刺絡の僵尸(しらくのきょうし) その1~竹丸、死人が行う施術に興奮する~
【あらすじ:按摩を受けたつもりなのに、得体のしれない怪物に吸血を伴う危険行為をされたかもしれない!と怯える女性が弾正台に訴え出た。死後硬直でカチコチの死人が動き出す!と聞いて、興奮のあまりすっかり舞い上がった私は、熱意と執心のあまり今すぐその僵尸に会いたい!と時平様をせかした。半信半疑で調査に乗り出した時平様がつきとめた真相は、おいそれと公にはできない超個人的な秘密だった。私は今日も超自然的な怪奇現象に見境なく熱狂する!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、洋の東西を問わずゾンビが好きですよね!というお話?・・・・ではありません。
雲が空一面を覆い、苛烈な日差しを遮ってくれることで、過ごしやすい六月のあるの日の午後のことだった。
弾正台の役人の巌谷が、ひとりの中年女性を連れて、『身の毛もよだつような恐ろしい体験について頭中将に相談したい』と関白邸を訪れた。
出居へ客人ふたりを通し、曹司から若殿を呼び出す。
若殿が座に着くなり、巌谷が真剣そのものの表情で勢い込んで話しかけた。
「実は、この女性がある按摩師のところで施術を受けている最中、僵尸に襲われたと言うんです。
頭中将様なら、ご興味をお持ちになり、自らお調べになりたいかと思いまして伺いました。」
えっっ???!!!
僵尸っっ???
ってあの、『キョンシー』っっ??!!
確か、中国で人が死んで埋葬する前に室内に安置しておくと、夜になって突然動きだし、人を驚かすことがあるヤツ??!!硬直した死体なのに、長い年月を経ても腐乱することもなく動き回るってヤツ??!!
聞いたところによると、『生き血を求め、人間や動物の頸動脈を狙い咬み付く。伝承においては、生きているものの首をねじ切り血を飲むとされる。目玉はついているが見えておらず、人間の吐く息を嗅覚で察知して襲ってくる。』らしい!
(*作者注:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』『キョンシー』)
「ぜっ、ぜひっ!話を聞かせてくださいっ!!ねっ?そーーでしょっっ?若殿っ?!」
目をキラキラ輝かせ、身を乗り出して巌谷の話に食いつくと、若殿は私の様子をチラ見し、呆れたように舌打ちし
「ではどうぞ、詳しくお話しください」
巌谷の隣に座る中年女性を促した。
その女性は、唇が紫っぽくて顔色の悪い、全体的にぽっちゃりしてるけど、衣から見える部分の頸や手足の細い、気鬱そうな雰囲気の人。
若殿をジットリとした上目遣いで見つめ、目が合うとすぐに俯いてボソボソと話し始めた。
「あのぉ~~~、わたくしは滞子と申します。
機織りを生業としていまして、肩こりがひどいものですから、市で評判のある按摩所へ通っています。」
ここで滞子は若殿がちゃんと聞いてるかを確かめるため?か、上目遣いのねちっこい視線で若殿と目を合わせ、若殿が真面目な顔で見つめ返すと照れたように頬を赤らめ、目を逸らしボソボソと続ける。
「いつも通り施術を終えると、お世話になっている聊齋というその按摩師が、
『肩こりがすぐに酷くなるようなら、特別な施術がありますが、お試しになりますか?』
と聞くのです。
いつも按摩を受けてもすぐに肩こりがぶり返すので、その『特別な施術』を試すことにしました。
通常の按摩は衣を着たまま施術してもらうのですが、その時は肩部分の肌を露出し、うつ伏せに寝てくれと言われましたので、その通りにしました。
一刻(2時間)ほどかかるから眠っても構わないと言われまして、ジッとしておりますと、本当に眠くなりましたのでそのまま眠り込んでしまいました。
一刻後、揺り起こされ、『特別な施術』が終わったと言われましたので、目を覚まし、体を起こすと、慌てて几帳の陰に立ち去る女性の後ろ姿を見ました。
按摩師の聊齋さんは、まだ足元の方にいて、次の予定などを話し合いましたので、立ち去ったのは別人でした。」
若殿が眉を上げ、興味を示し
「慌てて立ち去った人物が『特別な施術』をしたと考えてるんですね?
『特別な施術』に何か問題があったんですか?」
滞子はゴクリと息をのみ、緊張した表情で
「じ、実は、家に帰って衣を脱ぐと、肩の部分にベッタリと血がついておりました。
で、ですから、『特別な施術』というのが、その、・・・・・」
ハッ!!
とひらめき思わず
「慌てて立ち去った女が僵尸で、肩から血を吸ったんですねっっ!!」
口を挟むと、若殿がギロッ!と私を睨み付け、滞子に視線を戻し
「それだけでは瀉血という唐国の血を抜く治療を施しただけだとも考えられます。
その女が怪しいという別の理由があるんですか?」
巌谷がモゾモゾと身じろぎして口を開いた。
「はいっ!ええっ!そうなんです!
滞子さんからの訴えを受け、その按摩所へ調査に行きました。
聊齋に面会を申し込んだところ、施術がひと段落着くまで待ってくれとのことで、その間、施術を待つ客たちに話を聞きました。
ふつうの施術は聊齋が一人でするそうなんですが、『特別な施術』は聊齋の妻が手伝うそうです。
聊齋の妻は耳が聞こえず、口もきけないそうで、客が話しかけても答えず、終始無言で聊齋の手伝いをしていたとのことです。」
聞きたいことが山ほどあり、ウズウズして思わず声に出して
「妻の見た目はっ?
体がカチコチで硬かったとか、腐乱臭がしたとか、僵尸っぽいところはあったんですかっっ?
口の周りに血がついてたとかっ??!!」
巌谷が首を横に振り
「さぁ?見た目に変なところがあったとは聞いていないが、とにかく美人だったらしい。
それなのに聊齋はとにかく妻を人目に触れさせようとせず、昼間に外出もさせず、できるだけ誰とも会わせないよう、隠すように施術の手伝いをさせ、一日中、暗い建物の中に閉じ込めたままだそうな。」
やっぱりっ!!
死体だから太陽にあたるとボロボロに腐って溶けるんだっ!!
(その2へつづく)