白秋の裸赤竜(はくしゅうのはだかみみず) その2~竹丸、オトナの趣味の奥深さを知る~
ひえっっ!!!
痛さを想像して、ビビりつつもよく見ると、確かに小指が節ひとつ分ぐらい短いように見える。
若殿が賭柄夢に鋭い視線を投げつけ、すかさず
「乳首や小指はどこで切断したんですか?ここですか?
切断に使った刃物はどうしましたか?」
賭柄夢は首を横に振り
「いいえ、ここじゃありません。
僕の実家は造り酒屋なんですが、屋敷が広いし、会うのはいつも僕の実家です。
切断したときは朱夏が僕の曹司に遊びに来てるときでした。
ここはいつもは傀儡子の座員が寝泊まりしてるので落ち着かず、来たのは今日が初めてです。
切断に使った刀子は僕のものでしたが、斧は彼女が持ってきて持って帰ったものです!
この掘っ立て小屋の、小道具置き場?かどこかにあります!きっと!」
巌谷が若殿と顔を見合わせ、ウンと頷くと御簾の中に入った。
家探ししてる模様。
泣きそうな顔で真っ青になって、石のように硬直して棒立ちになってる朱夏を、恐る恐るチラ見しながら、
はぁ~~~~~。
人は見かけによらないもんだなぁ~~~!
朱夏は庶民が着るにしてはちょっと派手な桃色花模様の小袖に、黄檗色の褶(腰布)を着け、長い髪を後ろで束ねている。
一見大人しそうに見えるけど、よく見ると豊満で黒髪もツヤツヤで色っぽい、他人に命令するのが好きな『女王様!!』って感じだし、ハキハキしてるところも知的で頼りになる、虐げられたくなる(?)ような美女。
そんな人に『よこせっ!さもないと別れるぞっ!』なんて命令されれば、うっかり『ハイッ!女王様の仰せのままにっ!指でも乳首でも何でも差し上げますっ!』って言いたくなるっ!!
・・・・・って本当か?!!
少なくとも、私は痛がりで怖がりなので、そんなことはしないけどっっ!!絶対っ!!?おそらくっ?!た、多分っ?しないと思う・・・・・自信なくなってきた。
賭柄夢は見た目でもわかるくらい気が弱そうな『造り酒屋の坊ちゃん』って感じだし、朱夏は芝居・興行で人前に出て踊ったり演技したりするのが平気なイケイケ美女だし、上下関係はきっと一方的なんだろうな~~~!!
考察しつつ観察してると、若殿が朱夏に
「賭柄夢の言ってることは本当ですか?」
朱夏は首を横に振り、震える声で
「ぜ、全部嘘ですっ!あんなこと何も言ってません!
彼が勝手に自分でやったんですっ!
なのに、なぜあんな嘘をっ!!」
う~~~~ん。
どっちが嘘ついてるの?
『助けて!』って逃げてきたのは朱夏の方だし、『殴られた!』って賭柄夢は顔面を腫らしてるし、どっちが本当なの?
賭柄夢の話では朱夏は狂暴な加虐嗜好者ってこと?
それとも賭柄夢が嘘ついてるだけ?
何のために?
賭柄夢が別れたいなら朱夏は別れたがってるように見えるから、同意すればいいのに?!
裏では『別れたら殺す!』って朱夏に脅迫されてるの?
真相を確かめるためには証拠が必要だなぁ。
若殿は朱夏と賭柄夢を交互に観察しながら、巌谷が家探しを終えて出てくるのを待っているようだった。
巌谷が御簾の中から、蓋つきの小さい瓶を片手に、もう一方には薪を割るための斧を持って出てきた。
その刃がピカピカで新しそうな斧を賭柄夢が指さし
「それですっ!それで小指を詰められたんですっ!!」
巌谷が斧を若殿に手渡し、若殿が調べてる間に、小瓶の蓋をとり中を覗き込んで、嫌悪感まる出しで
「竹丸、見たいか?
あ~~~!でも子供に見せるには刺激が強すぎるか~~~!!」
とか言いながら、私の上方を通り過ぎて、小瓶の中を賭柄夢に見せ
「あなたの小指で間違いありませんか?干からびてますが?」
賭柄夢がちょっとのぞき込みゴクッ!と息をのみ
「そうですっ!!僕の小指ですっ!どこにあったんですか?」
巌谷が
「芝居用の小道具入れの中に斧があり、そばに小瓶が置いてありました。」
私はビックリしすぎて我慢できず
「じゃ、やっぱり朱夏がやったんですかっ?!
朱夏は狂暴な女王様なんですかっ??!!
人を支配して痛めつけるのが大好きっっ!!な狂暴人なんですかっ??!!」
慌てた朱夏が訴えかけるように若殿を見つめ震える声で
「う、嘘ですっ!その斧は芝居に使う小道具で、そんな小瓶は知りませんっ!見たことも無いのにっ!」
若殿は訴えに少しも動じてないように斧を巌谷に返すと
「あなたの見立ては?」
静かに聞く。
巌谷が太い眉根を寄せた険しい表情で
「五行思想にのっとり、五つの元素で虫を分類するとトカゲは鱗虫、つまり『木』にあたる。
ミミズは赤竜と書くと『火』、地龍なら『土』を表す。
小指は五行で表すと『水』にあたる。(*作者注2)
犯行に使った斧は鉄だから『金』だ。
つまり、この事件には五行が揃っています!!」
・・・・・・・だから何?
若殿も思ってるであろうことを口に出さず、二人でキョトンと巌谷を見守る。
沈黙に耐えられなくなった巌谷がブツブツと
「トカゲ『木』を見て着想し、乳首を切ってミミズ『火』『土』を塗る。
つまり『木』から『火』を生じ、『火』から『土』を生じた。」
い~~やっ、ミミズが『火』『土』なら『生じて』ないでしょっ!!
心の中で突っ込む。
真面目な顔で巌谷がブツブツ続け
「『土』から『金』を生じるはずだから、その後出現した斧が『金』というわけだっ!
そして『金』を使って小指『水』を切る。
つまり『金』から『水』を生じた。
これで完全に五大元素が揃った!!
この事件は五行思想によって予言されていたんだ!」
感動しすぎて恍惚の表情を浮かべてる。
はぁっ??!!
色々テキトーだなっ!!
(その3へつづく)
(*作者注2:薬指が『木』、中指が『火』、人さし指が『土』、親指が『金』らしいです。
以下全てウィキペディア『五行思想』を基にしております。)