壊壁の半風子(かいへきのはんぷうし) その2~竹丸、祟りにおびえる~
でも、ちゃんと供養したって言ってるし、成仏してるのでは?
それ以上に恨みが残ってたとか?
巌谷が少し眉を上げ、驚きを示し
「あなたに体調の変化はありませんでしたか?」
谷はコクリとゆっくり頷き
「もちろん!この通り元気です!」
う~~~ん。
じゃあ!
「ということは肝試しにムカついた母娘の霊が悪ガキを恨んで祟ったんですよっ!!
これで解決っ!!ですよっ!!」
早く帰りたくて、ついつい本音を口に出す。
「肝試し?とは何のことですか?」
谷が怪訝な顔をしたので、巌谷は悪ガキと友人と祖父のことを詳しく話した。
すると谷は鼻の横に皺を作り、あざ笑うように
「何ですかそれはっ!
バカらしいっ!
妻と娘が霊となって屋敷に住み着いているですって?!
ありえませんっ!
あの屋敷にしろ、別のどこかにしろ疫病か何かを拾ったんでしょうよっ!
下賤な者には感染する疫病のたぐいでしょう。
私はこう見えても、高貴な血筋の末裔です。
下々の者が罹るような下等な疫病が、皇族の血が入った私に感染するはずはありませんっ!」
そのとき廊下に、侍女が現れ、膝をついて
「あの、奥様が、いますぐ殿にお伝えせよとの事で、ひ、姫様の具合が、先ほどよりも熱が上がり、意識がっ・・・意識がおなくなりになって、話しかけても反応がなく・・・・」
谷の顔色がサッ!と変わり、蒼白になり
「何っ?!今すぐ向かうっ!!」
荒々しく立ち上がり、ドスドスと足音を立てて、どこかへ立ち去ってしまった。
取り残された我々は呆然としてたが、立ち去ろうとする侍女に巌谷が
「どうされたのですか?娘さんに何があったのですか?」
侍女は立ち止まり、躊躇いつつも
「主の一人娘の七つになる姫様が、昨日から高熱がでて、病の床に臥してしまい、顔に、小さな紫色の斑点が、たくさん出てしまって・・・・どうしたことかと慌てているうちに、先ほど、意識を失われてしまって・・・・」
え?
紫色の小斑点がたくさん?
悪ガキの症状と似てるっ!!
巌谷もそれに気づいたようで、侍女に向かって
「娘さんはxxの廃墟に出かけましたか?ひとりで遊びに出かけたということはありませんか?」
侍女はブンブン首を横に振り
「もちろん出かけてなんていませんわっ!
ひとりで外出することもありません!
姫様にはいつも私がついておりますものっ!!
あぁっ!!お可哀想にっ!!
高熱に苦しんでおられてっっ!
何とかして差し上げたいっ!!
つい一週間前には、可愛がっていた猫を失くしたばかりですのにっっ!!」
目を真っ赤にして、涙声。
私が
「事故ですか?」
「いいえっ!
姫様が可愛がっている猫が、くしゃみをよくするようになったと思ったら、苦しそうにぐったりとして寝ついてしまい、そのまま、死んでしまったんです。
姫様が片時も離れずそばについてらして、一生懸命看病しておられたのにっ!!」
ズズッ!と鼻をすすり上げながら、袖で鼻水と涙を拭いてた。
谷にそれ以上話を聞くことができなくなり、巌谷が、いよいよその幽霊廃墟に行くというので、渋々ついていった。
その幽霊廃墟は、谷の屋敷から三十丈(90m)ほど離れた場所にあり、朽ち果てところどころ剝れた板塀で囲われてる。
門から中を覗くと、私の背丈くらいの草で庭じゅうが覆われてた。
人が通る道の部分だけ、草が刈られてて、叢の奥には板屋根の高床の建物があり、草の隙間から、ひび割れ、ところどころ崩壊した塗籠の土壁が見えた。
建物の全貌は分からないが、屋根と言っても、大部分が抜け落ちて、残ってる部分の板は朽ち果て今にも落ちそう。
既に夕焼けの時刻になり、倍増した薄気味悪さに、門から一歩も中に入る気が起きず、震えながら
「私はここで待ってますっ!どうせ入っても巌谷さんの役には立てないのでっ!!ねっ??!!早く行って早く帰ってきてくださいっ!!ホラっ!」
背中を押して促した。
巌谷が門から中に入って、背中が叢の陰に消えてすぐ、ここに来たことを心底後悔した。
ひとりで待つのも怖いっ!!
叢の中に幽霊が立ってこっちをジッと見てたらどーするのっ??!!
怖いながらも辺りをキョロキョロ見回して、幽霊が来たらすぐに走って逃げる心構え。
そうこうするうちに巌谷が戻ってきて
「別に変なものはなかったな。腐った床が抜けてたり、ネズミやコウモリやゴキブリの糞があったり、壊れた几帳や破れた衝立のような調度品があるだけで、普通の古びた屋敷だった。
幽霊なんていなかったぞ。」
ひぇ~~~~っっ!!
当たり前だっ!!
いたら今頃、腰を抜かして動けないハズでしょっっ!!
私は巌谷の水干の袖をクイクイ引っ張り
「はっ早くっ帰りましょっ!!若殿に知らせないとっ!心配してますっ!」
できるだけせかして、最速で急いで関白邸に帰った。
蒸し暑さが灼熱の暑さに変わり、滝のような汗をかいているのに、背筋のゾクゾクは消えず、不気味な悪寒に震えつつも、やっと関白邸に帰り着いた。
日もとっぷり暮れ、辺りは真っ暗になり、すっかり夜も更けたというのに、関白邸で巌谷は若殿に報告を続けてる。
私は若殿の後ろに座り、報告を聞きながらウトウトと舟をこいでた。
寝ぼけつつも聞いた覚えのある部分は、若殿が
「では谷は妻と娘を病で失くしたと言ったんですね?
でもおかしいですね。
私の記憶では、『谷は気持ちが離れたとの理由で妻と娘を捨て、新しい妻を迎えたせいで、十年前、困窮した元の妻は娘と心中した』と聞きましたが。」
とか、
「フンッ!
高貴な血筋は下賤な疫病には罹らない、と言ったんですか?
面白い。
試してみればいい。」
とか言ってた。
それ以降の記憶はない。
(その3へつづく)