刺絡の僵尸(しらくのきょうし) その2~竹丸、禁断の歓びの一端に触れる~
若殿が
「『特別な施術』を受けた人々に、効果があったかどうかを聞きましたか?」
巌谷がこめかみに指を当て、『う~~ん、どうだったかな~~~』としばらく考え込み
「ええっと、確か、効果があったと答えた人々の症状は『肩こり』『ふくらはぎのむくみ』『怪我が治ったあとの関節の腫れ』などで、血液の流れが悪く、体内に滞ってしまった状態である『瘀血』に苦しむ人々が特に、楽になったと喜んでいたと思います。」
若殿がウム!と独り合点して頷き
「按摩師・聊齋の人となりはどうでしたか?」
巌谷は判断がつきかねるという表情で
「腕はいいようですが、経歴にはいかがわしいところがあります。
本人の話では、故郷は山城国の田舎だそうですが、そこを十代で飛び出してからは、山に入って獣を獲ったり、川魚を獲っては、都で売って暮らしていたそうです。
それだけでは食えなくなると、淡海を舟で行き来し、若狭や敦賀の津から海産物を運んだり、京から日用品を運んであちらで売る商売をしてたそうです。
その後、偶然出会った唐人から学んだ按摩の技術を活かし、今に至るそうです。」
う~~~ん!!
じれったくなって大きな声で結論を叫ぶ
「じゃあ、聊齋の妻が美人の僵尸で、瘀血に苦しむ人々から血を啜って治療してたってことですよね??!!
死人だから口も耳も使えないし、昼間は外に出れないんですよね??!!」
唐国では幽霊と結婚なんて当たり前みたいだし、妻が死人でも差し支えないんでしょ?!
でも一度見てみたいっ!!!
美人の僵尸っっ!!
土気色の美女?が、素肌の肩に牙をあて、そこから血を啜るっっ??!!
想像するだけで背筋がゾクゾクする~~~~っっ!!
密かに怪しい興奮を楽しんで、悦に入ってるのに気づいたのか、若殿が怪訝な視線で私を一瞥し、決心したように膝を打ち、
「よしっ!では聊齋を訪ねてみるかっ!!」
私と若殿の二人で、西市にある、聊齋の按摩所を訪れると、板塀で囲った場所に高床の建物があり、母屋部分は御簾で隠れてて、階段を上がってすぐの東廂部分は順番待ちの人々が並ぶ待合室になってた。
呼ばれたら、順番が来た人が御簾を押して中に入って施術を受ける手順で、私たちは順番を大人しく待ってた。
ときどき、肩を手で触って気にしたり、布を巻きつけた腕や足を気にしたりして出てくる人たちがいて、その度に若殿は
「出血が止まりにくいんですか?」
とニコニコしながら気軽に尋ねると、その人たちは愛想笑いで「はい~~」と頷いたり、仏頂面に「ええ、まぁ」と応えたりしてた。
いよいよ私たちの順番っ!!が来て、ホクホクと御簾を押して中に入ると、聊齋とおぼしき、萎え烏帽子・白水干・白袴姿の三十代後半の男性が立ってた。
若殿は、寝ころんで施術を受ける用?の畳に座り込むなりすぐに
「『特別な施術』をしてもらいたいんだが」
命じるように居丈高に話しかけた。
聊齋は不意を突かれて怯んだように目をパチパチさせ、
「ええっと、それは、常連のお客様で、普通の按摩では効果が出にくいお客様のための施術でして、一見のお客様にはお断りしております。
何度か按摩を受けていただいて、それでも効果が無い場合、『特別な施術』を試すかどうかをご提案させていただきます。」
若殿が目をキラリと光らせ、切りつけるような鋭い視線で聊齋を見つめ
「では、奥様をここに呼んでいただけますか?
私は藤原平次という弾正台の役人です。
奥様が患者に暴行したという訴えがあり、詳しくお話を聞きたいんです。」
聊齋は急に怯えたようにオドオドしながら口ごもり
「え?いや、それは難しいと思います。
妻は少し、不自由なところがあり、話すのは難しいかと。
ええっ!そうです!
その、理解力にも、その、不自由な部分がありまして・・・・お役人様の質問に、上手くお答えできるとは思いませんので・・・」
モゴモゴ言い続けるので、
やっぱりっ!!!
僵尸だからっっ??!!
むやみに期待感を煽られ、ワクワクが最高になり、ついつい
「ちゃんと答えられなくてもいいんですっ!
会わせてくれるだけでいいんですっ!!
会わせてくれれば、悪いようにはしませんっ!!
もろもろの事情は考慮しますっ!て主は言ってます!」
余計な事を言い、若殿にチッ!と舌打ちされギロっと睨まれた。
聊齋はハッ!と顔を上げ、明るい表情で
「で、ではっ!そうおっしゃってくれるなら、妻を連れてきますっ!!」
いそいそと立ち上がり、屏風で仕切った隣の房へ入った。
(その3へつづく)