醜女の絵解き(しこめのえとき) その1~藤原三兄弟の個性がでる~
【あらすじ:時平様と弟君方が寝起きする曹司に、気味の悪い絵が描かれてる絵巻物が、気づかぬうちにいつの間にか置かれてた。一体誰が、何のために置いたの?時平様を呪う呪物?それとも単なる贈り物?理不尽なことをして強い恨みを買わないように、私は今日も四方八方、細心の注意を払って行動する!!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、現代の新興企業のCEOは石長比売だけは絶対、手離さないでしょうね!というお話?・・・・でもない気がします。
夏との勢力争いに勝利した秋が、早くも空一面に灰色の雲を広げ、過ごしやすい秋晴れではなく冬の陰気な雰囲気を醸し出してる、そんなある日のこと。
朝政から関白邸に帰宅したばかりの若殿に、曹司のある西の対へ呼び出された。
西の対は関白殿の御子息たちが母屋を衝立や屏風や几帳で区切って、各々の曹司として寝起きしてる。
西の対に呼び出された私は、御簾を押して母屋の中に入ってすぐの共有の空間でつっ立ってる若殿に
「何の用ですか?宇多帝の姫に会いに行くんですか?昨日行ったばっかりですけど?」
私の冷やかしを完全無視して平然と
「ああ。これが解決したらな。この巻物を見てみろ。」
と筒状に丸めた薄い灰色の紙を渡された。
紙が灰色なのは、一度使用した古紙を漉き返して再利用する薄墨紙だから。
亡くなった人が生前に書いた文などを漉き直して写経を行うことで供養するためにも使われる。
筒状に丸まってる紙を開くと、墨の濃淡で絵が描いてあった。
クルクルと巻紙をほどくと、最初に見えた場面は、狩衣姿の男性貴族とその横に単・袿姿の、たくさんの花で髪を飾った美しい女性が並んで立つ姿。
二人が見つめる視線の先には、地獄絵図の餓鬼のように干からびた体の、抜け落ちて疎らになった長い髪の、それでも単・袿を着てる女性の姿。
その醜い女性はカクカクとした線で描かれてるけど他の人物はグニャグニャの線だったりする。
「何の絵ですか?硬そうな感じ?に描かれてる、この鬼のような女性は石になったという意味ですかね?」
若殿が頷き
「まだ続きがあるぞ」
巻紙をさらに開くと、次の場面は小屋全体に火がついてて、その中に髪に花を飾ったさっきの女性の顔があり、苦悶の表情を浮かべてる。
「う~~ん、さっきの美女が火事に巻き込まれて苦しんでるってことですか?」
「最後の場面も見てみろ」
巻紙を端まで開くと、さっきの狩衣姿の男性貴族の肌が薄墨で青黒く塗られて疫病か何かに侵された病人のように描かれていて、腕を上に伸ばし苦しそうな顔で、口を開け何かを叫びながら横たわってる。
うわ~~~~!
怖いなぁ~~~!
気味が悪くて思わず
「全体的に暗い雰囲気の恨みのこもったような陰湿な絵ですよね~~。
色が白と黒だけの墨絵なのも、紙が薄墨紙なのも、まがまがしい感じを増幅させてますよね~~!
何のお話の絵巻物ですか?」
若殿は首を横に振り
「わからん。
さっき帰ってきたらここに置いてあった。
誰がいつ何のためにここに置いたのかすらわからない。」
ちょうどそこへ次郎(藤原仲平)さまが帰ってきた。
若殿はなぜか素早くその絵巻物を袖の中に隠し、何事もなかったかのように
「次郎、ここに置いてあった絵巻物を知らないか?大事なものなんだ」
と意味不明の質問をする。
次郎さまは思い出すようにこめかみに扇を当て
「ええっと、見たような気がします。
あれは、昨夜だったかな?
絵巻物かどうかは知りませんが、棒状の何かがあったような・・・・でもハッキリとは覚えてません。
もういいですか?
友人と出かけるので着替えたいんですが。」
のほほんと言ってのけた。
十五歳で元服前なのに、殿上童としてあがった宮中で伊勢と浮名を流したり、陽キャの友達と毎日遊び歩いて勉学も鍛錬も疎かがちな次郎さまでも、親の七光りで従五位は約束されてる。
一流貴族は人生『勝ち確!』だなぁ・・・・うらやましい。
若殿は次に、四郎(藤原忠平)さまの曹司へ近づいて隙間から覗き、中にいなかったのか
「竹丸、四郎はどこだ?探してきてくれ!」
というので私は真っ先に北の対に行ってみた。
大奥様のそばで絵巻物を何本も広げ、寝っ転がって夢中で見てる四郎さまを見つけると、太郎さまが呼んでると伝えた。
九歳の四郎さまは私とほぼ同い年だけど、主家の子息なので当たり前だが上から目線だし、人を食ったようなところがあるので油断できない。
いい意味で『目端の利く』人。
私にとっては『心を開いて打ち解けた友人になりたい!』タイプの人じゃないし、『従者として心酔する!』ってタイプの人でもない。
若殿のように可愛らしい弱点もないし。
四郎さまを連れて戻ると、若殿が早速質問する。
「四郎、ここに置いてあった絵巻物を見なかったか?私の大事なものなんだ。」
四郎さまは若殿の顔色を窺うようにジッと見つめ、ウウンと首を横に振った。
「見てません!」
若殿が怪訝な表情を浮かべ
「おかしいな。
次郎は昨夜ここに置いてあるのを見たと言ってたが。
困ったな、大事な女子に贈るためにわざわざ用意したんだが・・・・」
四郎さまが好奇心に目を輝かせニカッ!と笑顔になり
「兄上っ!それはやめた方がいいですっ!あんなのを贈れば嫌われますよっ!!縁起が悪いって!」
若殿は眉をひそめ睨み付け
「やっぱり見たんだなっ!
いつから置いてあったかわかるか?」
(その2へつづく)