即滅の虹色箔(そくめつのにじいろはく) その2~竹丸、底に溜まった泥を観察する~
「そう言って、私が棒で虹色の油膜をつつくと、穴のあいた部分から波紋が広がるように、すぐに虹色の油膜が消えたんです。油ならすぐに消えないでしょ?!」
若殿がウンと頷き
「水面に浮いていたのは油じゃなく、微生物の代謝産物が薄い膜を作ったものだな。(*作者注:鉄バクテリアの酸化鉄とバイオフィルムなど)」
あっそうなの?!!
知らなかったけど、突いてみたことがあったから油じゃないのは知ってた!
若殿が相変わらずの薄~~~い興味の口ぶりで
「で、どうなった?」
「油売りがそれを聞いてもまだ水瓶売りに突っかかったんです。
『じゃあ誰が油を盗みやがったっ!
油は絶対に減ってるんだっ!!
やっぱりお前が盗んだろうっ!!返せこの野郎っっ!!畜生めっ!!』
ってよっぽど根に持ってたんですねぇ、過去の『寝取られ』を。
そのとき、市の方向から、行きに見かけた、水瓶を持った少年が歩いてきたんです。
こんどは美味しそうな串団子も持ってました。
水瓶売りがその子を見て、驚いてつい大声が出てしまったって感じで
『お前っ!どこにいってたんだっ!その団子はどうしたっ?』
その子が叱られたと思ったのかビクビク怯えて、半泣きになりながら、
『っうくっうっっうくっっ・・・うぇ~~~~ん!!
ごめんなさ~~~い!!父ちゃん!
腹が減って我慢できなくなって、母ちゃんに、食いもんが欲しいと言ったら、「あっちいってろ」って言われたんだ。
っぅうっくっっ・・・・』
水瓶売りがその子の頭をポンポンしてなだめながら優しく
『そっか、可哀想にな。で、その団子はどうした?誰にもらった?』
その子は泣きじゃくり、鼻をすすりながら
『でも、どうしても腹が減って、もう一度、母ちゃんに食いもんをねだろうとしたら、母ちゃんはそこの油売りのおっちゃんと、床で組み合って相撲をとってたんだ。
んで、また
「今すぐ外に出ていけっ!」
って大声で怒鳴られたから、外に出たんだ。』
これを聞くと、水瓶売りは額に青筋を立て、殺意のこもった目を刃物のように光らせ、油売りを睨み付けてました。
油売りと、水瓶売りの妻は、オドオドしながら真っ青な顔を見合わせ、恐怖からか唇をワナワナと震わせてました。
で、その子が泣きべそをかきつつさらに
『外に出ると、油が置きっぱなしになってたから、悪いとは思ったけど、水瓶に油を移して、市で売って、その銭で串団子を買って食べた。
ぅうっ・・・うっ・・・・うわ~~~~ん!ごめんなさ~~~い!!』
しゃくりあげながら泣き続けてた。
その直後、水瓶売りが油売りにとびかかって、掴み合い・殴り合いの喧嘩を始めたので、しばらく見てたんですけど、中々決着がつかず、途中で飽きて帰ってきました。
結局どっちが勝ったかとか妻と離婚したとか詳細は知りません。」
私が言い終えると、若殿は不愉快そうに眉をひそめ、腕を組み、『う~~ん』と唸ると
「水たまりの虹色の膜がひと突きで消滅したように、夫婦を包んでいた偽の愛情という箔は、子供の無邪気な行動ですぐに剥げ落ち、醜い内実が露呈したのかもしれないな」
と呟いた。
う~~~ん。
思うに、あの子は今日こそ間男を捕まえ、母親の浮気を父親に知らせようと、わざと油を盗んで騒ぎを大きくしたんじゃないかな?
だって若殿には黙ってたんだけど、あの油売りは、先週もあそこで油を売ってたんだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
河川敷のゼリー状の物質も微生物の仕業ですよね!最初はギョッとしました!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。