煙幕の米道(えんまくのべいどう) その4~祀っていた天師の生前の姿が判明する~
陵子はウウンと首を横に振り
「いいえ。長く教団で暮らす人によると、一度も無いそうです。
雑草をとる際、注意深く気にして見てますが、イネ科の雑草は生えますが、稲らしきものは生えませんね。」
そもそも今も稲に似た雑草は沼周辺にも生えてるけど、苗の段階で見分けがつくもの?
抑えきれない疑問が口をついてでて
「雑草と稲をどうやって区別するんですか??」
陵子はニッコリ微笑み
「そうね、葉をこすると独特の香りがするから、それでハッキリするわね!」
プロの意見っっ!!
イネ科の植物なんて全部同じっっ!!
絶~~~っっ対っ!『見分けられない』自信しかないっっ!!
五斗は自分の田んぼで稲苗が上手く育たず、喉から手が出るほど欲しかった稲苗を思いがけないところで見つけたんだよね?
そりゃあ『奇跡だっ!!』ってテンション上がるよね~~~!
それに加えて、これまた偶然、近くの洞窟で生きてるかのような死人を見つければ、
『生き仏さまっ!!天の采配っっ!!神の啓示っっ!!こりゃ~~宗教開くしかないっっ!!』
って舞い上がっても仕方ない。
このタイミングで、もし『天師』が生き返り動きだしたりなんかしたら、ホントに『不老不死』実現っっ!!ってなって天下無敵の宗教になるに違いないっ!
私も入信するかもっっ!!
興奮でドキドキしつつも、もうここですることも無くなったので、そろそろ帰るのかと思ったら、若殿が難しい顔で陵子を見つめ
「で、あなたたち若い女性は五斗から受けた暴行を、これからも我慢し続けるつもりですか?
弾正台に傷害と強姦の被害を訴え出れば五斗を獄に入れることはできます。」
陵子はハッと驚いた顔をし、青ざめ、泣き出しそうな表情で
「やっぱり、お気づきになりましたか?
洞窟の中で、師君のすることが、性的暴行だと気づいてはいました。
護摩に怪しげな葉をくべ、その煙を吸うと正常な判断を失います。
その朦朧とした中で
『悟りを開き仙人になるための行為だ。
男女(陰陽)の精が一つになって万物が生まれ出る。
これは不老長生のための養生術で、肉体的交接により気のやりとりを行い、気の循環を図る由緒正しいものだ。』
とそれらしいことを言われると、抵抗できなくなりました。
修行の個人指導と称して、毎回、三・四人の女性が指名され、ここに来るように命じられました。
はじめは護摩の火を見ながら、瞑想するのですが、その後、師君が私たち一人ずつに土を食べることと、交接することを強制したのです。
雍子さまは土を食べさせられ体調がおかしい上に、何度もイヤな行為を強要され、気が沈み、毎日泣いて過ごしていました。
私は逃げ出すように説得し、雍子さまは体調に不安がありながらも、数日前、決心して逃げ出しました。
実家に無事たどり着いたと聞き、やっと安心しました。
私は昔から鈍く頑丈ですから、逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せます。」
最後は力強く微笑み、言い切った。
力強い言葉とは裏腹に、声は力無く、悲しげで、諦めきった疲労感が滲んでる様子に、陵子の今までの苦労を思い知らされた。
若殿が力づけるように、陵子に優しく微笑み
「わかりました。五斗を捕らえて獄につなぎましょう。
あなたの他にも被害を受けた女性に、五斗からの暴行を証言するように説得してください。」
それから我々は、五斗の屋敷に戻り、巌谷は五斗に一週間以内に教団を解散し弾正台に出頭するよう命じた。
五斗が信者たちの出入りを自由にして、軟禁してなかったことや、労働や献金やお布施や修行を強制してたわけではないことを考慮して、弾正台としての判断は自ら出頭し事情聴取を受ければ、厳罰に処すことはないとのことだった。
強姦の罪はキッチリ償わせるらしいけど。
京へ向かって馬を歩かせる帰り道、何気なく
「でも、五斗が偶然、二つの奇跡に遭遇しなければ『稲苗教』を作って信者を集めることも無かったし、やっぱり『二つの奇跡』は天からの啓示なんじゃないですか?」
若殿はチラッと横目で私を見て、呆れたようにフッとため息をつき
「奇跡なんかじゃないし、あの『天師』とやらはおそらく常習的な泥棒だ。
天師のミイラにあった胸の傷は、刃物で刺し貫かれた痕跡。
天師と呼ばれる老人は、もともと、村人から隠れるようにして洞窟でひとりで暮らしていた厄介者の老人だった。
度々村から盗みを働いたんだろう。
洞窟で気分が高揚する植物を燃やし、煙を吸い幻覚に浸っていたところを、米を盗んだ相手に見つかり、その場で刺殺された。
元から痩せた老人だった上に、煙で燻されたので死体は腐敗しなかった。
燻製と同じ原理だ。」
えぇ~~~っっ??!!!
嫌われ者の厄介者が、葉っぱでハイになってたのを、刺し殺されただけ??!!
ウソぉ~~~っっ??!!!
決めつけが酷いっっ!!
あまりにも極端な偏見と独断にムッとして、口をとがらせ
「何でそんなことが分かるんですかっっ!!
お話を好き勝手に創りすぎですっっ!!
証拠も無いのにっ!!
五斗が強姦魔だったからって『天師』が悪人とは限りませんっ!!
天師が高揚する植物で幻覚に浸ってたとか、泥棒の常習犯だなんて、なぜわかるんですかっっ??!!」
唾を飛ばすと、若殿は何でもないという風に肩をすくめ
「天師の頸から胸にある長い筋肉(胸鎖乳突筋)が常人より太く大きくなっていたこと、肋骨と肋骨の間が広くなっていたことは、長く肺障害を患い、努力呼吸を続けた人に見られる所見だ。
煙を毎日大量に吸い込み肺を病んでいるのでもなければ、ああはならない。
狭い洞窟内で吸い込んでも、我慢できるほど『いい煙』なら幻覚や気分の高揚を伴う植物を燃やした煙だろう。
己の日々の悪行から、村人に反撃され襲われることを予期していた老人は、大事な食糧である盗んだ米を見つからないように地面に埋めて隠した。
雨が降り、その場所が沼地になった際、麻袋を破って発芽したその『泥棒の玄米』が、
五斗の崇めた『奇跡の稲苗』の正体だったんだ」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
租として納めていた『玄米』って発芽して稲にまで育つそうですが、『種もみ』よりは弱いそうですね!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。