち主は、この子の不思議な魅力に取りつかれ、美しい絹で仕立てた水干やら袴やら単やら豪華な衣装を数十着も作っては着せ、作っては着せし、まるで我が子のように可愛がっていた。
当然、懐は寂しくなり、生活も立ち行かなくなったその傀儡師は借金を繰り返してはこの子を飾り立てる資金につぎ込み、ついには銭を返さないことに腹を立てた借金取りに殺されてしまった。」
僧侶は細い目を大きく開き、客を見渡すと、客は息をのんで見つめ返した。
僧侶が続ける。
「そして三番目の持ち主である借金取りの番がきた。
借金取りはこの子や数十着の衣装のうち売れるものは何でも売ろうとしたが、なかなか値がつかない。
傀儡師たちに売ろうとしてもこの子を不吉に思い始めた人々はこの子を『タダ』でも引き取ろうとしなかった。
そうこうするうちに借金取りの様子がおかしくなってきた。
周囲の人々が話しかけても何も応えず、この子を見つめて一日中ボンヤリ座ってることが多くなった。
そのうち虚ろな目をしてこの傀儡に話しかける姿を、大勢が見かけるようになった。
一方的に話してる風じゃなく、まるで会話してるようだったという。」
へぇ~~~!
付喪神??と会話してるの?
それとも人形が応えてくれてると妄想してるだけ?
僧侶がまた少し間をとり、客の様子をうかがい、静かに続ける。
「まるで愛しい我が子に話しかけるように優しい声音、優しい口調で、以前の荒々しい乱暴者の借金取りとは別人のようだった。
そうしてるうちに魂が抜けたように飲まず食わずになり、やせ細り、ある日、餓死した状態の彼を彼の友人が発見した。」
ひえっっ!!!
餓死っっ??!!
一番イヤな死に方っっ!!
ゾッとしてると、僧侶の隣に座っていた久万が話に加わった。
「で、その子はどういう経緯で茶網さんのところへ来たんですか?」
僧侶はずっとその傀儡を膝に抱いて話していたが、下げ角髪の頭を撫でながら
「借金取りの死体を発見した男が私に何とかしてほしいと持ってきたのです。
魂の安寧を願ってお経を読み線香をあげましたが、燃やしてしまうには忍びなくてね。
私もこの子に毎日話しかけているうちに、だんだん可愛くて仕方がなく思えてきましてね。」
ひえっっ!!!
憑りつかれてるっ??!!
捕り殺されてしまうのではっ??!!
客たちは息をのみ黙り込んでいる。
久万が会場全体の緊張した雰囲気をどうにかして解きほぐそうと愛想笑いしながら
「では茶網さんにはこの子と会話できるようになったら、なぜ以前の持ち主二人が死ぬことになったのかの理由を、ぜひとも聞いてもらって、それだけは茶網さんが死ぬ前に教えてくださいね。」
軽い毒のある冗談で会場全体がホッとしたように笑い、張り詰めた空気が和んだ。
久万が二人目の水干・束ね髪・立て烏帽子姿の青年を紹介すると、その青年・峨楽はある貴族から購入したという『人骨を彫刻して作った仏像』を見せながら話した。
貴族は愛する妻を亡くしたが、離れがたく、いつもそばに妻を感じたいと埋葬して白骨になったのを見計らって掘り出し、その骨で仏師に仏像を彫ってもらったという。
それを身に着けていると夜は悪夢にうなされ昼は妻の姿の幻覚を見るようになり、気が狂いそうになったので峨楽に売ったという。
まぁまぁこの話も怖いっちゃ怖かったが、自業自得?な気もする。
私が一番恐怖を感じたのは三人目の斗恩という中年男性の話。
(その3へつづく)




