天真爛漫の黒漆(てんしんらんまんのくろうるし) その2~竹丸、商売のコツを知りたがる~
若殿が食いついたように前に乗り出し
「詳しく話を聞かせてください。」
巌谷が話し始めた。
「訴えた女性は拿冶使という名で、大和国の曽爾村から生漆や獣肉の干物・燻製を運び、京で売る行商の妻です。
拿冶使夫妻は、嬉河原夫妻と仲が良く、生漆の取引という仕事上だけでなく家族ぐるみの付き合いがあり、拿冶使夫妻が京に荷運びに来ると、嬉河原は自分の屋敷に寝泊まりさせるほどの仲だそうです。
先日、拿冶使の妻がいつものように嬉河原の屋敷に逗留しているときに、たまたま嬉河原の娘の室を訪ねると、嬉河原が娘に
『それを飲め!飲まないとどうなるかわかってるだろ?』
とヒョウタンを飲むことを強要しているところを見たそうで、その後、娘が意識不明になったことから、そのヒョウタンの中に毒が入っており、嬉河原が娘を毒殺しようとした犯人だと思ったそうです。
この証言だけで捜査を始めるのは、時期尚早でしょうか?
頭中将さまはどう思われますか?」
若殿は『ふむ!』と唸って
「では、まず行商の拿冶使夫妻から話を聞きたいので、弾正台に呼び出してもらえますか?」
早速、弾正台に、夫妻を呼び出してもらい、若殿が二人と対面した。
若殿が
「漆器売りの嬉河原夫妻の娘と面識はありますか?どんな娘ですか?」
拿冶使は三十代後半の、細いけど筋肉質で日焼けしてて、一見、不愛想に見えるけど笑顔が少年っぽくて可愛い!?的な母性本能をくすぐるタイプの男性。
拿冶使の妻は三十代前半の、同じく日焼けしててがっちりした体格の、大人しくて過酷な仕事に黙々と耐える!って感じの女性。
拿冶使が頬をポリポリ掻きながら口を開き
「潤朱ですか?いや~~~いい子ですよ!
働き者で、しっかりしてて、商売上手で。
私たち夫婦が運んだ荷を市で高く売ってくれてね。
いつも、助かってます。
なのに、あんなことになるなんて・・・・」
最後は俯いて言葉を濁した。
妻は夫に同意するように頷き
「そうです!
潤朱は子供のいない私たちを好いてくれて、本当の子供みたいに懐いてくれてね。
上京するたびに喜んでくれて、どこに行くのも私たち夫婦にくっついて回って、べったりでした。
行きたいというので一度、曽爾村に連れて帰ったこともあるんです。
私たちは生漆を嬉河原さんに買い取ってもらってる関係でして、その話題になったとき、『曽爾村に行って、漆の採取を見てみたい』と言うものですから、みすぼらしいところですが、我が家に泊めてね、漆掻きの職人に見学させてもらったりしてね。
すごく仲良くしてたんです。
ホントにいい子だったのに!なぜ嬉河原さんはあんなことをっ!!信じられません!」
最後は怒りと不信を思い出したかのように声を荒げた。
若殿は
「潤朱さんと両親の仲はどうでしたか?仲が悪かった?」
拿冶使夫妻はそろって首を横に振り、妻は
「いいえ!そんなことは全くありません!
潤朱は両親からできる限りの愛情を与えられてました。
嬉河原夫妻は欲しいものは何でも買い与え、したいことは何でもさせていました。
私たちとの長旅も、最初は心配して反対しましたが、最後にはご両親が折れたんです。」
若殿が拿冶使の妻に
「潤朱さんが嬉河原に毒を飲まされたときのことを話してください。」
妻はその時のことを思い出して興奮がよみがえったように
「はい!あの日のことはしっかり覚えております。
お酒が好きなもので、酔ってはいましたが、記憶が不確かになったことは、過去に一度もありませんので。
夕方頃でしたか?潤朱の室を訪ねますと、嬉河原さんがいらして、二人で話し込んでいたものですから、御簾越しに様子をうかがっていました。
盗み聞き?そうですわね。
そう言われても仕方ありませんが、ただならぬ雰囲気で、気軽に声をかけることができなかったんですわ!
嬉河原さんが
『飲めっ!今すぐだっ!!』
とヒョウタンを差し出し、飲むことを強要し、潤朱が
『イヤっ!!』
と答え、
『飲まないとどうなるかわかってるなっ!?』
と嬉河原さんが怒鳴ると、潤朱がヒョウタンを手に取り飲み干したあと、口元を押さえて、その場に倒れ込んだんです。
嬉河原さんはそれをジッと見つめていましたが、少しすると、慌てて潤朱のそばに近づき
『おいっ!!大丈夫かっ!!まさかっ!!本当なのかっ??!!
誰かっっ!!医師をっ呼んでくれっっ!早くっっ!!』
と叫ぶので、私は雑色の元へ駆けつけ医師を呼びに行かせたのです。」
う~~~ん、それが本当なら確かに父が娘に毒を無理強いしてる!
でも、なぜ?!
拿冶使夫妻の事情聴取を終え、若殿が次に向かったのは、嬉河原の屋敷だった。
西市に近い場所にある、庶民にしては立派な寝殿造りのお屋敷を訪れ、侍所で案内を乞うと、雑色が出居に通してくれようとする。
すかさず若殿が
「まず嬉河原さんに娘の潤朱さんの住まいや生活の様子を見せてもらえるか聞いてみてください。
よければそこへ案内して下さい。」
と頼み、雑色が主の元へ行き、戻ってくると、許可を得たようで、潤朱が普段使っている西の対へ通された。
塗籠に入り、眠ったように意識不明の潤朱の容体を確認したあと、普段、潤朱が使っている身の回りの物を調べ始めた。
手箱や文箱、棚の中を確認したり、衣装箱を開けたり、塗籠内の大小の櫃を開けたりして中身を調査してた。
私が見たところ、潤朱の持ち物で変わってるものと言えば、内側が漆塗りで木製の、蓋つきの湯呑で、底の方に白っぽい液体が溜まってた。
あと、何に使ったのか刃がところどころ黒ずんだ刀子(刃物)があった。
何より一番、興味をそそられたのは、銭が沢山入った巾着の存在。
拿冶使が『市で荷を高値で売ってくれた!』と喜んでたから、儲けの一部を受け取ってたんだろうけど!
目が覚めたらその商売繁盛!の企業秘密を是非、教えてほしいっっ!!
調べ終わった若殿が
「よしっ!潤朱の両親に話を聞こう!」
そばで私たちを見張ってた雑色に、両親を呼び出してもらうよう頼んだ。
(その3へつづく)