瞞しの金丹(まやかしのきんたん) その2~母親を狙う怪しい人物が浮上する~
坤江は思い出すようにジッとして
「乾さん、つまり伯父の処方した薬草は、葛根(葛の根、整腸・発汗効果)、黄連(食欲増進、整腸薬)、細辛(解熱、鎮痛作用)、紫蘇(解熱、鎮痛、鎮静、咳、喘息、便秘、嘔吐、食欲不振に効果)、人参(オタネニンジン:補気・滋養強壮)、霊芝でしょうか?
憶えてる範囲ですが。
でも、人参や霊芝など、高価な薬は書で読んだことはありますが、実物を見たこともありません!
本物だったのかどうかも怪しいですし、謙之も伯父もそれぞれ母と二人きりで面会させてほしいと言うものですから、目を離した隙に母に何かした可能性もあります!!」
若殿が眉をひそめ、疑わしそうな顔つきで
「そこまで疑うには何か原因があるのか?
母親から何か聞いたとか?」
坤江はふぅっ!と息を吐き、コクリと大きく頷き
「母が言うには、父の父、つまり私の祖父にあたる人は生前、典薬寮の医師だったそうで、父も若いころは医師を志したそうです。
ですが、伯父は正妻の子、それに比べて父は侍女の子で身分が低く、医学生にすらなれなかったそうです。
父は典薬寮で使部(官庁で雑務や駆使を担当した下級役人)をしていたのですが、窃盗の疑いをかけられて、解雇されて以降は、山に籠って仙人になる修行に明け暮れています。
私が父の住む山小屋に行くと、市で売るための丹薬とお札を作っておいてくれています。
母は・・・・母は若いころ、祖父の屋敷で侍女をしてたそうで、最初は伯父に見初められ、もう少しで側室として結婚するところだったそうですが、父にも結婚を申し込まれ、伯父の側室になるよりは、貧しくても父の正妻になる方を選んだと言ってました。」
ん?
昔、自分を捨てて異母弟を選んだ坤江の母を乾は恨んでる?
毒を盛る動機はあるってこと?
若殿がまたキラッ!と目を光らせ
「謙之は乾と母親の子という可能性もあるのか?」
坤江が頷き
「はい。
驚きました。
母は謙之を妊娠した状態で父に嫁いだそうです。
そのことは全員が承知で出産後、伯父の正室が育てることになったそうです。
だから、私の異父兄にあたる謙之は本気で母の病状を心配して何度も見舞いに来るんだと思っていました。
ですが・・・・・」
ん?
謙之は実母が育ててくれなかったことに不満を持って恨んだとか?
継母にいじめられた?とかで憎んで?
毒を盛ったの?
二人とも動機があるっ!!
フムフム!!
顎に指をあてて考えてると、言い淀んで黙り込んでた坤江が口を開いた。
「ですが、謙之が何度目だったか、母の見舞いに来たとき、母の身の回りの物を漁ってるところを見たんです!!
長櫃や手箱や衣装箱、化粧箱、書棚など手当たり次第に開けては中を調べてました。
そのことを聞くと母は迷惑そうに
『銭に困ってる、貸してくれと言うから、無いと応えても信じず、金目の物を探してたみたい。
私が貴重なものを隠してると思いこんでいるようなの。
だんだん大胆に引っかき回すようになってるから、いい加減ウンザリね。』
と言ってました。」
はぁ??
実母とはいえ、親しくもない、ほぼ他人の持ち物を目の前で物色っっ??!!
手癖悪っっっ!!!
ロクな人間じゃないなっっ!!
若殿も眉をひそめ険しい顔つきで
「謙之は今、何をしてるんだ?」
坤江が呆れたように肩をすくめ
「典薬寮で医学を学ぶ医学生だそうです。
あんな人でも、将来、医師が務まるんですか?
信じられないけど。
母は
『乾にも「あれはどこだ?どこへやった?」と聞かれたんだけど、一体、何のことかしら?』
と不思議がってました。」
言い終えると、坤江は深刻な顔つきになり、俯き
「伯父からいただいた薬が先日、切れてしまったんです。
このままでは、母は、母は・・・・・・
このまま母を失うなんて、考えたくもないっ!!
どうにかして、薬を買いたいんですっ!!
そのためには、丹薬やお札を売らなければならないんですっ!!
お願いしますっ!!買ってくださいっ!!」
若殿も、これほど困ってる人に冷たくできるほど無共感人間でもないので(多分)、応えようと口を開きかけると、坤江が言葉を継いで
「お願いしますっ!!
房中術の『体交法』で陰の気を養って差し上げることもできますっ!!」
上気した表情と潤んだ瞳で若殿を見つめる。
ん?
ついつい口を挟む
「ぼうちゅうじゅつ?虫よけの術ですか?
いいですねっっ!
若殿っっ!ぜひお願いしましょうっ!!
蚊が多くて困ってたんですっ!!」
若殿が私を刃物のような目でギロッ!!と睨み付けるので、一瞬ですくみ上がった。
真っ青な顔で、こめかみに血管を浮かせ、口の端がピクピクと痙攣するほど怒りのこもった、低い声で坤江に向かって
「お前の両親はそんなことまでさせてたのかっっ??!!
何てことだっ!
薬は典薬寮から調達して届けてやるから、丹薬を売るために客と房中術などっ!二度とするなっっ!!分かったな!?」
イライラして言い放った。
あれ??!!
ってことは『防虫術』じゃない??!!
少女には過酷なことなのね??
何となく納得。
(その3へつづく)