刺絡の僵尸(しらくのきょうし) その3~竹丸、僵尸を見損ねる~
聊齋はすぐに小袖に褶の庶民の恰好をした女性を連れてきた。
さすがに噂の美女っ!!
って感じの、細面の白い肌に、艶のある黒髪を背中で一つに束ね、長い睫毛に大きな濡れた漆黒の瞳と、くっきりとした鼻梁、形の良い唇、と申し分のない美人が、聊齋のそばに立って俯いてる。
キレイな死人だなぁ~~~~!!!
感心して見とれてると、若殿がその美女に向かって
「ニィ チシュィ ダォ チュォリィ ライ」
と話しかけると、美女は突然顔を上げ、若殿を見つめるとパッ!と顔を輝かせて口角を上げて微笑み、高い澄んだ声で
「ニィ ホイ シュアファ マ?
ワァ シュゥネン チェン チョン シャンチェン ライ ダ!」
はぁっっ???!!!
若殿って僵尸の言葉が話せるの??!!
スゴッッ!!!
感心してると、聊齋が驚いたように
「お役人さまは唐語がお分かりになるんですね!
それなら、密入国した妻も、許していただけるというのは、本当なんですねっ!!」
上ずった声で興奮しながら呆然と歓喜の表情。
えっ??
唐語??
僵尸の言葉じゃなく??!!
呆気に取られてると、若殿がニヤリと口を歪めて笑い
「十年前に来日して、今まであなたの妻として、犯罪も侵さずひっそりと暮らしてきたなら、私は黙認しましょう。」
納得!感心!して
「へぇ~~~!!
じゃあ、口と耳が使えないのは、言葉が分からなかったからですね!!
え?じゃあ、血を啜ってたのは誰なんですか??!!」
若殿が眉をひそめ、私が鈍いことにイラっとしたように
「瀉血の治療に使ったのは僵尸じゃなく蛭だ。
湿った野山に住む吸血性のナメクジのような生物の。
滞子の衣に血がついていたのも、『血が止まりにくい』のもそのせいだ。
蛭に人間の体のうっ血した部分の血を吸わせれば、血の凝固を防ぐ作用も相まって瀉血の効果が長引く。
見た目が気持ち悪いと忌避されることがあるから、『特別な施術』として患者に知らせず使っていたようだが、余計なもめ事を防ぐために、これからは全てを説明して施術するように。」
聊齋は若殿の『厳重注意』に反省したように項垂れ、
「・・・・はい。
蛭で治療することは、野山をうろついているときに思いつきました。
正直に説明すれば、気味悪がられて、とても素直には受け入れてもらえないと思い、できるだけ秘密裡にと小細工をしてしまいました。
妻とは唐の貿易船が若狭の津に密入航した際に知り合い、按摩の師匠にもその時に出会いました。」
とシュンとしてた。
黙って蛭で治療してたことや、妻が唐国人であるという問題を全てアッサリ片付け、サッパリして帰路に就く。
若殿のシレっと博識自慢!にイラっとしつつも、コロッと感嘆し
「唐語ベラベラ!ってスゴイですよねぇ~~!!
そういえば、あの時、唐語で何と話してたんですか?」
若殿は何でもないという風に肩をすくめ
「『你幾時到這裡來?(いつここに来ましたか?)』
と聞くと彼女は
『你會說話麼?(言葉が話せるんですか?)
我十年前乘商船來的。(十年前に商船で来ました。)』
と答えた。」
「へぇ~~~~!ふぅ~~~~ん!
あっ!それにしても、僵尸を見れなかったのが悔やまれます~~~!!!
見たかったです~~~!」
残念過ぎて「はぁ~~~~~~」と長いため息をつくと、若殿がニヤッと悪戯っぽく笑い
「せめて治療用の蛭を見せてもらえばよかったな。
生き血を求め、人の呼吸(二酸化炭素と熱)に反応して集まってくるところなんて、僵尸にそっくりだからな!」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
蚊・蛭・吸血蝙蝠・吸血鬼はどれも体温と呼気中の二酸化炭素に集まるのが基本でしょうかね?
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。