瞞しの金丹(まやかしのきんたん) その3~まがいものの悪影響が身に染みる~
坤江は叱られてシュンとしたように見えたが、事態が好転したのに気づいたのか、泣き出しそうな表情でバッ!と土下座し、
「ありがとうございますっ!
・・っうっうっ・・・・これで、母も、助かります・・・っっうっ、でも、どうして・・・?
なぜでしょう?
母には、父が作った『本物の丹薬』を全部飲ませたんです。
風邪のような症状が出た直後と、その後、二回も。
父が『いざとなったら飲むように』と、私にくれた『本物の丹薬』を全て、母に飲ませたんですっ!!
母に、元気になって欲しくてっっ!!
なのに、なぜ?なぜ病が治らなかったんでしょう?」
顔を上げ、袖で涙をぬぐいながら呟いた。
若殿が怪訝な表情を浮かべたあと、ハッ!と何かに気づいたように目を見開き、嬉しそうにニヤリと口を歪めた。
坤江をジロジロと観察するような目つきで眺めたあと、悲しそうに眉をひそめ
「今まで大変だったな。
父親が山で仙人になるなどと言い残して失踪し、それからはたった一人で母親と自分を養ってきたんだな?
母親が邪魔になり、病死に見せかけようとしたんだな?
市で売る丹薬の作り方、お札の書き方は書を読んで独学で学んだのか?
それとも父親が生きてる間に教わったのか?」
は?
えっ??
何のこと??
何言ってるの??!!
キョトンとする私に比べて、坤江は驚きすぎて愕然とした表情で、ポカンと口を開けた。
「ほらぁ~~~~!!
唐突に何を言ってるんですか?若殿っ!!
坤江だって驚いてるじゃないですかっ!!
父親が死んでるとか、母親を狙ったとか、全然意味が分かりませんっ!!
母親の病を治したくて、薬を買いたくて、若殿を訪ねたって言ってるのに、そんなワケないでしょっ!!」
坤江は蒼白な顔で俯き、唇を噛み締め、袴の膝をギュッと握りしめた。
若殿が優しく咎めるような口調で
「坤江の父親が典薬寮を解雇になった原因は、窃盗の疑いだったな?
疑いではなく父親は立場を利用して、『本物の丹薬』の材料である、朱砂(水銀)、雄黄(ヒ素)、鉛華(酸化鉛)などを朝廷の蔵から盗んだ。
朱砂(辰砂)は常陸国・備前国・伊予国・日向国から調雑物として、そして伊勢国からはともに雄黄(石黄)も献上されていた。
それらは貴重だから市で取引すれば高値で売れる。
謙之はそれが目当てで母親の所持品を漁ったんだ。
乾は昔の恋人に貴重で高価な人参や霊芝を惜しみなく処方したから、愛情がありこそすれ、恨んでなどいない。
それらの盗んだ材料で、父親は本物に近い『火丹(鉱物丹)』を作り、半分を坤江に分け与えた。
自分の分の丹薬は自分で飲み、その後、おそらく死んだんだろう。
そうでないにしても、山中に失踪し、坤江の前から姿を消した。
坤江の話からは父親が生きてるとは思えない。」
確かにっ!!
『山小屋に父の作ったお札と丹薬が置いてある』って言ってたし。
自分で作って自分で売って?かつ母親の世話もして?ってスゴイっっ!!偉いっっ!!
働き者っ!!
感心したけど・・・・・
若殿が続ける
「書を読み知識を得て、薬草を集め丹薬を作り、お札を書き、市で売り重病の母の世話をする。
それら全てをこなすお前さんが、朱砂(水銀)を使った『本物の丹薬』が毒であることを知らないはずはない。
水銀を加熱し、金や鉛や銅を溶かして金色の金属を作る技術は『黄白術』と称されるが、水銀の蒸気を吸って体に悪影響があった事例は多数ある。
唐の皇帝が何人も死んでるし、東大寺の大仏鋳造で工人が死んだことは書を読めば知ってるはずだ。
愚かな父親は自殺願望も相まって、仙人になるなどと山中へ隠れ服毒し、つらい現実から逃避したが、お前さんは現実に立ち向かう事を選んだ。
だが、少女の細腕では、母親と自分を養う事さえ、大変な困難続きだっただろう。
母親には古仁志(コリアンダー)・葦付(陸生藍藻の1種)・生姜・鬱金などの、重金属の体内からの排出を助ける薬を届けるから、もう二度と、命を奪うような真似はするな。」
坤江をジッと見つめ、ゆっくり、諭すように言い聞かせた。
坤江は若殿をキッ!と睨み付け、ギリギリと歯ぎしりしてるみたいに奥歯を噛み締め
「だからっ!!
母さまの病を治そうとして丹薬を飲ませたのよっ!!
父さまが作ってくれた貴重な本物の丹薬でっっ!
殺そうとしたですって?
バカな事言わないでっっ!!
母さまが死んで・・・っうっ・・・・ひとりぼっち・・・っなんてっ・・・っうっうっ・・・・耐えられないっっ!!
・・・あんな人でもっっ!ホントは死んでほしくないっっ!!」
涙をボロボロこぼしながら、歯を食いしばり、金切り声で若殿に言い返す姿は、私よりたった二つ年上なだけなのに、冷酷な世間の非情と辛酸を味わいつくしたかのような、苦労と心痛を物語っていた。
坤江が関白邸を去り、若殿が伸びをしながら立ち上がり、典薬寮へ母親の薬を手配するために出かけようとする。
あっ!
まだ聞きたいことがあるっ!
疑問を解決すべく若殿に向かって
「私の記憶では葛洪の書いた『抱朴子』によると、ホントに本物の丹薬って、『金丹』といい、金を溶かして作るものですよね?
水銀と鉛とヒ素を使う丹薬もそういう意味では『まがいもの』ですよね?
坤江の父親は朝廷の蔵から泥棒したんですよね?
さすがに警備が厳重で金は手に入らなかったんですかね~~~?」
若殿が立ち止まり、顔だけで私を振り返り
「皮肉なもんだな。
もし母親が飲んだのが本物の金丹なら、水銀や鉛と違って体内で反応し難いから、毒になることはなかっただろう。
同様に、もし父親が本物の仙人になれていたなら、神通力や方術を使えて、娘にあれほどの苦労はさせなかっただろう。
丹薬にしろ道士にしろ、見かけだけを本物に似せた偽物は、万人にとって害毒にしかならないのかもな。」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
自然物で重金属を吸着して体内から排出できそうなものと言えば、クロレラ(緑藻類)かスピルリナ(藍藻類)でしたが、選択培養しないと、肝毒性のある藻も混じっているそうなので、『水田の藻』を薬としては勧められないな~~と却下しました。
生息環境の重金属を細胞壁に吸着させるようなので、無毒な藍藻類なら代用できるかな?という浅知恵で『万葉集』に大伴家持の歌が記されている『葦付』を提案しました。
・・・・似非科学ですが!!!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。