煙幕の米道(えんまくのべいどう) その3~家出した侍女に教団の内実を聞く~
後ろについていくと、陵子は森の中に入り、緩やかな傾斜の、けもの道のような細い道を歩いていく。
薄暗い森の中を歩きながら陵子が
「実は、これからいく洞窟の中で、師君と指名された信徒たちは護摩を焚き修行するのですが、その煙を吸うと息苦しくなり、意識が朦朧とするんです。
その洞窟は『静室』と呼ばれ、奥には天師を祀っています。
その土を食べるように私たち若い女性は強いられ、その後、師君から教えを授けられます。
雍子さまはその土のせいで体調が悪くなったと思います。
私もひどい便秘や吐き気に悩まされていますから。」
陵子は顔色が悪いながら、息切れひとつせず、軽やかな足取りで傾斜を登っていくのに、私は早くも息切れし、それでも、気になることが次々浮かび、思わず口を出す。
「天師って何ですか?石像ですか?姿絵ですか?道教の神様?仙人ですか?」
陵子が
「生き仏さまよ!というか、死んでもなお腐らず生きたままの姿を保つ不思議な老人の遺体ね。
五斗師君は元々、この辺の農民だったんだけど、五年前、稲苗が一本も育たなくて、山中で獣を狩って食べる生活をしてたそうなの。
そのとき、洞窟の近くの沼に、稲苗が密集して生えてた場所を見つけ、その稲苗で、その年の収穫ができたという奇跡が起こったの。
そして、洞窟に入ると、護摩壇の前に天師様がまるで生きているかのように、腐敗せず座ってらっしゃるのを見つけて第二の奇跡が起こったと感じたらしいの。
身に起こった奇跡を世に広め、天師様のような不老不死を実現しようというのが『稲苗教』の教義ですって。」
ふ~~~ん。
陵子の口ぶりだと、すっかり信心が薄れた感じ?
『生き仏』って言いながら、ホントに生きてるとは思ってなくて『腐敗しない遺体!』って認めてるし、『稲苗を泥沼で見つけて救われた奇跡!」とはいってもあまり感銘を受けてない口ぶり。
確かに、『稲苗が泥沼に密集して生えてた』って言い張っても、五斗以外の人が見てないならウソかもしれないし。
説得力のある証拠は『天師様』の『腐敗しない遺体』だけ?
ひぇ~~~~~っっ!!
これから見せてくれるの??!!
チョットは見てみたいけど、ガッツリは見たくない。
なんなら見なくてもいいけど・・・・!!
落ち葉の積もった地面を踏みしめ、ズンズン上っていくと、周囲にゴツゴツした岩が、チラホラむき出しになった場所が広がった。
山肌に突然、草木に覆われた洞窟の入り口が現れた。
横向きにあいた穴の口は広く、一間(1.8m)以上ありそう。
陵子がスタスタと中に入るので我々もついていく。
目が慣れるまで、暗い空間だったけど、徐々に見分けがつくようになると、護摩壇のように、石で作った竈と鍋の周りの四隅に棒を立て、縄を張り結界を作ってある。
護摩壇の鍋の中には葉っぱや護摩木の燃え残りがある。
煙臭い匂いも残ってるし、洞窟の天井は黒く煤がついてて、ここで頻繁に護摩を焚いてるのは確かだった。
地面には岩の部分や土の部分があり、蝙蝠の糞?が落ちている場所もある。
平らな場所には筵が敷いてある。
まだ奧に穴が続いてるようだったけど、暗くて見えないし、熊みたいな獣が出てきても怖いので私は若殿の袖を掴み、ピタッとくっついてジッとしてた。
「天師はこちらにいます。」
陵子が先導して奥に進み、巌谷と若殿がついていこうとするので
「奧へ行っても暗くて見えませんよっ!」
引き留めるが、若殿は構わず陵子についていったので、袖を振り切られた私は一人で出口付近で待ってた。
ここからでも目を凝らして奥を見つめてると、四隅に棒を立てた結界のしめ縄で囲った真ん中に、うっすらと胡坐をかいた人の形が見えてきた。
その周りに若殿たちは立ち止まって、天師を取り囲んでた。
若殿はしゃがみ込んで、天師をまじまじと、いろんな角度から調べてた。
う~~~~っっ!!
怖いっ!!
人の死骸でしょっっ??!!
よくあんなに近くでじっくり見れるよな~~~っっ!!
祟られたらどーーーするのっっ??!!
背筋から寒気がゾクゾク這い上がり、思わずブルブル全身が震える。
洞窟の中だから余計に寒気がするっ!!
若殿が戻ってきたので怯えつつも
「今にも生き返りそうでしたか?」
自分の言葉にさらにゾッとし、土色の死人がムクッと立ち上がり、虚ろな白目をむいてフラフラと歩き出し、手を伸ばして襲い掛かるっっ!のを想像してブルッ!と身震いした。
怖っっっっ!!!
でもちょっと見たいっっ!!
安全な場所からっっ!!!
若殿が
「いや。干からびていたから生身の人間そっくりとまでは言えないが、表面は腐敗してなかったな。
胸から背中へと、何かが貫通した穴が開いていたせいで、いい具合に内臓から水分が抜け乾燥したのかもしれない。
強い臭いも無かったからな。」
その後、洞窟の土の匂いを嗅いだり、触ったりして調査を終え、薄気味悪い洞窟を出ることができると、陵子は少し離れた場所にある沼地に我々を案内した。
直径二間(3.6m)ほどの沼地の周囲は、大きめの石で囲ってあり、沼といっても乾いて表面がひび割れた泥の部分には、不思議な事に草が生えてなかった。
陵子が
「この石で囲ってある場所は師君が『奇跡の稲苗』を最初に発見した場所です。
『聖地』ですから雑草が生えないよう管理しています。」
若殿はしゃがみ込んで、泥?土?を触ってみてた。
「その後、稲が生えたことはありますか?」
(その4へつづく)