煙幕の米道(えんまくのべいどう) その1~家出少女が帰宅し、病の床に臥す~
【あらすじ:ひと月前に家出した貴族の娘と侍女が逃げ込んだ先は、怪しげな道士が仕切る新興宗教団体の共同生活施設だった。二つの奇跡を目の当たりにし、天の啓示と信じこんだ道士に、極悪な野心はなさそうだけど、卑俗な邪心はたっぷりありそう!時平様は今日も眩惑な煙幕に惑わされず、真骨頂を発揮する!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、稲って数あるイネ科の中でも、人間からチヤホヤされつくして、ついには天下を獲った無双植物?ですよね!というお話・・・・ではないです。
新緑の清々しいある春の日のこと。
京の都を出て、目的地へむけて、周囲に田畑の広がる道を馬に乗り歩かせている。
同行する弾正台の役人、巌谷が若殿に事情を説明するため口を開いた。
「ある貴族の雍子という娘が、高額な家財を持ち出し、
『侍女とともにある方の屋敷で暮らすから心配しないで欲しい』
と書置きを残し、姿を消したのが、約ひと月ほど前でした。
その娘が数日前、突然帰ってきたそうなんですが、体調が悪く、寝ついてしまいまして、心配した両親が弾正台に調べて欲しいと訴えました。」
ん?
家出人は弾正台に訴えても探してくれないの?
事件性があれば動いてくれるの?
疑問が湧く。
若殿が
「同時に失踪した侍女も帰ってきたんですか?」
巌谷は太い眉の間に皺をよせ、難しい顔つきで
「いいえ。娘ひとりだけだそうです。」
「ふむ。で、娘はどこへ行ってたか話したんですか?体調不良の症状は?」
「ぼんやりしていて疲労感が強く、会話も難しく、激しい腹痛、吐き気、ときどき咳込む様子もあったそうです。」
若殿は顎に指を添え、考えこみ
「症状が多彩ですね。神経症状、消化器症状、呼吸器症状ですか。
ひと月の間、どこへ行っていたかは聞いてませんか?」
巌谷がウンと頷き
「はい。少し回復した娘は詳しく場所を話したそうで、今から行くのはそこです。」
どこに、何のために行ってたの?
ムズムズ気になったので思わず話に割り込み
「で、娘と侍女はなぜ突然失踪して、突然帰ってきたんですか?どこへ行ってたんですか?侍女はなぜ帰ってこないんですか?」
巌谷がチラッと私に視線を走らせたあと、若殿に向かって
「訴えによると、五斗師君という男がある奇跡を目の当たりにし、『不老不死』を実現する方法を見つけたと主張し、それに感化された人々が五斗の屋敷で集団生活をしているそうです。
まず、侍女がその教えに感化され、雍子を誘って五斗の屋敷へ行ったそうです。
その集団は『稲苗教』と名乗っているそうです。」
稲の苗??
にまつわる『ある奇跡』っっ??!!!
稲がみるみる間に成長して実をつけるとか??!!
収穫後の稲穂が勝手にもみ殻と胚芽を落として白米になるとか?
何っっ??!!
ぜひ見たいっっ!!!
ウズウズしてこらえきれず
「『ある奇跡』って何ですか??!!今でも見れるんですかっっ??入信しないとダメなんですかっ?!!」
きっと私の目がキラキラしてる。
若殿が驚いたように眉を上げ
「入信するつもりか?
雍子のように体調が悪くなってもいいのか?
我々はこれから『稲苗教』が雍子に何をしたのかを確かめに行くんだぞ!
人々が五斗に暴行されるなどの被害を受け、洗脳されて無力化し、軟禁されていないか、五斗が犯罪を企てていないかを調査しに行くんだぞ。」
怒りを含んだ声で諭した。
田畑の間にある道をしばらく進むと、山すそに広がる森が見えてきた。
ちょうどその森に入る付近に、立派な造り(寝殿造り)の新築らしい屋敷があった。
築地塀も外から見える茅葺屋根も真新しく見える。
「ここです。五斗の屋敷です。面会を申し込んできます。」
巌谷が馬を降り東門から中に入った。
すぐに出てくると、
「中で少しお待ちくださいとのことです。
五斗が『内丹』を錬成中だとか。
つまり、瞑想して気を養っているんだそうです。」
出居に通され、しばらく待ってると、廊下を渡って五斗が現れた。
五斗は長いあご髭を蓄え、小袖の上に、腰から下にひだがついてて裾が広がったような黒い衣をはおり、髪の毛はザンバラに伸ばした四十前後の男性。
若殿と巌谷の前に胡坐をかいて座り込むと、
「弾正台のお役人ですね。何の御用でしょう?」
巌谷が
「雍子という娘さんが、ここでひと月ほど滞在した後、体調を崩して寝込んでいるそうですが、ここで何があったか教えてください。」
五斗は腕を組み目をつぶり、少し勿体つけたあと、
「ここへは私と志を同じくする人々が、各自の自由意思で修行しにきます。
いつ来てもいいし帰ってもいい。
瞑想で内丹を錬成するもいいし、森に入り修行してもいい。
私から『不老不死』となる教えを直接聞きたい場合、授業料を納めてもらいます。
それすら微々たるものです。」
迫力のこもった低い声でゆっくりと話した。
若殿の目がキラっと光り
「授業料とはどれくらいですか?」
(その2へつづく)