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壊壁の半風子(かいへきのはんぷうし) その3~竹丸、免れることができる災いを学ぶ~

次の日、なぜか自分の雑舎で、一緒に寝起きする弟と妹の間で、お腹に足をのっけられた状態で目覚めた私は、身支度を済ませ侍所(さむらいどころ)に出勤した。


同僚の雑色が


「昨夜は太郎さまがお前を雑舎まで運んでくださったんだぞ!

後でお礼を言っておけ!」


って言うけど、そのまま寝かせてくれればいいじゃんっ!

別に邪魔にならないでしょっ!

東の対は誰も使ってないしっ!!


心の中でツッコむ。


午後になって若殿(わかとの)が内裏から帰ってきて、(たに)の屋敷に出かけるというのでお(とも)した。


歩きながら、夢うつつの記憶をたどり


「ええっと、(たに)は十年前に妻子を捨てたんですよね?

なら、恨まれて祟られても当然なのに、なぜ肝試しの悪ガキは殺されかけて、(たに)は平気なんでしょう?」


若殿(わかとの)が眉を上げ


「いや。平気じゃないぞ。

今の妻との間にできた七つになる娘が、悪ガキと同じ病に侵されたと言ってただろ?」


「え?じゃあ、やっぱり廃墟の幽霊の呪いなんですか?!(たに)の元妻子が幽霊になったんですか?

ひぇ~~~!!

入らなくてよかったぁ~~~~!

巌谷(いわや)さんは肝試しではないにせよ入ったから危ないですよね~~~!

でも(たに)の娘に罪はないのに、父親の代わりに祟られるって可哀想ですっ!!」


全くっ!!

世の中理不尽だらけっ!!


(たに)の屋敷に到着し、若殿(わかとの)頭中将(とうのちゅうじょう)と名乗ると、東の対で奧の上座の畳に案内され、(たに)と対面して座った。


若殿(わかとの)


「廃墟に肝試しに行った布津実(ふつみ)の息子も友人も、お詫びのために訪れた布津実(ふつみ)の父も、廃墟の幽霊に祟られたわけではなく、あなたの予想通り、何らかの疫病に感染したと思われます。」


(たに)がチッ!と舌打ちし、嫌悪感まる出しで


「だから下賤の者は嫌いなんだっ!

私も何度もあの屋敷を訪れていますが、今までそんな病に(かか)ったことは一度もありませんっ!

下等な病は身分の低い者だけが罹患(りかん)するのです。

私の体は高貴な血が守ってくれています。」


え?

あの屋敷に何度も行ってるの?

供養しに?

やっぱり妻子を捨てた罪悪感はあるの?


若殿(わかとの)がニヤリと口を(ゆが)めて笑い


「では、もう一度、今からあの屋敷を訪れ、いつものように妻子を供養してみてください。

ただし、その(しとうず)(靴下)を脱ぎ、草履をはいて行ってください。」


わけのわからない注文に(たに)はキョトンとしたが、若殿(わかとの)が続けて


「そうすることで、あなたの娘さんを今苦しめている原因がはっきりします。」


というと、(たに)は青ざめ、ゴクッ!と息をのむと


「分かりました。

娘の病の原因がわかるなら、どんなことでもやりましょう。

まさか、あの屋敷に住み着いた、その、以前の、妻たちの、霊が・・・・娘を、あの子をっ、呪っているなどと、あなたまで私を責めないでしょうね?」


ということは、現妻には責められてるの?

やっぱり心当たりがあるんじゃないかっ!!


(たに)裸足(はだし)に草履で出かけ、しばらくすると戻ってきた。


若殿(わかとの)の前で立ち止まり、両手を広げて


「さあ!どうですか?

あの屋敷に行ってきましたが娘の病の原因がわかりましたか?」


若殿(わかとの)(たに)の足元にチラッ!と視線を走らせ、素っ気なく答えた。


「ええ。

あなたの素足に()みついているダニが原因です。

そのダニが媒介する病が、布津実(ふつみ)の家族を苦しめ、あなたの娘さんを苦しめているのです!」


私は思わず口を挟む


「は?それはありえませんっ!

だって娘さんは廃墟に行ってませんよっ!」


若殿(わかとの)がニヤッと得意げな笑みを浮かべ


「猫だ。

猫が廃墟まで散歩に出かけ、ダニに吸血され、病に感染した。

その猫の唾液を介して、看病していた娘が感染したんだ。

布津実(ふつみ)の息子と友人、祖父はダニの吸血が原因だろう。」


(*作者注:重症熱性血小板減少症候群(SFTS)(主にSFTSウイルスを保有しているマダニに刺されることにより感染するダニ媒介感染症))


ドタンッ!!


床に重いものが落ちたような音がしたと思ったら、(たに)が尻餅をついて座り込んで、裸足(はだし)の足を念入りに点検している。


「なっ!何てことだっ!ダニ??!!そんなものがっ!!死に至る病をっ?!!信じられんっ!!

あっ!これはっ!

こ、この赤い丸いカサブタは、ダニが吸血した痕でしょうか?!」


焦りながら怒鳴った。


若殿(わかとの)一瞥(いちべつ)し、首をひねった。


「さぁ?どうでしょうか?

ただ、あなたを疫病から守っていたのは、高貴な血ではなく、『(しとうず)(靴下)』であることは確かです。

それに、全てのダニが死に至る病を媒介するとは限りません。

死に至るかどうかは運です。

高貴な血筋でも下賤な身分でも、等しく平等に、悪運は訪れるでしょう。

もしこれから二週間以上たっても発症しないなら、あなたは幸運といえるでしょうね。」


皮肉気に微笑んだ。


(たに)は真っ青になりながら、


医師(くすし)だっ!今すぐ呼べっ!!それと陰陽師と祈祷(きとう)師もだっ!!早くしろっっ!!」


慌ててドタドタとどこかへ走り去ってしまった。



 それから一月後、巌谷(いわや)から若殿(わかとの)へ文が届いた。

私にも見せてくれた、その内容は


『今朝、(たに)が寝所で亡くなっている姿が発見されました。』


ここまで読んで若殿(わかとの)


「やっぱり!

アレはダニの吸血痕だったんですね!

運悪く疫病に感染したダニに吸血されたんですね?!」


若殿(わかとの)がウウンと首を横に振り


(たに)の足にあったのは、ダニの噛み痕じゃない。

ダニは一旦噛みつくと、五・六日は離れないからな。」


「えぇ??

じゃあ何が原因で死んだんですか?」


言いながら、文の続きを読み進めると


(たに)は昨日までは健康そのものだったそうです。

医師(くすし)の見立てでは、死因ははっきりしないが、心臓の発作だろうとのことです。


しかし、ひとつだけ不可解な事があったそうです。


発見されたとき、(たに)の頸になぜか、女の長い髪の毛のようなものが、幾重(いくえ)にも巻き付いていたそうです。』


とあった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

(かべ)(しらみ)』と書いて『ダニ』と読むそうです。

半風子(はんぷうし)』はシラミの異名だそうです。

時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。

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