即滅の虹色箔(そくめつのにじいろはく) その1~竹丸、水と油の大人の喧嘩に遭遇する~
【あらすじ:お使いの途中に見かけた、いい大人同士の喧嘩は、それぞれ大事なものを盗ったり盗られたりしたせいで起きたことだった。一見キラキラ輝いて見えるものの水面下は、ドロドロしてるけど、生きてる証拠だったりする。何か落ちてないかなぁと上より下を見て歩く、私は今日も道草を食う!!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、この時代の油は荏胡麻の種を搾ったんですよね!というお話?・・・・ではありません。
人類を灼熱地獄に落とすことを天の神様が決心したかのような、異常な暑さに見舞われた五月のある日の午後、若殿が宇多帝の別邸に出かけるというのでお伴した。
路を歩きながら、無聊の慰めに、その日の午前中に、たまたま遭遇したある出来事を話題にする。
「若殿、聞いてください!
ついさっきのことなんですが、水と油みたいな男たちが喧嘩してるのを見たんです!」
若殿は疑わしそうに眉をひそめ
「水と油?男たちが透明で冷たかったり、ヌルヌルしてたのか?」
ボケたつもり?
あんまり面白くないなぁ。
心の中だけでツッコみ、冷ややかな横目でチラ見し、完全無視で
「ええっと、最初から話しますね!
いつものように、大殿の、最近ハマってる女子のところへ、恋文を届ける途中、ある貴族のお屋敷の隣にある、使用人の住居の前を通りかかったんです。
その入り口の戸の前に、油売りが担ぐ天秤棒と、売り物の油の入った桶がそのままほったらかしにしてあったんです。
油を掬った柄杓は、そばに置いてある瓶の縁にひっくり返しておいてあって、瓶に油を移して油が切れるのを待ってたんだと思うんですけど、その近くには誰もいなかったんです。」
若殿が『何の感興もそそられてない!』のがモロバレの、平坦な口調で
「ふむ、油売りと、買い手が、油が切れるまでその場を離れてたということか。
不用心だな。
人通りが少なかったんだろう?」
私も、話題としてはちょっと弱いかなぁ~~~??って自覚はあるので、遠慮がちに
「まぁ、そうですね。
でもその近くで私より少し小さいぐらいの男の子がウロウロしてましたよ。」
若殿が私を振り返りチラ見し
「お前のように文使いをしてたのか?」
その子は文箱は持ってなかったのを思い出し
「さぁ?知りませんけど、その子は高さが一尺(30cm)ぐらいの壺というか水瓶を持ってました。」
若殿が『子供の使い』よりは『大人の喧嘩』の方がまだマシな話題だと思ったのか、話を元に戻す。
「で、誰が喧嘩してたって?」
「喧嘩を見たのは、その少し後なんです。
そこをちょっと先にいったところの屋敷に大殿の恋文を届けて、帰る途中にまたそこを通りかかると、油売りと男が怒鳴り合って口論してたんです。
再現すると、こんな感じです!
まず油売りが
『お前っ!俺が目を離した隙に油を盗みやがったなっ!!』
といいました。
油売りは血気盛んで、お洒落な色男って感じで三十代前半ぐらいに見えました。
もう一人の、ガタイのいい、実直そうな、これも三十代前半ぐらいの男が
『何を言ってやがるっ!俺は市で売るための水瓶を取りに戻ったところだっ!そんなことするわけねぇだろっ!!』
水瓶売りだと判明した『ガタイよし男』に向かって油売りが
『嘘つけっ!この野郎っ!!油が減ってるじゃねえかっ!!
俺の女を寝取ったお前のことだ、どうせ俺の油も盗んだんだろっ!
この盗人がっっ!!』
これに対して水瓶売りが・・・」
巻き舌を駆使し、折角ご機嫌に迫真の演技をしてるのに、ここで、若殿に水を差された。
「ん?水瓶売りは油を買ったんじゃないんだな?じゃあ油を買ったのは誰なんだ?」
「ええっと、家の入り口に瓶を抱えて立ってた中年女性だと思います。
話の流れから察するに、そこは水瓶売りの夫妻の住居で、女性は水瓶売りの男の妻でしょう。
庶民は油を使えませんから、女性は隣の貴族宅の使用人をしてて、そのための油を調達してたのかもしれませんね。
断言はできませんけどぉ」
私の思わぬ情報通ぶりに感心した?若殿が指を顎に添え、
「ふむ。
『油売りの恋人を寝盗った』という過去があるから、水瓶売りは油窃盗を疑われたんだな?」
ウンと頷き
「で、しばらく『押し問答』して、いや『水掛け論』しても、ど~~~~うしてもっ!水瓶売りが油窃盗を認めないもんだから、しまいには油売りが地団太踏んで真っ赤な顔で怒って、排水溝の水たまりを指さして
『ここに証拠が残ってるぞっ!!
また裏でコソコソ陰険なことしやがってっ!!
俺の大事な売り物の油を溝に捨てやがったんだろうっっ!!』
と言ったんです。
私は我慢できなくなって、二人のそばに近づき、ホントに油を捨てたのかを確かめるために溝の中の水たまりを覗くと、確かに、水面に虹色の油膜がありました!」
若殿が不思議そうに眉を上げ
「なぜ水瓶売りが油を捨てるんだ?
油売りに何か恨みがあったのか?
女子を寝盗られたのは油売りの方で、恨むなら逆だろう?」
私はおもむろに腕を組み、『物事の深み』を理解してる『奥行きのある人』感を醸し出し、ウンウン頷きながら
「若殿のような浅はかな考えの人はすぐそういう結論に飛びつくのかもしれませんが、私ぐらいになると、その虹色の油膜は油じゃないってことに即座に気づきました!
だから、近くで木の枝を探して持ってきて、二人に話しかけました。
『私は竹丸という、頭中将の第一の従者です。
余計なお世話かもしれませんが、ひとこと言わせてもらうと、水瓶売りは無実です!
だって、これは溝に流した油じゃありません!』
(その2へつづく)