瞞しの金丹(まやかしのきんたん) その1~いたいけな少女の悩み事を聞く~
【あらすじ:父親は山中で仙人になるための修行中で、母親は重病で床に臥すという、家事に仕事に大わらわな少女が、関白邸に訪問販売に訪れた。うさんくさい高額商品ならお断り!一択の私が追い返そうとするも、幼い少女に甘々な時平様は悩み事を聞いてあげることに。少女の家庭の複雑に混ざり合った丸薬のような問題を、時平様は大胆かつ細心に、かみ砕いて核心を取り出す!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、毒を体内から取り除くという意味での瀉血って有効ですかね?!というお話?・・・ではないです。
『地獄の釜の蓋が開く(お盆のこと)』にはまだ早いのに、それこそ、地獄の竈の中のような灼熱の暑さに見舞われている七月のある日のこと。
前触れもなしに、若殿との面会を求めて凸してきたある少女を、私が侍所で追い返そうと押し問答してると、若殿がちょうど通りかかった。
それに気づいた私が
「あっ!これから出かけるんですかっ?!私もお伴しますっっ!!」
この不毛な押し問答から逃れようと、若殿に話しかけると、その地味に粘り強い少女がさっきまでのボソボソ声をやめ、大声で
「あのっ!もしかしてっ!頭中将様ですかっ?!!少し、お話聞いてもらえますかっ??!!」
私と話してた時の、俯きがち・上目遣い・口先だけでボソボソ、とは打って変わって、顔を上げ・キラキラ輝くパッチリ目・口角を上げた作り笑顔、で話しかけた。
その少女の恰好は、白い小袖に、幅の細い白い袴をはき、黄色い上衣は脇の開いた袿のような衣で、少し変わってる。
髪型は上げ角髪で年は十二歳ぐらい。
修行中の道士・坤江と名乗り、侍所で応対すると
「頭中将様に是非、おすすめしたい丹薬があるので、話をさせてほしい」
と熱心にお願いされた。
胡散臭い高額商品の訪問販売には、日々、ウンザリさせられてたので、いつものように
「太郎君は忙しく、お話する時間は取れません!高額商品も買いませんっ!!帰ってくださいっ!!」
基本の門前払いを食らわせてたのに、若殿が姿を現したのは誤算。
坤江は若殿を、潤んだ瞳で、食い入るように見つめつつ
「お願いしますっ!!ほんの少しでいいんですっ!!話を聞いていただけますかっ??!!」
食い下がる。
ヤバいッッ!!
誰かさんのような『少女』にはめっぽう甘いという定説のある若殿が、『少女の瞳ウルウル攻撃!』から果たして逃れられるのか?と様子をうかがってると、う~~~ん、と悩んだあげく困惑したように頷いて、
「まぁ・・・・・少しだけなら、話を聞くだけなら、な。
上がりなさい。
竹丸、白湯と菓子を持ってきてくれ。」
東の対の出居に坤江を通した。
ったくっっ!!
『少女』という属性だけで、警戒心も懐もユルユルっっ!!??
いつかコロッと騙されそうっ!!
私が出居に白湯と菓子の甜瓜を持っていくと、若殿は手持ち無沙汰そうに、扇を手のひらに打ち付け、空中の一点を見つめながら坤江の話を聞いてた。
坤江はさっきの威勢はどこへやら、俯きがちにポツリポツリと言葉をつなぐ。
坤江の話は断片的で、繰り返しも多く、あまりまとまってないようなので、話を要約すると
『坤江には病の床に臥す母親がいて、その薬代と生活費のために、山で修行する父親の道士が作る丹薬やお札を市で売っている。
お札は値が張らないのでそこそこ売れるが、丹薬は高価なので、市でもあまり売れない。
関白家ならば気前よく買ってくれるのではないかと考え、もし買ってくれれば、宣伝効果は絶大で市でも売れるようになると思った。』
らしい。
若殿は扇で手のひらを打つのをやめ、
「母親の症状は?」
坤江は痛みをこらえるような険しい表情で
「最初は風邪のような症状でした。
熱が出てくしゃみが出て、咳が出て。
ですがその後、吐き気や腹痛、下痢、痺れ、眩暈の症状が出て、頭痛やだるさで寝たきりになり、起き上がることもやっとのことで、ほぼ何も口にしないので、痩せてますます体力が落ちてしまって・・・・もうどうすればいいのか、わからなくて・・・・。」
最後は涙声になった。
若殿は坤江の様子に動揺し焦ったようにパチパチと瞬きし
「父親の作ったその『丹薬』を、もちろん、飲ませたうえで、病が治らないんだね?
丹薬の成分は何だ?」
坤江はウンと頷き、思い出すように少し考え込むと
「確か、父の作る丹薬の材料は赤土と獣骨と枸杞の実や何首烏の根や葛根などの薬草を粉にして混ぜ合わせ、松脂と蜂蜜を加え、丸薬状にして、炭火炉で焼き上げます。
市で売れるのは一日一粒ぐらいですけど、『効果がない!』とかの苦情を言われたことはありません!
持ってきましたので、今、お見せします!」
所持品の風呂敷包みをほどき、箱のなかから、巾着を取り出して口を開き、指でつまんで取り出したものを見せた。
直径が半寸(1.5cm)ぐらいの、煤けた真っ黒い玉。
へぇ~~~~!!!
これが飲むと仙人になれる丹薬っっ!!
不老不死になれるのっっ??!!
『苦情を言われたことはない!』ってゆーけど、『飲んで仙人になった人もいない』んだよね?
やっぱり胡散臭っっ!!
若殿が差し出す手のひらに坤江が丹薬をのせた。
臭いをかぐと首を傾げ
「おかしいな。
薬草の種類にもよるが、附子(トリカブト)などの毒草でなければ、母君のような症状は出ないはず。」
坤江がハッ!と何かに気づいたように顔を上げ、縋るように若殿を見つめると
「実はっ!
母の容態を悪化させた人たちがいるんです!
その人たちが、母を殺そうとしてるんですっ!
父の異母兄にあたる乾という人が、典薬寮の医師をしてるんですが、その人が診察に来てくれました。
母が病の床についた直後です。
薬草をいただき、煎じて母に飲ませましたが、症状は改善しませんでした。
その後、別の日に、乾の息子の謙之と名乗る男が、見舞いと称して母に会いに来ました。
その時は、『謙之にとっては血のつながらない叔母にあたる母に、なぜ会いに来るのか?』と不思議に思いました。」
若殿の目がキラっと光り
「お前さんはその乾または、謙之が母君に毒を盛ったと考えてるのか?
乾の処方した薬とは何だ?」
(その2へつづく)