壊壁の半風子(かいへきのはんぷうし) その1~竹丸、肝試しという娯楽への理解に苦しむ~
【あらすじ:遊び半分で廃墟を訪れた若者が、死病に侵され、その愚かな振舞を謝罪した祖父までもが死病に侵され、ついには命を失った。次は自分の番かも!と祟りに怯える母からの相談に対応するため、その廃墟に調査に出かけることになった私は、幽霊なんて調伏してやると息巻いた!わけじゃなく、怖すぎて足がすくんでしまった。暑さでぼぉっとして思考力を奪われる私と違って、冷ややかな時平様は今日も自然かつ必然を基に推理する!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、祟りにおびえるのも、ときには有益!というお話?
空を雲が覆っているおかげで、鋭い日差しの刃を直接くらうことから免れている七月のある日のこと。
それでも、ムシムシとした不快指数の高い午後、弾正台の役人・巌谷が若殿を訪ねてきた。
若殿が対面すると、巌谷がさっそく、いつものように厳粛な困り顔で、グッ!と前に身を乗り出しつつ、若殿を真剣に見つめ話しかけた。
「実は、『次に呪い殺されるのは私かもしれない』と怯え、弾正台に相談に来た女性がいるのですが」
若殿は眉を上げ、続きを促すように軽くうなずいた。
巌谷が太い眉の下のギョロッとした目を瞬かせ
「かいつまんでお話します。
貴族の屋敷で使用人をしてる女性が相談にきたのです。
布津実というのですが、ひと月ほど前、彼女の息子が近所にある、廃墟となった屋敷に、友人と肝試しに出かけたそうです。」
は?
肝試し??!!
幽霊を見つけよう!探検??!!
行く人の気が知れないっっ!!
呪われたいのっ??!!
バカなのっ??!!
そんなに刺激が足りないのっ??!!
想像するだけで背筋がゾクゾクしながらも、ほんのちょっっっっとだけ!触りだけ!美味しいところだけ!聞いてみたいっっ!!
幽霊遭遇談っっ!!
目を輝かせ、巌谷の次の言葉を待つ。
巌谷が続ける。
「その息子に異変が生じたのです。
肝試しの一週間後、原因不明の発熱がはじまり、食欲がなくなり、下痢、嘔吐、頭痛、などで病の床に伏し、やがて腕や足に紫色の小さい斑点がたくさん生じたというのです。
母親は廃墟に住む幽霊が、息子に怒り、祟って病を引き起こしたと考えたのです。」
若殿が眉をひそめ
「判断が性急すぎませんか?
他の原因も考えられるでしょう?
その後の息子の容体は?回復しましたか?それなら祟りとは言えないのでは?」
巌谷は納得したようにうなずき
「ええ。
息子が祟られたと知った布津実の父親、つまりその悪ガキの祖父が幽霊をなだめるために、廃墟を訪れ、謝罪の意味を込め、できる範囲で庭を清掃し、お供え物と線香をあげたらしいんです。」
ウズウズした私が口を挟む
「謝ったし、いいことしたんだから、霊は許してくれたんですよね?
悪ガキは回復したんですか?」
巌谷が
「そうだな。悪ガキは一週間後、回復したんだが、今度は祖父が同じ症状で病の床につき、こちらは回復せず、一週間後に死んでしまったんだ。」
「じゃあ霊は悪ガキの代わりに祖父の命で怒りを収めたってことでしょ?もう犠牲者は出ないんじゃないですか?」
巌谷が
「だが、一緒に廃墟に肝試しに出かけた悪ガキの友人も寝ついた挙句、結局亡くなってしまったらしく、それを聞いた布津実は頭痛など少しの体調不良にも怯え、お祓いしてもらった方がいいのか思い悩んだ末、弾正台に相談に訪れたというんだ。」
若殿が何か話そうと口を開いた瞬間、割り込んで私が
「じゃあ、うちの若殿にその廃墟を調べろって言うんですかっっ??!!
もしも幽霊に祟られたらどーーーするんですかっっ!!
天下の関白家の長男で、将来有望な公達かつ現、蔵人頭・右近衛権中将のやんごとなき貴公子に、そんな危ない場所になんて、絶対に行かせませんっっ!!
非常識なっ!!
いつもいつもっ!
いい加減にしてくださいっ!!」
怖さの余り唾を飛ばして力説した。
巌谷が私の剣幕にキョトンとしてたが、納得したように厳粛な顔つきでコクリとうなずき
「確かにそうだな。
頭中将どのを危険な目に合わせるわけにはいかない。
私とお前の二人で廃墟を訪れ、調査し、その報告を頭中将どのにお聞かせして、どうすればいいか判断していただこう。」
真面目な顔で見つめる。
は?
え??
「いっイヤですっ!!幽霊のでる廃墟なんて行きたくありませんっっ!!」
ブンブン首を横に振るが、巌谷に険しい顔でギロっと睨みつけられ
「じゃ行くぞっ!」
スクッ!と立ち上がり、私の腕を引っ張り、ズルズルと引きずって連れていかれた。
若殿に、救いを求める眼差しプラス泣きそうな声で
「イヤですぅ~~~~!!」
若殿が目をつぶって首を横に振り
「あきらめてしっかり調査して来てくれ。細かいところまで報告するようにな。」
言い聞かせるように呟いた。
それから、くだんの廃墟へ向かう巌谷の後ろを、重い足取りでトボトボついていくと、右京の三坊五条あたりで、巌谷が
「もうすぐ着くぞ!」
とほざく。
ど~~~~~してもイヤだった私は口をとがらせ
「幽霊のでる屋敷に行く前に、関係者から話をもっと聞いたほうがいいですよ!
関係者なら幽霊の見た目とか正体とか原因とか、まずホントに幽霊が出るのかとか、知ってるんじゃないですか?」
巌谷が説得されたように、濃いひげの生えた顎を、さすりながら
「なるほど。一理ある。
では、廃墟の持ち主の谷という男の屋敷が近所にあるから、まずそこを訪ねよう!」
というわけで、あるお屋敷を訪ねた。
ごくごく普通の中流貴族って感じのお屋敷で、四十前半に見える狩衣姿の男性が現れ
「xxにある屋敷について聞きたいのですか?」
谷は、日焼けした皺の多い顔に渋い表情を浮かべ対面するなり口を開いた。
巌谷が頷きながら
「その廃墟となった屋敷をひと月前以降に訪れた者が、次々と体調の異変に見舞われ、中には死亡した者もおりまして、その屋敷について詳しくお聞きしたいと思いまして。」
谷は苦渋の表情で
「あの屋敷は、もともと私の妻の実家でした。
その妻は十年前に病が原因で他界し、可哀想に同じ病でまだ七つだった娘もあの屋敷で亡くなりました。
それ以来、私の所有になりましたが、私も忙しいもので、つい放っておいたら、あのような惨憺たる有様になったというわけです。
そういう悲しい思い出のある場所ですが、私もちょうど、ついひと月ほど前に訪れ、妻と娘の霊を慰めるため、線香を供え手を合わせ、経を読んできたところです。」
やっぱり!
その母娘の霊が出るんじゃないの?
(その2へつづく)