深窓の愚者(しんそうのぐしゃ) その1~竹丸、違和感のある文を拾う~
【あらすじ:分かりそうで分からない、違和感のある文章が書いてある文を路上で拾った私は、『助けを求める文』と判断して時平様に丸投げ。典薬寮のある役人の家の前で拾った文だから、本人に話を聞けば謎はすぐに解決!!したハズだったのに・・・。私は飢餓感を、時平様は違和感を、今日も簡単に放置しない!!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、良い人か悪い人かの見分けって難しいですよね!というお話?・・・・でしょうか?
ある晴れた五月の日のこと。
高く青く抜けるような空、ひんやりとした空気は澄んでいるが、照りつける日差しは容赦なく肌を刺す午後。
細長い白い花弁が目立つ蜜柑の花が、甘酸っぱい芳香を漂わせる小路を、お使いを終えて歩いてた。
ふと路の端に、細長く折って結んだ文が落ちてるのを見つけた。
誰かが落としたの?
でも、大事な文なら文箱に入れて届けるから、中身だけが落ちるとは考えにくい。
ハッ!
閃いたっ!!
もしやっ!
訳アリ男女の秘密の恋文っっ??!!
間者への極秘指令書っっ??!!
すれ違いざまに素早く受け渡すのをミスって落とした?
周囲をキョロキョロ見回す。
文が落ちてたすぐそばにある古びた板塀の向こうに見える屋敷は、立派な貴族のというわけではなく、板屋根が見えるところからして、下級役人ぐらいの身分の屋敷?に見える。
板塀が取り囲む広さから判断して、関白邸の対の屋一舎分ぐらいの広さかな?
とにかく狭そう!
あたりに人影はないのでとりあえず文の中身を確認する。
カサコソッ!
開いてみると、拙い、子供が書いたような文字で次のように記してあった。
『どうか助けてください。
義母が弟をいじめる。
もう終わり。
弟は水をかけられたまま。
義母は母に慰謝料をよこせと言い、
母は嫌だと言ってるのに、
弟は継母にイタズラしたのち、
義母の娘にもイタズラをしたけど、
それで義母が怒り烈火のごとく。
何を、
どうすればいいのかわからないの。
弟は母の息子でわがまま。
義母の娘と遊ばせ、
そのとき継母は私と義母と菓子を食べる。』
はぁ??!!
意味が分かりそうで分からないっ!!
う~~~~ん。
助けを求めてるんだよね?
誰から?何から?
最後にはお菓子を食べてるしっっっ!
どーゆーこと??!!
もしかして、文字通りの意味じゃなく、何らかの暗号?
悩んでても分からないので、持って帰って若殿に見せることにした。
関白邸の曹司で、若殿に見せると、サッと目を通し
「どこに落ちてた?」
「ええっとぉ、右京二坊の六条坊門小路あたりですかねぇ?
そこからさらに南に行くと、今大殿がハマってる女子がいるんですっ!!」
チッ!と舌打ちし、
「色欲が衰えないのは相変わらずだなっ!
それにしても、この文章は変だな。」
「そうですよね~~!
字が下手なので、子供が書いたんでしょうね。
この子には義母、継母、母って、三人の母親がいて、実の弟と、義母の娘がいるのは分かりますが。
義母が弟をいじめてるから助けて欲しいってことですよね?」
若殿は黙って考え込む。
私は続けて
「で義母が母に慰謝料を要求したってなぜ?
この問題の弟が継母にイタズラって何でしょう?
それを義母の娘にしもした。
あっ!だから義母は弟を叱って、母に慰謝料を請求したんでしょうか?
時系列がおかしいからわかりにくいんですね??!!」
若殿が顎に指を添え、考え込んだあと
「明日、右京二坊の坊長を訪れ、そのあたりに住む住人の名を調べてみよう。」
(*作者注:『坊長は坊内の京戸の戸籍を管理するとともに、租税の徴収、雑徭・兵士の徴発、犯罪発生時の官司への通報と犯人の追捕、坊内の治安維持、坊内で発生した奴婢・家地の売買・裁判における証明・調査など、坊内における徴税的・警察的な業務を行っていた。』出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』『京職』より)
翌日、若殿はひとりで坊長を訪ね、古びた板塀の屋敷の住人は、典薬寮の使部(律令制で、太政官や八省などの官庁の、雑役に使われた下級の役人)で多和気という名だとつきとめた。
ついでに大内裏の典薬寮を訪ね、多和気を呼び出して、例の文を見せて詳しい話を聞いたらしい。
若殿は大内裏で仕事をしてるはずの午前中に、仕事の合間を縫って、ひとりで勝手にあちこち訪問したらしい。
ちぇっ!!
私も連れてってほしかった!
「で、多和気は何と言ってたんですか?」
若殿は腕を組んで、苦い顔をし、
「あ、いや、それがな、多和気が言うには、その文は息子のイタズラだったらしい。
文字を覚えたばかりの息子が面白半分に、適当な嘘を書いて庭から外へ放り投げたんだろうとのことだ。」
「えぇーーーっっ!!!
あんなに意味深なのに?
全部嘘ですかっ??!!
義母が弟に水をかけたとか結構現実的だったのに??!!」
あっけない結末!!
(その2へつづく)