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煙幕の米道(えんまくのべいどう) その2~胡散臭い道士の話を聞く~

五斗(いつます)は目をつぶったまま


「本人の気持ち次第です。

米を持ってくる者もいれば、銭や、品物を納める者もいます。

私の身の回りの世話や雑事を片付けてくれたり、私の所有する田畑を耕し収穫を手伝うという労働で気持ちを示す者もいます。」


若殿(わかとの)が睨みつけたまま


「この屋敷は新築に見えますが、信者たちのその『お布施』によって建てたんでしょう?

自分の田畑の収穫物をあなたに差し出し、さらにあなたの田畑で無償労働する人々がいるなら、租を納めても、充分な蓄えができるでしょう?

信者たちを搾取するあなたの収入は相当な額になるんでしょう?」


五斗(いつます)は物思いにふけるよう目をつぶって、その質問には答えず、黙り込んだまま。


若殿(わかとの)


「よろしければ、教義をお教え願えますか?」


五斗(いつます)はパチッ!と眼を見開き、カッ!と睨み付け


「我が『稲苗教(とうびょうきょう)』の教えを聞きたいならば入信して授業料を支払っていただかなければ、他の信徒たちに申し訳が立ちません!」


若殿(わかとの)はチッ!と舌打ちし、


「ではここで集団生活する信徒たちから話を聞きたいので、呼んでいただけますか?」


五斗(いつます)は無言で腰を上げ立ち去った。

それでも話をつけてくれたのか、しばらくすると、ひとりの信徒が出居(いでい)に現れた。

そのひとりから話しを聞き終わると、若殿(わかとの)は次の信徒を呼んでくれるように頼み、次々と面会した。


信徒の話では、この屋敷で集団生活しているのは農民、侍女、機織(はたお)りや木工の職人など主に労働力を提供する人々で、(かよ)ってるのは貴族の雑色や侍女や子息(しそく)息女(そくじょ)牛飼(うしかい)、果ては官人までいた。


若殿(わかとの)が『稲苗教(とうびょうきょう)』の詳しい教義をいくら尋ねても、信徒たちはよく知らないのかハッキリとは答えず、


「この屋敷で普段、何をしているのか?」


という質問には


「『不老不死』になる修行をしています。師君の個人指導を受けています。」


とか


「天師を(まつ)(ほこら)へお参りに行きます。そこで特別な教えを受けます。」


とか


「洞窟にある『静室』で過去に犯した罪悪を懺悔し、服罪と自戒を意味する直筆の誓約書を記し、地神・水神へ奉納します。」


とか


「この屋敷の管理、全員分の食事の準備、田畑の耕作などの農作業で忙しくしております。」


とか


「野菜や果実など、ここでの収穫物や、織った布や仕立てた衣、(おけ)などの製品を市で売ったり、必需品を買ったり、いわば普通の共同生活をしてます。」


など、修行や師君からの個人指導の他は普通の共同生活をしてるみたい。


信徒たちは洗脳や厳しい修行や戒律など、過酷な異常環境に置かれてるわけではなく、出入り自由なところも五斗(いつます)の言った通りなので、巌谷(いわや)は困惑し


雍子(ようこ)がたまたま、ここでの生活が肌に合わず、体調を崩しただけでしょうか?」


若殿(わかとの)


「神仙に傾倒しているようなのに、金石草木を調合して還丹・金液といった不老不死の薬物を錬成する錬丹術(れんたんじゅつ)を行ったと証言した者はいない。

ということは辰砂(しんしゃ)(硫化水銀からなる鉱物)から作られた薬を服用しているわけではなさそうだ。

雍子(ようこ)の不調が偶然なら、五斗(いつます)の言動には怪しいものがあるが、取り締まるほどではなさそうだな。」


そして、『そろそろ帰るか!』という雰囲気になって、門を出て、木につないだ馬をほどいてると、どこからか、農作業中に見える格好をした、若い女子(おなご)が近づいてきて若殿(わかとの)に話しかけた。


「あのぉ、もしや、お役人さまですか?雍子(ようこ)さまの消息を御存じですか?」


日よけの笠をかぶり、足には(すね)当てをし、小袖の(すそ)と袖を紐で括り上げて作業しやすい格好をした、若い女性。

笠の下から見える顔は、日焼けし、疲労がたまってるようだが、なかなかの器量よしに見えた。


巌谷(いわや)がキリッ!と太い眉を引き締めた野生男子(ワイルドイケメン)風の顔つきで渋い声を響かせるように


「そうです!雍子(ようこ)さんの体調不良の原因を調査しに来た弾正台(だんじょうだい)巌谷(いわや)です!」


その女子(おなご)はオズオズと


「私は陵子(りょうこ)と申します。

雍子(ようこ)さまの侍女をしておりました。

ひと月前、ここへ雍子(ようこ)さまをお誘いして暮らしておりましたが、雍子(ようこ)さまが体調を崩され、ひとりでご自宅にお帰りになるのに付き添いもせず、そのままにしてしまいました。

その後の連絡もないので、雍子(ようこ)さまのお体を心配し、やはり一緒に帰ればよかったと後悔しておりました。」


巌谷(いわや)がキリッとした(りき)んだ顔つきのまま、口元に笑みを浮かべ、安心させるようにウンと頷き


「心配いりません。雍子(ようこ)さんは回復しておられます。」


若殿(わかとの)はチラッと門内の屋敷の方を気にして、声を落とし


雍子(ようこ)さんの体調不良の原因に心当たりがありますか?

その他にも教えて欲しいことがあるのですが、どこか別の場所で話を(うかが)えますか?」


陵子(りょうこ)ははじめて若殿(わかとの)をジックリ見て、ハッ!と何かに気づいたように頬を赤らめた。

笠の下の髪の毛の乱れを気にしたり、括り上げた紐をほどき袖と(すそ)をおろし、衣の胸元を整え、身嗜(みだしな)みを思う存分整えた。


若殿(わかとの)に向かって、はにかんだような笑顔で


「では、こちらへ。

洞窟にある天師を(まつ)(ほこら)へご案内しながら詳しくお話します。」


言ったあとすぐ、(うつむ)きながら小声でヒソヒソと


「本当は信徒以外に漏らしてはいけない秘密ですけど、私も近々、ここを抜け出そうと思っていますの。

『不老不死』なんてだんだん信じられなくなってきましたし、五斗(いつます)師君のやってることが修行ではなく、いかがわしい事のように思えてきましたの」

(その3へつづく)

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